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友と生きる物語
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目を覚ます。『 』は軽く朝食を作って、テレビの電源を入れる。丁度ニュース番組が流れている。どうやら今日は雨らしい。折角のこの日なのに、雨とはツイてない。天気の事は人にはどうしようも無い事だけど、やはり残念な思いは拭えない。
『 』は作り終えた朝食を食べながら、今日の予定を頭の中でおさらいする。うん。楽しみだ。そうは思うが、何故か『 』の表情は変わらない。まあ、ずっとそうだったのだし、半分諦めた状態でいる方が楽だろう。
部屋の隅に置かれた鞄の中には、以前から準備していた荷物が置かれている。『 』はそれを確認してから、今日着る服を選び始める。着替え終えると、時計の針が七時を指しているのが目に入る。少し遅くなったかな。まあ良いか。『 』は荷物を持って、家の扉を開ける。
今日の集合場所は、確か部長の家だった筈だ。住所は事前に伝えられていたし、後は向かうだけ。ああそうだ。着く前に表情をほぐしておかないと。『 』は顔に頬を当てて、それを上に引っ張る。そしてそのまま固定して、笑顔をそこに貼り付ける。
部長の家に着いた僕は、玄関の横にあったベルを鳴らした。中からドタバタと音がした後、扉が勢いよく開いた。
「よく来たな春樹君!さ、上がってくれ」
「お邪魔します」
玄関には既に三足の靴が並べられている。どうやら皆はもう来ているようだ。僕は靴を脱いで、部長の家に入る。
「荷物はどこに置けばいいですか?」
「リビングの適当な所にでも置いてくれ」
言われた通り、リビングの端の方に鞄を置いた僕は、既に集まっていた皆に加わる。皆はテレビに繋いだゲーム機で、パーティーゲームをして遊んでいる。
「お、春樹君」
「春樹君もゲームやる?」
「じゃあ、今やってるのが終わった時に参加します」
僕は部長からお茶を受け取りながら、近くにあった座布団の上に座った。丁度、今日子さんがゴールに到達した。
「いえ~いいっちば~ん」
「まだ得点は俺の方が多い事を忘れなるなよ」
「ゲームで部長に勝てるイメージが湧きませんよ……」
今日ここに集まったのは部長の提案だ。僕らが練習していた演劇をやる日、文化祭当日はなんと十月、要するに来月だ。しかももう四週間を切っている。そしてこの前の月曜、部長は部室で、高らかに宣言したのだ。
「お泊り会を!開催する!」
「「いえ~いぱちぱち~」」
そう言って、今日子さんと俊介さんは拍手した。だけどさ、目が笑ってないぞ先輩方。この様子だと、前にも同じような事があったんだろうが、少なくとも愉快なだけではなさそうだぞ。
しかし何と言うべきか……急だな。お泊り会なんて、僕にとっては初めての経験だった筈だ。少なくとも、軽々しく行う物じゃない。ああでも、そう考えると月曜日に宣言するのは普通なのか?
