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034 シカ王国
しおりを挟む近畿地区でシカといえば奈良、奈良といえばシカというぐらいにあそこはシカだらけ。
ゆえにおれたち動物界隈では、奈良は別名「シカ王国」と呼ばれている。
他の地域では雑多な動物たちが、それなりにわちゃわちゃしながら暮らしているが、あそこはちょいと異質、雰囲気が独特、圧倒的にシカの影響力が強い。
というか、あそこでシカたちに逆らっては、とても次の朝日は拝めまいといわれるほど。
でもって、奈良のシカの何がめんどうくさいのかといえば、その高慢ちきなプライドとお国自慢は京都民に匹敵し、シカせんべえの一枚に目の色を変え、加えてめちゃくちゃ連帯感が強いこと。
もしも仲間内の一頭が他所の者にボコられようものならば、たちまち一族郎党を引き連れてカチコミに行く。
子どものケンカに、親どころか親戚一同だけでは飽き足らず、隣近所に友人知人ら全員に声をかけて駆けつけるほどだから、とにかく性質が悪い。
そのくせ仲間内では微妙なパワーバランスなんぞもあるから、これまたややこしい。
「あら、やさしそうな円らな瞳をしているのね。大きいくせにずいぶんとおとなしくて、かわいいのね」
なんぞと油断していたら、たちまち頭突きをズドンとかまされたり、ショルダーバッグの中を漁られたり、スカートの裾をぐいぐい引っ張られたり、うしろ足にてパカンと蹴り飛ばされる。そして運が悪ければ垂れ流されたアレに尻もちをついて、最悪のメモリアルをお土産にもらうことになる。
とにかく連中にかかわるとロクなことがない。
そんな連中だが、いまひとつ有名なのが「奈良のシカの駆け狂い」というもの。
連中はとにかく駆けっこが大好き。
昔っから数と場所がそろえば「それっ」「はいやっ」とパカラッパカラッ。
風となって駆けては自慢の脚線美の優劣を競う。
好きが高じるあまり、シカのくせにわざわざウマに化けてまで駆けていた時代が長らく続いていたものである。
しかしいまや時代は変わった。
高度経済成長にともなって自家用車が普及しはじめると、奈良のシカの化け術はウマから鉄のウマ、クルマへと次第にシフトしてゆく。
◇
竜骨に出没する黒鉄の幽霊。
その正体がひょっとしたら奈良のシカが化けたものかもしれない、とおれは推察。
「そういえば連中、競争狂いだったな。すっかり忘れていたよ」安倍野京香はげんなり。「とはいえ、それならそれでますますぶっちぎるしかないねえ」
わざわざ故郷を遠く離れて……。
というほど遠くでもないのだが、高月なんぞの僻地にまで出向いてドラッグレースに参加していることからして、当人は腕試しか武者修行のつもりなのかもしれない。
だとすれば、まだまだ鼻息の荒い跳ねっかえりであるとおもわれる。
その年頃はとかく世間や大人たちに反発したがるもの。
世間が右といえば左を向き、大人たちが左といえば右を向く。
素直に年長者の言葉に耳を傾けるとはとてもとても。
「口でいってもわからないのなら、やっぱり実力行使しかないか。でもよぉ」
「なんだい? 四伯。シケモクみたいなしけた面して」
「…………。いや、めでたくぶっちぎったはいいものの、そのウワサを聞きつけて次から次にシカ王国から刺客が連日鈴なりに、なんてことになったらどうすんだよ」
「うっ、ないとは言い切れない。が、このままだとうちの面子が立たねえ。まぁ、そんときはそんときだ。もしもめんどうなことになったら、上の上のそのまた上に泣きついてどうにかしてもらうとしよう。さいわい脅迫のネタはいくつか握っている。そっちはどうとでもなるさ」
「おまえ……、そんなのでよくもおれたちにえらそうに説教を垂れやがったな。まぁ、あえてそのネタとかについては触れないでおく。で、いつ仕掛けるんだ」
「そうだなぁ。とっとと片付けたいから次の週末にするか。四伯、おまえはそれまでに最強のクルマに化けられるように、しっかり調整をしておいてくれ」
「最強って、しかしこんな燃費の悪いのに化けたら、たいして術がもたんぞ」
「実際のところ何分ぐらいならイケるんだ?」
「六割程度で流すだけならば二十分、全力なら五分ちょいってところだろう」
「さすがに五分はキツイ。せめて十分はもたせろ。いいな、わかったな!」
そう言って席を立った安倍野京香。
自身の黒ズボンのポケットに手をつっこみガサゴソ。
中からくしゃくしゃになった万札を取りだすと、それを三つばかり投げてよこし、おれにこう告げた。
「そいつで精々栄養のあるもんでも喰ってパワーを蓄えとけ。気合いを入れろよ、四伯。あいつは速い」
◇
カラス女が事務所を出ていき、嵐が去ってからひょこっと起きたのは芽衣。
こいつ、さてはとっくに回復していたのにもかかわらず、ずっとタヌキ寝入りを決め込んでいやがったな。
「京香さんがお金を置いていった……。いけない、四伯おじさん! 明日はきっと世界が滅亡しちゃいますよ。だから心残りがないようにさっそく焼肉を食べにいきましょう」
「おまえ、ついさっきまで催涙弾で苦しんでいたってのに」
こちとらまだ胃の底がムカムカしているというのに、まったくこのタヌキ娘ときたら。
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