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011 いい肉
しおりを挟む時刻は夜の十時過ぎ。
ネオンきらめく歓楽街。ときおり漏れてくる男と女の嬌声を聞き流しながら、サロンセメタリー近くの路地裏に身を潜め、おれと芽衣は張り込み中。
「……四伯おじさん、おもっていたよりも人が少ないです」
「まぁ、平日だからな。週末になればもう少し増えるぞ」
「それでも微妙ですよね。夜の盛り場というぐらいだから、もっと賑わっているのかとおもっていました。
あちこちにてシャンパングラスのピラミッドが乱立し、高級ワインの空き瓶がそこいらに転がり、万札のシャワーが降り注ぎ、マスクメロンどもが生ハムを羽織り、酔いどれたちがフィーバーして踊り狂っているのかと。
これならスーパーのタイムセールの方がずっと混んでますよ。
知ってますか? 絶対王者タマゴが登場しようものならば、店内がたちまち熱狂の渦に包まれるんです。そして数多の夜叉たちが」
さっきからぶつくさと芽衣がうるさい。
垣間見た大人の世界がおもっていたよりもずっとしょぼかった。
タヌキ娘はそのことにかなりご不満のようだ。
おそらく芽衣が期待していたのは、たまにテレビとかでやっている大都会の歓楽街の風景。
しかしあれは例外だ。世界屈指の大都会だからこその乱れっぷり。
だからおれは芽衣にこう言ってやった。
「まぁ、そこはあれだ。しょせんは高月だからな」
◇
基本的に張り込みは退屈極まりない。
長時間の拘束。動きは制限されるし、緊張と集中力をしいられるわりにはすぐに飽きる。うつらうつらと押し寄せる眠気。途中から自分が何と戦っているのかわからなくなる。
すると退屈しのぎにスマホをいじっていた芽衣が急に顔をあげて「あっ、そういえば四伯おじさん。さっきの話の続きなんですけど」と言い出した。
さっきの話とは、事務所でおれが口にしかけていたことについて。
ほぼ密室状態の酔果倶楽部の控室。そこからまんまとクリスティーナ嬢のハイヒールを盗んだ犯人の正体。その手口など。
「あー、アレね。ほら、あそこのロッカーって番号しか書いてないだろう。つまり誰がどのロッカーを使っているのかは内部の人間にしかわからない」
「それってつまり……内部犯ってことですか?」
「まぁ、そうなるわなぁ。というよりも主犯格は別にいて、せいぜい協力者といったところだろう。手口がそれを証明している」
とはいっても、たいしたトリックじゃない。
いいや、トリックと呼ぶのもおこがましいほどに単純な手口。
内部にいる協力者は隙をみてクリスティーナ嬢のハイヒールをロッカーから盗み、これを明かりとり用の細窓から外へと放り出す。
そいつを主犯格が受け取ってとんずらしただけのこと。
かくして、ほぼ密室、不審な人物が見当たらず、ドロンと消えたハイヒールのナゾは解明されたわけだ。
冴え渡るおれさまの灰色の脳細胞。
導き出した推理を聞いた芽衣は「しょーもなっ!」
◇
動きがあったのは十一時を過ぎた頃。
手元の腕時計型受信機がピコンと反応。
発信機をあらわす赤い点滅が移動を開始する。
表からずっと見張っていたが、サロンセメタリーの方に変化はない。ナターシャからも連絡がないことから、たぶん盗まれたことにまだ気がついていないのだろう。
「どうやら獲物がエサに喰いついたみたいだな。いくぞ、芽衣」
「はい、フルボッコにして報酬の百万円ゲットです」
発信機の反応を頼りに追跡を開始したおれたち。
やたらと右へ左へと街中をぐねぐね動くターゲット。
ずいぶんと警戒しているようだ。
少しずつ距離をつめ、尾行を続ける。
前方にて見え隠れしているリュックを背負ったジーンズ姿の男。
どうやらこいつがターゲットのようなのだが……。
「若いですね。大学生ぐらいでしょうか」と芽衣。
「そんなところだろうなぁ。だがあのキョドリ具合からして、どうにもやつが主犯格とは到底おもえん。ということはあいつもただのパシリ、協力者なのかもしれん」おれはそう看破する。
事情は様々だが、昔からわずかな金欲しさに道を踏み外すやつは案外多い。
雰囲気からしてリュックの男もその類のようだ。
やがて歓楽街を出て、地下道を通って駅向こうの北側へと渡った男は、しばらく線路沿いを京都方面へと。
周囲がどんどんと寂しくなってゆく。
◇
ようやくたどり着いたのは物流倉庫跡地。ただし解体作業は半端のままで中断されてひさしく、すっかり廃墟と化している。一時期は若い連中が肝試しによく侵入していたものの、「アスベストがあるらしい」とのウワサが立ってからはそれも失せた。
いまではろくに近寄る者とていない忘れられし場所。
そんなところに足を踏み入れるリュックの男。
おそらくはここで取引が行われるのであろう。
おれと芽衣はうなづき合ってから、男に続いて廃墟内へと忍び込む。
しかし発信機の反応はあるというのに、男の姿が忽然と消えてしまった。
これにはややあわてたおれたちであったが、じきに地下へと続く階段を発見する。
どうやらヤツはこの先にいるようだ。
だがしかし、その先でおれたちを待っていたのは意外な光景であった。
強烈なスポットライトと歓声。
地下駐車場とおぼしき場所に出現したのは、工事現場用のフェンスで造られた円形状の空間。そこに集うのはいかにも腕っぷし自慢とおぼしきギラついた目の荒くれ者たちが数多。
これをとり囲むようにしている人垣は興奮している観客たち。
「ようこそ! ウインドサイズ主催のファイトクラブへ。今夜のスペシャルゲストは探偵とその助手ちゃんだ。さぁ、最後まで残って賞金をゲットするのは誰か? ちなみにただいまのオッズはこうなってるぜ」
スピーカーから流れる司会者の声に合わせて、ライトアップされた大型モニター。
画面内には名前と倍率がずらりと並ぶ。
ちなみにその中でもっとも高値の大穴をつけていたのが、探偵の文字のところ。
倍率千オーバー。ひとりだけ四桁にて千百二十九で「いい肉」とか、ひどい!
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