おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
上 下
9 / 1,029

009 ほぼ密室

しおりを挟む
 
 クリスティーナ嬢から連絡を受けて、すぐさま酔果倶楽部へと駆けつけようとしたおれと芽衣。
 だがしかし、おれだけ到着がずいぶんと遅れた。
 けっして足が遅かったとか、タバコのせいですぐに息があがったとか、体力がなくてへばったせいなどではない。
 原因はパトロール中の制服警官二人組。
 先を軽快に走る芽衣。ぐんぐん遠ざかる。その背をおれが追うかっこうになっていたところを「ちょっとそこのキミ、止まりなさい」と見咎められてしまう。いわゆる職務質問というやつだ。
 どうやら警官たちの目には、いい歳をしたおっさんが若い娘の尻を追いかけ回しているように映ったらしい。
 場所は歓楽街のど真ん中にて、いかがわしさ五割増し。

「ちょ、ちょっと待て! 誤解だ。おれは何もしちゃいねえよ」
「あー、はいはい。みんなそういうんだよ。とりあえす近くの交番にいこうか。話はそこでゆっくり聞くから」

 左右からがっちり腕をとられて、捕獲された宇宙人のようにおれは制服警官どもに引きずられていくハメになる。
 なお芽衣に助けを求めようとしたが、タヌキ娘は健脚のままにピューッと行ってしまっており、それはかなわなかった。

  ◇

「ずいぶん遅かったですね、四伯おじさん。いったいどこで油を売っていたんですか?」

 どうにか警官たちの誤解をとき、汗だくとなり現場へとかけつけたおれに対しての芽衣の第一声がこれである。ひどい助手だ。
 最初の連絡があってからすでに一時間以上も経過しており、犯人はとっくに獲物をかっさらって逃げてしまっている。
 念のために犯行現場を見せてもらう。
 だがおれはすぐに首をかしげた。
 犯行が行われたのは酔果倶楽部の従業員たちの控室。
 ズラリと壁際に並ぶロッカー。その反対側には数人が一度に利用できる大きさのドレッサーが置かれてある。鏡台まわりが化粧品やら私物でごちゃついているのはご愛敬。
 控室の場所は店の一番奥にて、出入り口は店内へと通じる扉がひとつ。あとは明かりとり用の細長い小窓があるばかり。
 当然ながら部外者は立ち入り禁止だ。加えてこの店は半地下のような立地ときたもんだ。
 とどのつまりは、ほぼほぼ密室状態ということ。
 さすがは怪盗ワンヒール、ここから獲物をかっさらうとは、あいかわらずやるな。
 と感心したいところだが、今回の犯行はニセモノによるもの。
 しかしはたして華麗な盗みの手口までたやすくマネなんぞできるものなのか?

「どういうことだ。もしかしておれたちの見立てがまちがっていて、じつは本物だったとか。いや、だが……」

 エロかわいいクリスティーナ嬢のお多福顔が、これまでの怪盗ワンヒールのターゲットとなった女性像からはあまりにもかけ離れ過ぎてる。
 おかしなことは他にもある。
 盗まれたハイヒールが片方だけではなかったということ。
 左右そろって消えてしまっているのだ。

「ひょっとしたらおせちに飽きたのでそろそろカレーにしよう、とか」

 芽衣の意見におれは腕を組んで、うーん。
 たしかにそういう気分になることはある。
 だがそれはあくまで、このおれのようなノーマルタイプの男にのみ当てはまること。
 性癖、それもこじらせた変態級の対象に対する執着は想像を絶する。
 怪盗ワンヒールはわざわざ予告状を送りつけて、自ら出向くほど。
 こだわりたるや並々ならぬものがあるのはまちがいあるまい。
 そいつをあっさりひるがえしての趣旨替え?

 ……ありえない。

 それが早々におれの下した結論。
 しかし今回の一件、どうにもわからないことが多すぎる。

  ◇
 
 酔果倶楽部をひきあげ探偵事務所へともどったおれと芽衣。
 ホワイトボードを前にして、いったん事態を整理する。
 まず芽衣が書き出したのは今回の一件に関する登場人物たち。

 喪服の美女。
 怪盗ワンヒールのニセモノを捕まえてほしいと依頼してきた山本詩織。破格の報酬を提示するもその理由は不明。
 クリスティーナ。
 酔果倶楽部に務めるスイカップ嬢。ワンヒールのニセモノとおぼしき者から予告状を受け取り、ちょっと浮かれていた。まんまとハイヒールを盗まれる。
 怪盗ワンヒール。
 夜ごと高月を騒がせる真性の変態野郎。美女のハイヒール、その片方だけを狙う。
 怪盗ワンヒールのニセモノ。
 ファン? 同好の士? 現時点では意図も正体も不明。
 千祭史郎。
 酔果倶楽部のオーナーにして、桜花探偵事務所の高月支店長も任されている。
 仕事は出来るが人格に難あり。正体はドーベルマンにて、血筋や家柄をやたらと重んじる傾向あり。