「お泊り会ってどういう事ですか?」
「毎年の恒例なんだよね。皆で部長の家に集まるんだよ」
「残り一か月だろう?ラストスパートって奴さ」
「そういう事だ。まあ、無理強いはしない」
成程。合宿みたいな物か。少なくとも、俊介さんと今日子さんは行くつもりだったらしい。なら僕も断る理由は無い。それに、お泊り会という物にも興味がある。面白いかも知れない。
「僕も行きます。持って行く物はありますか?」
「既に紙に纏めてある」
「準備が良い……」
おお荷物大量。三連休だからその分の荷物が要るわけか。そりゃそうだ。大まかなスケジュールまで書いてある。いつ書いたんだこんなの。しかし、用意できない訳も無い。無い物は今週中に買っておこう。
とまあ、こんな感じだ。全員集まるのを待つ間に、皆でパーティーゲームをやっていたらしい。僕も一回参加した。因みに部長が圧勝した。ゲームにおいては無類の強さだ。
ゲーム機を仕舞った後、僕らは練習を始めた。最初は全体を、動きと小道具もアリで通す。流石に大きな物は無かったが、それでもこの量の小道具を運ぶのは骨が折れるだろう。確か一人で運んだんだったか。普段は軽薄な部長の背中が、ほんの少し大きく見える。
「ここ、ちょっと小道具の回収から出番までキツイですね。着替えもありますし」
「ふむ……衣装を少し見直すか。今日子君」
「どうすれば良いかな」
「重ねて着れれば楽ですね」
「邪魔にならないように考えた上で、できるか?」
「やってみる」
部長の家には十分なスペースがあった為、練習する分には文句無い。全部通して練習すると、気付かなかった問題点や細かい改善点が浮き彫りになる。こういうのは良い事だな。こういう練習でしか得られない利点だ。
そう。良い事だ。だがそれでも、引っ掛かる事はある。僕は前々から持っていた疑問を、初めて衣装に袖を通した今、口にする。
「やっぱり僕は女装で確定なんですね」
「当たり前だ。何の為の練習だったと思ってる?」
「大丈夫。似合ってるよ」
「女の私から見ても違和感無いから安心して」
うん。その『違和感無い』ってのは誉め言葉じゃないだろ。違和感あってくれよ。せめて少しは、男かどうかを疑ってくれ。その程度の違和感はあってほしかった。僕は女装が好きな訳じゃないんだ。いややるけどさ。
通しで練習して、午後にそれぞれがやるべき事を定めた頃には、時計の針は十一時三十分を指していた。
「そろそろ昼時ですね。俺作りますよ」
「じゃあ私も手伝う」
「一応俺の家だ。俺もやるぞ」
「僕もやります」
献立は部長が考えていた。栄養面は勿論の事、使う時間やスケジュールの事も考えられている。普通に凄いな。全員で作った昼食は、思っていたよりも早く、そして旨く完成した。僕らは料理をリビングへ運び、それらに手を伸ばす。
「あ、美味しい」
「部長もう作業始めてるんですか?」
「その為の献立だからな」
「仕事人だ……」
僕らは片手で食べられるよう作ったそれらを食べて腹を満たした後、先程決めた、それぞれの作業を始めた。
僕の作業は、小道具やら簡単なセットやらの点検、ついでに補修だ。どうやらこの部活の中では、僕が一番手先が器用らしく、この役を任される事になった。細々としている上に結構な力仕事だ。思っていた二倍キツイ。
「あ、鋏無い」
「ほい。こっち置いてあったぞ」
「ありがとうございます」
僕に鋏を渡した部長の手元には、全員分の台本があった。部長の作業は、全員の台本に注意点を書き込む事らしい。地味な作業だが、部長が一番向いている。監督みたいな物だし。
「部長。紺色の布地ある?」
「今は無いが、そろそろ俊介君が……噂をすればだな」
扉が開く音と共に、大量の足音が部長の家に入って来た。なんだなんだと思う僕らだったが、リビングの扉を開けたその姿は、見覚えがある物だった。
