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036 イカれ狂花
しおりを挟むドラッグレースのスタート直前。
渦巻く熱気と興奮を尻目に、こそこそ後方へと移動したおれと安倍野京香。
みんなの注目が前方へと集まっているのを確認してから、おれはドロンと「変化」
化けたのはドアが上に開くタイプのスポーツカー。ガルウィングと呼ばれカモメのツバサの意をもつドア。レーシングカーなどに多く採用されている。
あの世界的にも大ヒットした映画に登場する、過去やら未来にまでビューンと行っちまうとんでもねえマシンと同じといえばわかりやすいか。
車体の色はグレーのセメント色。
車高は低い。形状はジンベエザメにちょっと似ていて平べったい。
かつてパスタとピザの国の自動車メーカーが自信を持って世に送り出したものの、わずか四年ばかりで生産を終えた、伝説の名車。
おれはこいつを化け術で再現。
では、どうしてわざわざヒストリックカーを選んだのか?
そんなもの、たんにおれが好きだからだ。
おれの中ではスーパーカーといえばコイツなのだ。事務所にあるおれの机の引き出しの奥には、この車を模したカー消しゴムが入っている。
それから、いやいや化けるよりも自分が好きなモノの方が、持続時間がのびるとの理由もある。詳しい原理はわからないが、たぶん化ける対象への思い入れやら、理解の深さが関与しているっぽい。
「ヒステリー・カー? なんだかピリピリしてキーキーやかましい、どこぞのパッキン女優みたいなクルマだな」
「ち・が・う! クラシックカー、旧車のことだからっ!」
失礼なボケをかますカラス女におれはすぐさまツッコミ。
だがクルマなんぞは速く走ればそれでいい。あとはエアコンと音楽が聴けたら最高と考えているカラス女には、どうでもいいらしく「へー」とどこ吹く風だ。
「まぁ、なんでもいいや。それよりもそろそろスタートだ。しっかり気張ってくれよ、四伯」
「おまえこそしっかり運転しやがれ。頼むからガードレールとかに突っ込むんじゃねえぞ」
「………………」
「おいっ! そこは黙るなよ、不安になるじゃねえか! なぁ、マジで、ほんとうに頼むからあぁぁあぁぁぁぁーっ!」
おれの懇願はいきなりアクセル全開のロケットスタートによってかき消される。
かくしてドラッグレースはスタート。
◇
安倍野京香がハンドルを握るおれが化けたグレーの名車。こいつがスタートを切るよりも、ほんの少し早く横から飛び出したのが黒鉄の幽霊。ヤツもおれたちと同じくレースが始まるまでは他車から距離を置いていた。
やや遅れての後方からのスタート。
直線にて速さを競うレースにおいては、けっこう大きなハンデ。
だがそんなハンデなんぞをヤツはものともしない。
あの野郎、スタートがムチャクチャうまい! 伊達に負け知らずというわけじゃねえ。
その背中を追う形にておれたちも続く。
だがしかし……。
「なんだ? みょうにモタモタしていやがる。スタートにミスったのか、それともマシントラブルか」
前方をにらむカラス女。夜でも外すことがないサングラスの奥にて険しい目つき。
その言葉のとおりにて最後尾で三台ばかりが団子になっている。
いつもならばここから黒鉄の幽霊が背後に張りつき、すぐさま抜き去って勢いのままにトップを目指すのだが、その三台が壁となって邪魔をしておりこれでは抜けられない。
まるで示しあわせたかのような横並び。どうにも動きが不自然だ。
なにせこれは通常のレースではない。フルスロットル、アクセルベタ踏みだというのに、ありえない。
おれとカラス女は同時にある考えにいたり「まさか!」と声をあげる。
「ちっ、バカ野郎どもが。つまんねえマネをしやがって」
バンとハンドルを叩く女刑事。
つまらないマネとは妨害工作のこと。
いかに速くとも前に出られなければどうしようもない。
ずっと負け知らずの余所者を疎ましくおもったのか、あるいは向かうところ敵なしの連勝ぶりを妬んだのか。
一部の心無い者らがたくらんだことなのだろう。
あきれるほどにしょうもない嫌がらせ。けど単純であるがゆえに致命的なほどに効果がある。
直線でのスピードを競うこのレース。
ほんの数分、この状態を維持されれば連中の目論見が達成されてしまう。
が、連中にも誤算がひとつあった。
それは安倍野京香が、黒鉄の幽霊とともに自分たちの後方にいたこと。
彼女は「イカれ狂花」の異名を持つ、前代未聞の不良刑事。
その行動はつねに常識の枠をあっさり突き抜ける。
「上等だ、コラ! そっちがその気ならこっちも容赦しねえ」
わめきながら黒ジャケットの内側から抜いたのは、一丁の拳銃。
以前にも見たことがあるトカレフ。どこぞの手入れのときにいっぱいあったから、いくつかちょろまかしたというやつのうちの一丁。
おれがギョッとしている間に、カラス女は運転席側の窓を素早く開けて外へと腕を突き出す。
そいつを前方に向けたとおもったら、間髪入れずに火を噴く銃口。パンパンパパン。
複数の炸裂音の直後に砕けるテールランプ、後部座席のガラス、サイドミラー、そしてついにタイヤもバンっ!
おそらく人生初の銃撃を受けたとおもわれる三台。
あわれ、そのまま仲良く団子になってレースより脱落。
すっかり見通しがよくなったところで黒鉄の幽霊がすかさずビュン。
おれたちもこれに続いた。
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