「わたしたちをべつにすると、案外、少ないですね」

 そうつぶやきながら芽衣が続けて書き出したのは、ナゾをいくつか。

・依頼人はどうして怪盗のニセモノを捕まえたいのか。
・今回の事件は本物の犯行なのか、それともニセモノによるものなのか。
・ほぼ密室から、犯人はどうやってハイヒールを盗みだしたのか。
・なぜクリスティーナ嬢が狙われたのか。

 簡単な人物相関図なんかを仕上げた芽衣が最後に用意したのは、犯行現場の写真。
 おれとはちがってクリスティーナ嬢から連絡をもらってすぐに駆けつけた芽衣が、スマートフォンで撮影したもの。

「いちおう、こんなところですかね。ついでに店の人たちに話を聞いたんですけど、誰も不審な人物は見ていないとのことでした」
「つまり部外者は入っていないということか?」
「はい、そうなります。もっとも開店準備に追われて忙しくしていたようですけど」
「まぁ、あんな場所を見かけないやつがうろうろしていたら目立つわな」
「怪盗ワンヒールは変装の名人ですから店の誰かに化けたとか? もしくはわたしたち同様にじつは……という線も」
「あー、変装の線は捨てきれないが、やつがおれたちと同類ということだけはない。あれは正真正銘、ただの人間だ。それはこの前の追いかけっこで確認した」
「確認って、いつのまに?」
「あいつが走っているときの動きだよ。おれたちみたいに動物が人間に化けていると、ちょっとした動作に素体時のクセが出ちまうんだ。仕草はいくらでもマネられる。けど骨格レベルで染みついた動きってのはどうしようもない。だから断言できる。怪盗ワンヒールは人間だ」

 おれが探偵らしい鋭い観察眼を披露したところで芽衣がたいそう感心し「さすがは四伯おじさん、ステキ! 抱いて!」
 とはならない。
 そればかりかうちの助手は「えー、本当かなぁ。なんてったって四伯おじさんだしなぁ。近頃、ちょっと老眼が入っているし、なんかいまいち信憑性にかけるんですけど」なんぞとぬかしやがった。
 えらいいわれようである。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

高槻鈍牛

月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。 表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。 数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。 そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。 あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、 荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。 京から西国へと通じる玄関口。 高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。 あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと! 「信長の首をとってこい」 酒の上での戯言。 なのにこれを真に受けた青年。 とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。 ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。 何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。 気はやさしくて力持ち。 真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。 いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。 しかしそうは問屋が卸さなかった。 各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。 そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。 なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 辺境のド田舎を飛び出し、近隣諸国を巡ってはお役目に奔走するうちに、 神々やそれに準ずる存在の金禍獣、大勢の人たち、国家、世界の秘密と関わることになり、 ついには海を越えて何かと宿縁のあるレイナン帝国へと赴くことになる。 南の大陸に待つは、新たな出会いと数多の陰謀、いにしえに遺棄された双子擬神の片割れ。 本来なら勇者とか英傑のお仕事を押しつけられたチヨコが遠い異国で叫ぶ。 「こんなの聞いてねーよっ!」 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第七部にして最終章、ここに開幕! お次の舞台は海を越えた先にあるレイナン帝国。 砂漠に浸蝕され続ける大地にて足掻く超大なケモノ。 遠い異国の地でチヨコが必死にのばした手は、いったい何を掴むのか。 ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部~第六部。 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?四本目っ!海だ、水着だ、ポロリは……するほど中身がねえ!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?五本目っ!黄金のランプと毒の華。」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?六本目っ!不帰の嶮、禁忌の台地からの呼び声。」 からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?五本目っ!黄金のランプと毒の華。

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 そのせいでこれまでの安穏とした辺境暮らしが一変してしまう! 中央の争乱に巻き込まれたり、隣国の陰謀に巻き込まれたり、神々からおつかいを頼まれたり、 海で海賊退治をしたり…… 気がつけば、あちこちでやらかしており、数多の武勇伝を残すハメに! 望むと望まざるとにかかわらず、騒動の渦中に巻き込まれていくチヨコ。 しかしそんな彼女の近辺に、海の彼方にある超大な帝国の魔の手が迫る。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第五部、ここに開幕! お次の舞台は商連合オーメイ。 あらゆる欲望が集い、魑魅魍魎どもが跋扈する商業と賭博の地。 様々な価値観が交差する場所で、チヨコを待ち受ける新たな出会いと絶体絶命のピンチ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部~第四部。 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?四本目っ!海だ、水着だ、ポロリは……するほど中身がねえ!」 からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

処理中です...