「戻りました。あ、こちら俺の悪友達です」
「「「お邪魔します!」」」
そう。政宗さんといつかの不良集団だ。彼等は全員、両手に荷物を持っている。そしてその中には、布地やその他複数の、小道具の材料だった。
俊介さんに割り当てられたのは、それぞれの作業に必要な物の買い出しだ。必要な物は、午前中にリストアップしていたので、後はそれらを買うだけだった。どうやら俊介さんは、政宗さん達に応援を頼んでいたらしい。
「あ、ここ置いときますね」
「茶を出そう」
「ああ、ここら辺に用事があったついでなんでお構い無く」
「今日子さん、頼まれてたの、これで良いですか?」
「ほほう……バッチリ」
今日子さんの役割は、衣装の改善と新調、必要な物があれば追加だった。この中で裁縫に明るいのは今日子さんだけな上、今日子さんは一人で服を作れる程の腕なので、衣装を担当している。本人は『趣味の範囲』と言っているが、どう考えても趣味のレベルじゃない。
「シュン達の学校の文化祭は……来月か」
「二つ跨いだ土曜日だ。来るか?」
「予定が合ったらな。そろそろお暇するぜ」
政宗さんはそう言うと、不良集団を引き連れて、部長の家を出て行った。本当に手伝っただけだったな。友人にはどこまでも優しい人だ。好感が持てる。て言うか憧れる。僕はああいう人が好きなんだな。
政宗さんが出て行った後も、僕らの作業は続いた。それぞれの作業が終わった後、また僕らは全体を通しての練習を始めた。そうすると、また別の問題点が浮かび上がる。もう直ぐ五時という辺りで、今日はそれを紙に纏めて、夕食にしようという事になった。
『分担した方が早い』という部長の発言で、部長は風呂掃除、僕と今日子さんと俊介さんで夕食を作るという風に決定した。夕食の献立も決められていたが、作り方までしっかり書かれていたので、失敗する事は無かった。
「春樹君、醤油取って」
「ああはい。どうぞ」
「飯は風呂の前にするか?」
「俺はどちらでも。ああでも、夕食の前の方が良いですね」
比較的手早く食べられる献立にした昼食に対し、夕食はなるべくゆっくり食べるような献立になっている。部長曰く、『夕食は落ち着いて食べる物』との事らしい。これには皆頷いた。
夕食の席についた僕らは、雑談しながらそれらを食べた。好きな小説だったり漫画だったり、まあ様々な話をしたが、やはり一番盛り上がったのは、部長の話だった。
「今更ですけど、部長って多才ですよね」
「これぞ才能って奴だな」
「部長はそれだけじゃなく、努力もしますからね」
「年齢に似合わないスペックしてるよね」
そう言われると確かにそうだ。料理に演技に監督に台本にゲーセンに……あの小道具の数々も、部長の設計図を元に作られている。勉強ですら、学年の中で両手の指に収まり切る程に良いらしい。どれか一つ、いや全部が中途半端になってもおかしくはない数の項目だ。
だが当の部長は「ま、長くやってるだけだがな」と言っている。長くやってるだけでここまでなるのか。信じられない事だ。尊敬する。この生姜焼き美味しい。
夕食を食べ、全員が風呂に入り終わった後も、練習は終わらない。流石にこの時間帯では大きな声を出せないので、基本は動きの確認になる。
「ああそこ、もう少し間を空けて」
「時間とか大丈夫ですか?そこそこ長くなりそうですけど……」
「修正前の台本は、時間には余裕を持たせた内容だ。問題無い」
正直な所、台詞が無い分、動きだけに部長の指摘が集中する上、それらに全部応える必要があるから、昼間にやるよりも大分キツく感じる。終わった頃には、全員額に汗が滲んでいた。
「汗だけ流すか?」
「そうさせてもらいます。今日子さんは?」
「私は然程汗出なかったから良いよ。でもちょっと暑いから、外出るね」
