【THE TRANSCEND-MEN】 ー超越せし者達ー

Category 3 : Rebellion

4 : Bipedal

　女性、クラウディアのその手に持つ刃、細剣が一直線に突き出された。

　それを横へ逸らしたのはその剣よりも遥かに短いナイフ。そしてナイフを持つ男が1歩進んだ。

　弾かれた剣を引き戻し、相手を迎撃すべくもう一度突き出す。相手が再びナイフで逸らそうとそれを持つ右手を振るう。

　すると、クラウディアがナイフを振るう相手の姿を待っていたかの様に突き出し中の剣を僅かに引き戻した。

　剣を払う筈のナイフが空を切り、振りかぶった男目掛けて剣がまたも突き出される。

　男の左腕が体に刺さる寸前で剣先を横へ逸らした。服が切れ、切り傷を作る。

　しかし、大したダメージではないのか男は痛みに表情を変える訳でもなく、クラウディアに接近しつつナイフを振る。

　クラウディアが身を引いてすんでの所で横薙ぎを躱した。攻撃後の隙を見せた相手へ剣を叩き付ける。

　左から来る斬撃を前に男は左腕でガード。服と内側の皮膚に切り傷が付く。しかし肉を断ち切るまでは至っていない。

　それを確認したクラウディアは重心を前の右足で支え、左足で横蹴りを放った。

　腹に蹴りを受け、体を僅かに後退させた。だがまるで痛みを知らない様に表情を変えないまま再び襲い掛かる。

　男が走りながらナイフを左右に連続で振る。クラウディアは後退しながら剣で短い刃を全部受け止めてみせた。

　相手の駆け込みと同時に出鼻を挫く様に、剣を足元へ振ったクラウディア。男がナイフを左手に持ち替え、その刃で剣を防ぎ、空いた右腕でストレート。

　拳に対しクラウディアの左手がそれを受け止めた。その体勢のまま少し沈黙が流れる。

　不意にクラウディアを前から押し下げる圧力。相手が地面を蹴り、距離を詰めて膝蹴りを放とうとしたのだ。クラウディア自身も後方へ跳び、膝蹴りを回避しようとした。

　しかし、不運にも後方へ飛んだ先に丁度あった岩へぶつかり、減速。そして膝蹴りがクラウディアを叩き付けた。

　岩が砕かれ、クラウディアが更に後ろへ飛ばされる。男が歩いてそれを追う。

（この男、まるで私の攻撃が通じてないみたいじゃないか）

　ふと周辺を見る。先程まで近くに居た筈のアダムや機械の大群が荒野の奥にちらと見えた。

（何時の間に……認識阻害で引き離したという訳か。アダムが心配だ、早く終わらせよう）

　そう考えたクラウディアは刻々と静かに歩み寄る男へ向き直った。

　彼女の皮膚が空間からエネリオンを受け取る。エネリオンが彼女の神経を通って脳へ。クラウディアが目を瞑り深呼吸する。




















「おい何だあれ？」

　そう疑問を言葉にしたのはライフルのスコープを覗く兵士だった。その一言によって周囲からの注目を浴びた。

「どれだ？　俺達には見えねえ」
「1キロ先だが、人らしい姿をちらと見つけた」

　軽機関銃の弾をばら撒く兵士が問う。聞かれても見えないのだから実際は分からない。

　スコープを覗く兵士はその正体を突き止めようとスコープのつまみを回し倍率を上げた。その正体が判明した時、無意識に声を上げていた。

「なんだありゃあ？」

　どうしたのか、周囲の仲間が訊く。兵士がスコープから目を離し、他の仲間にその問題となる物体を見せた。

　バイクや機械獣の群れの奥深く、明らかに人と思える姿があった。

　暗くて可視光線では見えないが、赤外線表示にすればぼんやりと形が見える。ぼんやりしているのはステルス素材の為か。

　人の形をしたそれはまさに人間の如くこちらへ走り迫っている。妙なのは距離が1キロ程も離れているにも関わらず、短距離走の様な走り方だった事だ。

「皆、気を取られるんじゃねえぞ！」

　軽機関銃を掃射する兵士が忠告した。皆それぞれの役割へ戻る。

　その中で、スコープを覗く兵士は遠方に見えた人型の物体へ再注目した。

　引き金を引く。およそ1秒後、人型の腕と思われる部分が千切れ飛んだ。その姿が地面に倒れた。

「やっぱ見えにくいからこんなもんか」

　対物ライフル弾の威力は凄い。50グラムの質量を音速の3倍で飛ばすだけだが、被弾した人体を引き千切り、そんじょそこらのコンクリート壁や金属板をも貫く。人の腕や足に当たっても衝撃波により一瞬で致命傷にまで至るまでの殺傷力を持つ。

　“だから”スコープを覗く兵士はレンズ越しの出来事が信じられなかった。何せ倒れて起き上がらない筈の人型の何かが起き上がったのだから。そして、人の姿は腕を失いはしたが、まるで何事も無かったかの様に走行を再開した。

「おい、どうした？」

　対物ライフルを持つ兵士が引き金に指を掛けたまま硬直していたので、仲間が訊いた。尋ねられた当人は気を取り乱していた。

「あんなのおかしいぜ！　掠っただけだったが、対物弾に当たって肉体が吹き飛んでピンピンしてられる奴なんて居る訳がない！」
「まあ落ち着け、標的が増えただけだ。今まで通り弾をぶち込んでやれば良い。それに偵察機が調べてくれる筈だ」

