上 下
131 / 154

その百三十一 再会

しおりを挟む
 
 地面に残されている何かを引きずった跡を追う山狗ビゼン。
 森の奥、辿り着いた先は、簡易的な小屋や三角の形をした天幕が建ち並ぶ場所。集落と呼ぶにはあまりに小さく、人影はまばら。数はせいぜい三十程度か。漂う鉄と火の気が強い。どうやらここは鍛冶師の集団の逗留地らしい。

 引きずった跡は小屋のうちのひとつへと続いていた。
 ビゼンは小さな集落内には立ち入らず、外縁部分をそろりそろり、誰にも気取られぬように注意しながら移動。目当ての小屋の裏手へとまわる。
 壁の隙間へと顔を近づけたビゼンは、ついにコハクを発見する。

 隙間から漏れてくる空気が温かい。もうもうと漂う白靄は湯気。
 竈門と囲炉裏にて火を焚き室内を温めてがてら、鍋にてヒトの指ほどの小さな刃、太めの針らを熱湯に漬けている。それらは人間たちが治療のときに用いる道具であり、これが消毒という必要な行為であると知っているビゼンは、すぐに白髪の若い女が何をするつもりなのかを察した。

 ぐったりしているコハクの肩口より、折れ刺さった深緑の刃をすーっと引き抜くなり、手際よく治療を始める。
 鍛冶師の仕事にはつねに危険がつきまとう。加えて風の民は各地を巡る根無し草の流浪の民。そうそう都合よく医師にかかれるわけではない。だからこそたいていのことは自前でまかなえるように備えてある。医学の知識もまたしかり。
 女の動きに迷いはなく、その証拠にずっと苦しげにうめいていたコハクの表情がみるみる穏やかになっていく。
 これには覗き見していたビゼンも「ほぅ」と感心。

「うまいものですわね。たいしたものです。これならばコハクのことを預けておいても問題ないでしょう。いまここで私が姿をあらわしたところで、混乱させて治療のさまたげになるばかりでしょうし。だから私はいったん戻って、弥五郎にこのことを報告するとしましょう」

 静々とその場を離れるビゼン。ほどよく距離がとれたところで、サッと身をひるがえし、たちまち木々にまぎれて消えた。

  ◇

 ビゼンの案内により緒野正孝や南部弥五郎ら一行が、隠れ里のごとき小さな集落へと訪れたのは、二日ほど間を空けてから。
 それほど時間がかかったのは、禍躬シャクドウが起こした出水のせい。
 赤涙川の遥か上流域で発生したそれが、大なり小なり全域にも影響をおよぼす。おかげでさかのぼるときに使えた経路がダメになっている箇所が散見し、一行は迂回するのを余儀なくされることもしばしば。

 いきなり武装した集団が訪れた。
 当然ながら集落側では騒ぎとなる。
 しかしあまり大事にならずにすんだのは、両者を繋ぐ顔見知りがいたから。

「貴女は冬毬殿……、どうしてこのようなところに」

 意外な再会に驚くばかりの緒野正孝へ、慇懃に頭をさげる冬毬。ひょうしに豊かな白髪がさらりと垂れた。

「ご無沙汰しております。緒野さま」

 緒野正孝と冬毬。ふたりの縁を結んだのは星の欠片、隕鉄。
 かつて湖国の祝い山での戦いのおり、先祖伝来の愛槍を失った緒野正孝。以来、ずっと別の槍にて鍛錬に励み、ついには当代随一の槍の遣い手として勇名を馳せるまでになったのだが、腕をあげればあげるほどに手にした槍に物足りなさを感じるようになっていく。
 ゆえにいろいろ取り寄せたり、買い求めたり、ときには名工に頼んで作らせたりもしたのだが、どれもしっくりこない。
 敵兵を屠るのにはこれでも充分であろうが、相手が万物の仇、禍躬となれば話がちがってくる。いまひとつ心許ない。いかに槍の腕を磨き、技を洗練させようとも、肝心の武具の方が耐えられずにすぐに壊れてしまうのでは困りもの。

 そんなときにたまさか手に入れたのが隕鉄なる素材。星の海から落ちてきたというこれを使えば、とても優れた武具が作れるという。
 だから早速……といきたかったのだが、これを扱える者がいなかった。
 どれだけ高温に熱した炉に放り込んでも溶けず、屈強な男たち数人がかりにて昼夜を問わず、大金槌を打ちつけ続けても、わずかに変化もせず。
 これではせっかくの素材も宝の持ち腐れ。

 そこで緒野正孝は旧知の間柄である南部弥五郎に相談をしてみる。彼の奥方である小夜は天下の奇才の持ち主と評判の人物。なにがしかの良い知恵を借りられるのではと期待したのだ。しかし彼女をもってしても隕鉄の加工方法はわからず。
 だが博識であった小夜は諦めなかった。膨大な書を収蔵している湖国の書庫を漁り、隕鉄に関する記述を発見。
 これを頼りにして流浪の鍛冶師集団である風の民へと至る。
 そして緒野正孝は冬毬と出会った。
 現存する隕鉄を扱えるという、ただひとりの女鍛冶師。
 僥倖を得て、緒野正孝はついに唯一無二の愛槍となる天霊矛(あまのたまほこ)を手に入れたのであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

姥捨て山に墜ちた星

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
2018年だったか19年だったかに書き上げ某賞二次落ち後、やり場もないのでなろうに掲載したら通報されノクターンへ誘導、ノクターンが明らかに当方の意図するジャンルではなかったため、苦肉の策でKDPのみで公開させていただいておりましたが、こちらで公開できないかと投稿させていただくことにしました。 この作品は当方の他作品に比べエログロきつめではありますが、それらはすべて主題のメタファーや事件解決の手がかりとして用いられるもので、エログロの表現を目的として描かれるものではありません。 ※この物語には残虐描写、暴力描写、性描写が含まれています。 ※この物語には現代においては不適切であるとみなされうる表現が使用されていますが、時代性、言語表現の多様性を尊重し、敢えて伏字等の改変を行っておりません。 あらすじ 「老人どもを皆殺しだ!」  崩壊したケアハウスで若者が叫ぶとき、怨念の連鎖が輪廻する。 西暦2025年。その日、高級老人施設「丹沢天翔園」の朝は遅く始まった。職員宗田まゆみの惨殺体が発見され、騒然とする中、当のまゆみの嬌声が園内に響き渡る。それは〝さるのばけ〟を相手にした果てしない戦いの幕開けだったのだ。一方、西暦1925年、探偵小説家の弧川は逃避先の集落で思いもよらぬ恋に落ちる。名家の座敷牢に幽閉された少女と少しずつ想いを紡ぎ合う彼の背後に、伝説の怪物を装う殺人鬼の魔手が迫っていた……。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界子供会:呪われたお母さんを助ける!

克全
児童書・童話
常に生死と隣り合わせの危険魔境内にある貧しい村に住む少年は、村人を助けるために邪神の呪いを受けた母親を助けるために戦う。村の子供会で共に学び育った同級生と一緒にお母さん助けるための冒険をする。

処理中です...