そう言って今日子さんは、ベランダがある二階へ行ってしまった。ここは最年長の部長が先だろうと思ったが、なんでか僕が一番最初にシャワーを浴びる事になった。嬉しいが、なんだか複雑な気分だ。
喉が渇いたな。後でお茶でも貰おうか。そう考えながら風呂場を出た僕は、部長に許可を貰ってから冷蔵庫を開けた。どうやら次は俊介さんの番らしく、俊介さんは部長に、「じゃ、お先にどうも」と言って、風呂場へ向かう。
「部長、今日もご両親は居ないんですね」
「居ないからな。両親」
余計な事を聞いたな。若干気まずい。さっき洗い流した筈の汗がまだ出て来たような気さえする。
しかし、部長は何とも思っていないようで、「ああそんな重い話じゃない」と言った。
「病気とか事故とか殺人とかじゃなくて、ただ単に俺が知らないだけなんだ。多分、今も生きてるだろうな」
へえ。詳しい事情は話してくれないようだが、これだけでも十分だろう。部長の両親か。今何をしてるんだろう。若干興味が湧いた僕だったが、部長の人格形成に関わっていないのだろうし、そこまで面白そうでもないな。
「実際、両親と呼べる物が居ないのは不便だが、こうしてきちんと、人として生きる最低限の物はある。後は俺次第ってのも良い。ああそれと、以前海に行った時の、八幡凛太朗覚えてるか?」
「ああ……なんかもう懐かしいですね。二か月程度の事なのに」
「俺は凛太朗のお陰でこうして暮らせるんだ。俺に資金援助をしてるのは、主に凛太朗さ」
それは初耳だ。あの人どれだけ稼いでるんだろう。見た所この家、新しい上に広いぞ。土地や家の相場とかは分からないが、それでもこの家を建てるのに、かなりの金が必要になる事は分かる。そう言えば、夏休みに乗ってた車も高そうだった。金持ちだったんだな。
「あの人、実業家か何かなんですか?」
「いや違うな。仕事について詳しく聞いた事は無いが、前に同じ質問をしたら『違う』と言われた」
そんな事を話している内に、風呂場の扉が開く音がした。どうやら俊介さんが出たようだ。部長は「じゃ、次は俺だな」と言って、持っていたコップを台所の方へ持って行った。少しすると、部長と入れ替わる形で、俊介さんが部屋に入って来た。
「あれ、今日子さんはまだ戻って来ないんだ」
「ああ確かに。長いですよね」
寒いという程の季節ではないが、ここまで長くなると少し心配になる。何かあったんだろうか。涼むという目的にしては、少しばかり長過ぎるような気もする。
「去年はこういう事無かったんですか?」
「無かった筈だけど……そうだ。寝る前に皆でゲームしたいし、呼んで来てもらえるかな」
「分かりました」
なんだか面倒そうな事を押し付けられたような気もするが、きっと気のせいだろう。今日子さんは二階の……多分一番奥の部屋に居る筈だ。ベランダがあるのはあそこだけだし。僕は二階に向かい、その部屋へ向かう。
なんだか埃が気になるな。やっぱり部長一人だと、何かと人手が足りなくなる事も多いんだろうな。僕は部屋の扉をノックして、今日子さんに呼び掛ける。
「今日子さん。俊介さんが『ゲームするから集合』との事です」
暫く待つ。返事は無い。何かあったんだろうか。僕は再びノックして、同じ呼び掛けをする。
返事は無い。僕は「開けますよ」と言って、目の前の扉を開く。
そして、背筋が凍るような感覚を味わった。
今日子さんは僕に気が付くと、いつもの笑顔で、僕の方を見た。
「あれ?呼んでた?」
「ああはい……下で俊介さんが、ゲームをするからと……」
「分かったよ。じゃあ行こっか」
今日子さんは僕の手を取ったが、僕は咄嗟に「いえ、少しやる事があるので、少し後で行きます」と返事をした。今日子さんは食い下がらず、「そっか。じゃ、お先~」と言って、廊下を小走りに進んで行った。
やはり僕の気のせいだろうか。僕は少し目を閉じて、先程の光景……いや、それは正確じゃない。正確には、埃だらけの部屋の中で一つだけ浮いていた、まるである写真に、解像度が違う別の写真を貼り付けたような、そんな違和感がある一点を思い出していた。
