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その百四十九 猛追
しおりを挟む緒野正孝とコハクがようやく神殿の地上部分へと到達したとき。
またしても足下が震えた。これまで以上の揺れ。視界が激しく上下左右にブレる。とてもではないが立ってはいられない。たまらずしゃがみ手をつく緒野正孝。コハクも伏せの体勢にて固まるばかり。
頑強に組まれているはずの石造りの神殿が軋む。そこかしこに亀裂が生じた。ついには石柱が倒壊し、壁や屋根の一部が崩落する。
もしもこのうちのどれかに巻き込まれていたら、ヒトや山狗の身なんぞはひとたまりもなかったことであろう。しかし幸運なことにコハクたちは難を逃れた。
揺れがおさまり、立ちあがる緒野正孝ら。
そこでゾクリ、かつて感じたことがないほどの強烈な悪寒に襲われる。
続けてぱっと脳裏に浮かんだのは先ほど目にした光景、地下の灼熱地獄。
赤く燃え盛る溶岩、すべての命を無へと還す破滅の流れ、地獄がすぐそばにまで迫っている。
そして禍躬シャクドウもまた……。
もはや一刻の猶予もない。
あとは外にいる南部弥五郎と山楝蛇の隊員らが、討伐準備を整え終えていることを信じて、出口へと向かうのみ。
足の痛みにはかまわず緒野正孝が駆け出す。コハクもこれに続く。
彼らが動きだしたのとほぼ同時に背後から鳴り響く咆哮。
聞く者みなに死を連想させずにはいられない不吉な響き。
禍躬シャクドウだ。声がかなり近い。おもいのほかに距離を詰められている。
焦る緒野正孝、九つの部屋にて構成されている神殿内部、その真ん中をいっきに突っ切って出口を目指す。
だがしかし、ちょうど真ん中の部屋へと差し掛かったところで、前方が無情にも瓦礫により塞がれていた。
右か左、どちらかを通って迂回するしかない。
もしもその先が似たような状況であったのならば、万事休す。作戦は失敗にて、閉鎖空間にて追いついた禍躬と自分たちのみにて対峙することになる。
二択にて五分五分の確率。だがその先のことも考慮すれば、いささか分が悪い賭けであろう。
なのに迷うことなく緒野正孝は左の道を選択した。
理由は通路に倒れている人影を発見したから。かろうじて上半身と下半身が繋がった状態にある無惨な骸は、斥候へと赴いた三名の隊員らのうちのひとり。おそらくは身命を賭して仲間らに危険を報せてくれた、あの者であろう。もしも彼がいなければ自分たちはとっくに全滅していたかもしれない。
骸のそばを駆け抜けるとき、緒野正孝は心中にて手を合わせ「仇は必ず」と改めて誓う。
するとその想いが通じたのか、続く部屋は問題なく通過できた。
だが玄関口に相当する部屋へと隣接するところへ進入したところで、轟っと風が唸る音を耳にし、緒野正孝とコハクはあわてて身を伏せる。
直後に頭上を通り過ぎたのは神像の首。
禍躬による投擲、威嚇と足止め目的の一投。
急ぎ立ちあがり、背後の通路を凝視する緒野正孝。闇の奥に紅点が浮かんでいた。真っ赤な点は怒りに燃える禍躬の瞳。
逃げ切れない。緒野正孝はすぐさま槍を構える。
「くそっ、ついに追いつかれたか。あと少しだというのに。こうなれば戦いながら誘い出すしかない」
覚悟を決める緒野正孝。呼応するかのようにしてコハクもまた小太刀を抜く。
それに前後して、雄叫びをあげながら飛び出してくる赤胴色の毛塊。
左後ろ足が不自由なぶんだけ動きはやや遅い。とはいえ巨躯による突進が産み出す脅威はさほど変わらず。
コハクと緒野正孝はサッと左右にわかれて、これをかわす。
禍躬シャクドウは通路より部屋の中へ。勢いのままに中央にある神像の残骸へと頭から突っ込む。
そこをすかさず両脇から攻めようとした武官と山狗。
瞬間、シャクドウが豪腕を振るい薙ぎ払ったのは神像の残骸。すくいあげるようにして振られた腕により、飛散したのは数多の石くれ。
たくさんの石礫を至近距離にて放たれたのはコハク。
いかに俊敏な山狗とて、とてもではないがすべてをかわしきれず。いくつかもらって後方へとはじき飛ばされる。
この攻撃により緒野正孝へと完全に背中をさらす格好となった禍躬シャクドウ。けれどもシャクドウには背の顔と第三の腕がある。
しかもここで背の顔から発せられたのが懐かしい声。
『正孝、おい正孝』
恩人であり、慕い尊敬してやまぬ故人からの呼びかけ。
動揺、混乱、心の乱れが肉体の硬直へと繋がり、一瞬の隙を産む。
意図的に卑劣な罠を仕掛けたシャクドウがこれを見逃すわけがない。
第三の腕の黒爪が血風を巻きあげ、緒野正孝の身が宙を舞う。
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