　そう言い終えなだめた時、通信が流れた。

『指揮部から前線へ通達。敵に人型戦闘ロボットの存在が確認された。数は獣型戦闘ロボットと同等と見られる』

　狙撃手の兵士が顔に納得を浮かべた。ロボットなら肉体を失っても機関部をやられない限り無事な訳だ。

「しかし、何で人型ロボットでしょうかね？　人型なんて無駄だらけでしょうに……」

　冷静な若い兵士が呟いた。人型のロボットというものは二足歩行故に重心が高く不安定だ。獣型ロボットの方が安定性があり機動力に長ける。

　例えば二足歩行戦車は人が操縦するので、操作性という利点から人型と決まっている。

　しかし、ロボットで人型にする利点といえば、精々人間が使う物が使える様にしたり人間の兵士と装備を互換出来るという点だろう。

　反乱軍達は相変わらず敵へ銃弾を送り続ける。マシン達はバタバタと倒れるが数がそれを補い、距離を確実に詰めていた。

　殲滅に専念する人間達を他所に、人型ロボットもバイクや機械獣に混じって前進している。

　機械獣達が周囲で倒れる中、人型ロボット達だけは立っていた。まるで機械獣達が主人の様に人型ロボット達を銃弾から守護していた。

　ロボット達が背中から筒状の物体を取り、両手に抱える。筒を肩で支え、グリップ部の引き金を引いた。

　直後、大量のロボット達から大量のロケット弾が反乱軍へ散布された。

（防がなきゃ！）

　強い使命感に駆られ、アンジュリーナが数を瞬間的に増加させた大量のロケット砲へ意識を向ける。

　空中で度重なる爆発。反乱軍の前線へ着実に近付いていた。

（数が多い！　……でもやらなきゃ！）
「やべっ！　突っ込んで来るぞ！」

　近くの兵士の1人が叫んだ。周囲の兵士達が警告に合わせて伏せる。

　間一髪、アンジュリーナの「障壁」が止め落とし、空中で爆発する。障壁は熱や拡散する衝撃や破片すらも止めた。

「危なかった……」
「サンキューアンジュ」

　無事を確認し安堵したアンジュリーナ。しかし一瞬で彼女の表情は変貌を遂げた。

　別の位置、アンジュリーナの真横数十メートル地点、捉え切れなかったロケットが着弾し、爆発した。

「見るな！」

　ロバートが叱る様に叫んだ。素直に従ったが、脳裏には爆発を浴びて傷付き苦しむ兵士の姿が再生される。

「私が居る！　安心して集中せい！」

　落ち着かせるチャックだが、その口調は慌てていた。

（そうよ、前を向くの！）

　呼吸が荒くなる。目を閉じ、集中する。爆発が起こる。他の事は頭に無い。

　双眼鏡を持った兵士がロケット砲の筒を地面に捨て、代わりに背中から小銃を持って行進を開始したのを発見した。

「ブリキのオモチャ共が装備を変えてこっちへ来るぜ」
「……そうか、分かった。大量に装備を持つ為に二足歩行なんだ」

　二足歩行は重心が高い為不安定という欠点はあるが、二足歩行の利点は人類の進化が示す。

　空いた両手で道具を器用に扱うだけではない。四足歩行に比べ広い範囲が見渡せるし、膝を大きく曲げる四足歩行に比べエネルギー消費が少ない。そして、自重を超えた物体すら持ち上げ運搬出来るという筋肉を前後でそれぞれ特化した為の利点があるのだ。