今日子さんの表情は、こちらを振り向くほんの一瞬だけ、水道水程の温度すら感じない、氷漬けの人形のようになっていた。
しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。一瞬、表情を作れなかった。演じる事には慣れている筈だ。不意だった。それに加えて、話し掛けて来たのがよりにもよって赤星春樹だったなんて。
表情を作らなければ。『 』は顔を手を隠して、その裏で自分の顔の筋肉を動かす。赤星春樹が一緒に来ようとしなかったのが幸いだった。いくら慣れていると言っても、ほんの一瞬、時間が掛かる。
仮面を被る。ありのままの自分を隠す。押し殺す。腹の奥で煮えたぎるその感情を、思考を、その他全ての『 』を形作る要素を。
これで良い。ここまでやれば良い。十分だろう。十分な筈だ。そうでなければならない。私は理想の眩しい笑顔を顔に貼り付け、俊介君達の所へ戻る。
「あ、来ましたか。春樹君は?」
「用事だってさ。部長に何か言われてたんじゃない?」
演じる。演じる。理想の自分を。愛嬌があって付き合いが良くて、皆に好かれる。そんな、『 』の理想の女の子を、理想の私を。
今がそこに至る過程なのか、そこに至った結果なのかは、もう忘れてしまった。
三日目。今日でこのお泊り会もお開きとなる。初日に感じた違和感は、未だ腹の底に沈んでいる。それでも、やるべき事はやらないといけない。僕はここまでの二日間、自分の役をしっかりやった。お陰で女装にも慣れた。て言うよりは、慣らされたの方が良いだろう。まさか女装で買い物に行かされるとは思わなかったな。
とは言え、やれる事はやったのだ。そして最終日。なんと今日は、練習は確認程度で終わらせ、とある小さなイベントが開かれる。
「最終日……お泊り会……とくれば、何があるかは予想できるだろ?」
「いえ全く」「ろくでもないん事だろうなとしか」「僕はお泊り初体験ですからね」
僕らが全員そんな様子だからか、部長は呆然として、肩を落とした。うん。この顔ももう見慣れた感じがする。部長のこういう反応は、そこそこ面白い。俊介さんが塩対応したくなるのも分かる気がする。
「いやいや、そんな事は無いだろ。ほら、俺達はまだ、アレをやっていないじゃないか」
「そのアレが分からないって話ですよ」
「そもそも、前回はそんなの無かったよね?」
「俺から見ても分かりませんよ」
部長は溜息を一つ吐いてから、一つの箱を取り出した。どうやらお菓子の箱のようだが、その中に入っていたのはお菓子ではなかった。
「なんでゲーム機入れてんですか部長」
「俊介君。こういうのはあるあるなんだぞ」
「だからってそれをなぞるのはどうなんだろう」
「ま、良いんじゃない?」
しかし、ゲームは初日に一回やった筈だ。お決まりだったとしても、それはもう済ませているんじゃないだろうか。そう考える僕らをよそに、部長はゲーム機をテレビに接続し、電源を点ける。
「パーティーゲーム……じゃないんですね」
「やっぱり格ゲーはやっときたいだろ?」
「あ、私これ、従兄弟とやった事あるかも」
「これ四人で対戦できましたっけ」
まあ、そこはどうとでもなるだろう。なんせ時間ならある。まだ正午すら過ぎていない。暗くなる前に帰るとしても、時間は有り余っていると言って良い。何より楽しそうだ。僕らは一回プレイしては交代してを繰り返し、ゲームを楽しんだ。
「今日子君!?ハメ技は流石に無しだろ!?」
「ふははー勝てばよかろうなのだー」
「結構いやらしい戦い方するんだな今日子さん……」
「今日子さんが自分のフィールドで戦い出したら、多分誰も勝てないだろうね」