　この場合ではより大量の装備を活用する為だろう。疲れを知らない人形達は疲労で動きが鈍くなる事も無く、数十キログラムの物体を担いでも不平を言わない。そして人間が扱う事を想定し設計された兵器は幾らでもある。

　アンジュリーナがこれでもか、と言わんばかりに全身に力を籠める。治療にあたるチャックが汗をかき始め、口数を減らした。




















　ポール・アレクソンはモニターに映る画面を見ると、腕組みし唸った。

　何故なら、自分の思い通りの結果が出ていないからだ。

　原因は分かっている。

「奴らは一体何をしている？」

　奴ら、とはディック中佐から”使用許可”を貰った2人のトランセンド・マン、ブラウンとベルの事だ。

　本来作戦では片方のブラウンのみが敵トランセンド・マンを引き付け、ベルが前線に混じって攻撃を行うというものであった。直前で考えた急ぎの作戦だが、単純で間違える筈がない。

　問題はというと、偵察機が送る映像からはトランセンド・マンが2体ずつ違う場所で争い合っている。

「ベル、アンダーソンに構わず前線へ行け。ブラウン、アンダーソンの相手もしろ。「変圧器」がある。使え」

　『了解』、と2者から返事の通信が来た。ポールの表情には苛立ちが込められていた。

（何故作戦が遅れたのだ？　私は確かに命令した。だが予定と違う）

　冷酷で上司に忠実なポールにはその原因が分からなかった。想像すらしなかっただろう。




















　整理され過ぎて殺風景な研究室でたった1人、座面も背もたれも硬い椅子にぼんやりと座るのはクリストファー・ディック。

　彼は何かを思い付いたのか、気まぐれに椅子から立ち上がった。そして何処かへと歩く。

　研究室の端にある壁と同色の横開きドア、その中へ入る。研究室の出口ではない。

　中へ入るとまずガラスに仕切られた一面の白い実験室の様な部屋を眺める。クリストファーの視線はガラスの向こう側に居る人物を見定める。

　彼はため息をついた。疲れと悩みが半分ずつ。

　白い手術台らしき台に仰向けに横たわり、呼吸の動作すら見せない。主張が強い濃い赤の髪の毛と対照的に、紫外線を浴びた事がないが故病的に白い肌が脆さを感じさせる。

　首の後ろには太いケーブルが繋がっている。生命維持や信号送受信等あらゆる役割を果たす。

「”アダム”は恐らく「目覚めた」筈だ。そうでなければあんな行動は取らない」

　誰も聞いている筈がないのに、クリストファーは誰かに語り掛ける様な口調だった。まるで防音機能を持つこのガラス越しの眠る少年へ。

　声など届く筈もない。だが彼は語り続ける。

「お前もきっと「目覚める」だろう」

　名の通り管理社会を徹底する地球管理組織は監視システムによる管理を実現している。しかし、この部屋には監視カメラやマイクの類は無い。

　クリストファーは監視カメラが嫌いだ。監視という言葉も嫌いだ。自分を見る者が嫌いだ。人が嫌いだ。

　まるで逃げ疲れた様に彼はもう一度ため息をつくのだった。