まさか今日子さんがここまで強いとは思っていなかった。前に従兄弟とやった事があるとかいうレベルじゃないぞコレ。ゲームでは無敵の部長と互角とか、とんでもない事だぞコレは。無論、僕と俊介さんは相手にもならない。
全部でニ十戦程度して、部長と今日子さんの勝敗がトントンになった頃、時計の針は十二時を指していた。それに気付いたのが原因なのか、僕は急に空腹を感じた。
「もうお昼か。作る……のは無理ですよね」
「冷蔵庫の中身は空だ。計算通りだな」
「どこか買いに行きますか?」
「偶にジャンクフード食べたい!」
「良いですね。俺買いに行くんで、何食べたいですか?」
「折角だから全員で行くぞ」
ここから一番近くの店舗までは……そこまで遠くなかった筈だ。ずっと画面の前に座っているのもアレだし、体を動かす意味でも良いかも知れない。僕らはそれぞれが持って行こうと思った荷物を持って、玄関を出た。
「九月と言っても、流石にまだ少し暑いですよね」
「ずっと室内に居たから余計にね」
「やっぱある程度外に出るべきだったか……」
「俺らで次に活かしますよ」
そうか。来年はもう、部長はこの部活に居ないのか。そう考えると少し寂しい。
「そう言えば、部長は大学どこのに行くんですか?」
「東京だ。今考えると、気軽に会えない距離になるな」
「寂しくなりますね」
「まあ、連絡先はあるし、会える時は来るでしょ」
今日子さんはそう言ったが、僕はやはり、ほんの少し寂しく感じる。今年部長が居なくなって、次は俊介さんと今日子さん、その次は僕……まあそうなる前に、この部活が廃部になる可能性だって多いにあるんだけど。実際、たった三人しか居ないし。
「受験は大丈夫そうですか?」
「まあ、二年の時からやってるしな。ああでも、文化祭が終わったら本腰入れるか」
「去年の先輩方もそうでしたしね。たった二か月しか時間ありませんけど、頑張ってください」
「そうなったら部活にも来なくなるのか~……やっぱりちょっと寂しいかも」
それからも少し歩いて、近くのハンバーガーチェーン店に着いた僕らは、既に出来上がっていた長蛇の列に驚いた。『まあお昼時だしな』と諦めた僕らは、大人しくその列の一番後ろに並んだ。
「ファストフード店って、どうしてこうも混むんだろ」
「人気ですしね。それにこの辺だと、ここしかありませんから」
「もう一つできない物かねえ」
「無理じゃないですか?まあ、期待しないで待ちましょう」
比較的早く品物が出ると言っても、やはりそれは『比較的』であって、一瞬で出る訳ではない。僕らは雑談をしながら、列に並ぶ間の、退屈な時間を潰した。やっと僕らが注文できる時が来たのは、並び始めて十分程経ってからだった。僕らはさっさと注文を済ませて、品物が出て来るのを待つ。
「今日子さんは期間限定に弱いですよね」
「今しか食べれないって聞いたら、そりゃあね」
「でもそれ、大体来年もあるよな」
「毎年食べてますよね」
俊介さんと部長からのツッコミに、今日子さんは「煩いやい」と言って頬を膨らませた。まあ実際、期間限定と聞くと食べたくなるのは分かる。頭の中では来年も出ると分かっていてもだ。
少し待つと、持ち帰り用のビニール袋に包まれたそれが出て来た。僕らはそれを受け取り、涼しい店舗を出る。
「やっぱり暑いね~」
「なんか部長の家出た時よりも暑く感じる……」
「お店の中はクーラーガンガンですからね」
「そろそろクーラーも無くなって良い頃だと思うんだがなあ」
確かに。まだ暑いとは言え九月だ。そろそろこの感覚も無くなる。こんな所で季節の移り変わりを感じるのは、少し変だろうか。
まあ、そんな事を考えても仕方が無い。僕らはさっさと部長の家に戻り、そこそこクーラーが効いた部屋に入る。十分涼み、手を洗った後、僕らはそれぞれのハンバーガーを手に取る。
「ナゲットは皆で分けるぞ!」
「ソースはマスタードなんだ」
「バーベキュー派でしたっけ」
「もう頼んだ物はしょうがないですよ」
僕は自分のバーガーを手に取り、それを正面から見つめる。ジャンクフードを食べるのは、なんだか久し振りに感じる。実際はそうでもないと思ってたんだけどな。まあ良いか。僕はそれを口に運び、一口食べる。
「春樹君って一口小さいよね」
「そうですか?」
「そうだな。結構小さいと思うぞ」
「そうですね。まあ、部長が大きいだけでしょうけど」
「なんだとう」
僕の一口は小さいのか。あんまり意識した事は無いんだけどな。いやしかし部長。一口で五分の一食べるのは大きいと思うぞ。普通はこんな物……じゃないだろうな俊介さんの発言から考えるに。
「小食だっけ?」
「そう……かもですね。少なくとも、食べる方ではないと思います」
「腕やら腰やらが細いのはそのせいか?」
部長が触って来たので、僕はその腕を払い落とす。「いてて」と言う部長を、僕は冷たい目で見る。同性へのセクハラって認められるだろうか。
「流石にアウトですよ部長」
「おじさんっぽいよ部長」
「次やったらその腕へし折りますよ部長」
「おお……春樹君そんな顔もできたのか……なんか目覚めそう」
この人はコレだからどうしようも無い。まあ、そこが面白い人でもあるんだけどさ。僕は再びハンバーガーへ視線を戻し、それを食べ続ける。
昼食を終えた僕らは、ごみを分別した後、またゲームを始めた。僕と俊介さんは、部長と今日子さんにボコボコにされる訳だが。
「キャラの相性だろうか……」
「絶対プレイスキルの差ですよコレ」
「ふっふっふ……まさかこうなるなんて思ってなかったでしょ」
「ああ全くな。だがまあ、これでようやく面白いって奴だ」
遊ぶ中で喉が渇いた僕は、一旦台所の方へ向かった。しかし、中には何も無かった。お茶は勿論、ペットボトルもパックも何も無い。
「部長!飲み物無くなってます!」
「ああ、じゃあ買いに行くか」
「私パス~」
「俺も今外に出たいとは思いませんね」
部長は「薄情者共めが……」と愚痴ったので、僕は仕方無く、部長について行く事にした。玄関を出ると、丁度二時頃……つまり、一日で最も気温が高くなる頃合いだった。僕らは顔をしかめながら、近くのコンビニに向かった。
「お茶で良いか?」
「ええ。大きい方買って行きましょう」
一番近くのコンビニと言っても、徒歩だと五分程度掛かる。少し、前々から気になっていた話でもしようか。僕は以前に聞いた話を思い出し、それを口にする。
「部長、中学の時に教師を刺したって話、本当ですか?」
「へえ。懐かしい話をするんだな」
部長は驚く程冷静だった。だけど、ほんの少し雰囲気が違う。やはり、中学の時に何かあったのは間違いらしい。
「事実なんですか?」
「いや……そうだな。そういう事もあったかも知れない」
「結局どっちなんですか……」
僕がそう聞くと、部長は少し考え込んでから、軽く話し出した。
「例えば、誰かが分かれ道を歩いた。片方の道に行った後、少し経って引き返して、もう一つの道に行った。その後会った人に、最初に進んだ方の道の先にあった物を話さなかったとしたら、その人にとって、その『何か』は無いのと同じだ。だが、ある事にはある。ただそれを知らないだけ。そして、知る手段も無い。その分かれ道に行って、確かめるしかな」
「何が言いたいんですか?」
僕の問い掛けに、部長はいつもと変わらない、軽く、薄い表情で答えた。
「知りたきゃタイムスリップでもして確かめろって事だ」
僕らは日が暮れるまで遊んだ後、それぞれの家に向かって歩き始めた。日が落ちるのが早くなったこの季節、僕らは早めに帰ろうという事になった。
「楽しかったね~」
「そうですね。結局俺は、一度もゲームで勝てなかったな……」
「俊介さんはコインゲームですよ」
普段コインゲームで勝てない俊介さんに、こういう所で勝てたのはちょっと嬉しいな。僕は重い荷物を背負って、若干暗くなって来た道を歩く。
少しすると、今日子さんが「やっば」と言って、元来た道を引き返して行った。
「どうしたんですか?」
「忘れ物!じゃあね!」
「じゃあまた明日。気を付けてくださいね」
忘れ物とは、案外しっかりしている今日子さんらしくないな。まあ、こういう事もあるか。僕らは暗くなる前にさっさと帰ろうと、また道を進む。
「ねえ春樹君。今日子君と何かあった?」
不意に、俊介さんが口を開いた。『何かあったか』と聞かれると、『何も無かった』とは答え辛い。いや、僕の気のせいと考える事だってできるけど、それは少し無理矢理に感じる。僕は「何かとは?」と聞き返して、その問いの意味を問う。
「いや、なんか今日子君の様子が変に感じたんだよ。何て言うかな。春樹君を避けてるような感じがするんだ」
俊介さんは「心なしか程度だけどね!?」と言っているが、僕はそれまでの疑いが確信に変わった。間違い無く、今日子さんは何かを抱え、隠している。それが何なのかは分からないが、少なくとも、他人に話せるレベルの話ではないという事は確かだ。
何とも面白そうだ。僕は笑いを押し殺して、「何も無いですよ。気のせいじゃないですか?」と言った。若干笑いが滲んでしまっていただろうが、それもほんの少しだけだろう。バレる事は無い筈だ。
大丈夫。蜒�はきっと、理想の自分を演じていられる。
『 』は、理想の人間を演じられているだろうか。
その疑問は、きっと私は答えられない。演じ続けているのは確かだが、理想の人間を演じ続けられるかは分かっていない。今もそうだ。『 』が思う理想の人間は、黒い感情を一切抱えない、吐き出しもしない、そういう人間だ。
私は今、赤星春樹を邪魔だと感じている。そういうのは理想の人間ではない。なんでこうなったんだろう。今までは上手くやれてた。赤星春樹が来てからだ。赤星春樹は、人を人として見ていない節がある。どこか、玩具や映像作品のように、面白がって見ているように感じる。
邪魔だ。『 』が私を演じるのに、きっと赤星春樹は邪魔なんだ。でも、それを言ってはいけない。それは理想の人間ではない。『 』が思う、理想の私ではない。邪魔なのに排除できない。最悪だ。気分が悪い。我慢しろ。残り一年と少しだ。それさえ終わってしまえば……
終われば、何がある?ただ演じ続けるだけだろう?それで何がある?ただ虚しい勲章を部屋に飾り続けるだけじゃないか。
『 』は作り終えた朝食を食べながら、今日の予定を頭の中でおさらいする。うん。楽しみだ。そうは思うが、何故か『 』の表情は変わらない。まあ、ずっとそうだったのだし、半分諦めた状態でいる方が楽だろう。
部屋の隅に置かれた鞄の中には、以前から準備していた荷物が置かれている。『 』はそれを確認してから、今日着る服を選び始める。着替え終えると、時計の針が七時を指しているのが目に入る。少し遅くなったかな。まあ良いか。『 』は荷物を持って、家の扉を開ける。
今日の集合場所は、確か部長の家だった筈だ。住所は事前に伝えられていたし、後は向かうだけ。ああそうだ。着く前に表情をほぐしておかないと。『 』は顔に頬を当てて、それを上に引っ張る。そしてそのまま固定して、笑顔をそこに貼り付ける。
部長の家に着いた僕は、玄関の横にあったベルを鳴らした。中からドタバタと音がした後、扉が勢いよく開いた。
「よく来たな春樹君!さ、上がってくれ」
「お邪魔します」
玄関には既に三足の靴が並べられている。どうやら皆はもう来ているようだ。僕は靴を脱いで、部長の家に入る。
「荷物はどこに置けばいいですか?」
「リビングの適当な所にでも置いてくれ」
言われた通り、リビングの端の方に鞄を置いた僕は、既に集まっていた皆に加わる。皆はテレビに繋いだゲーム機で、パーティーゲームをして遊んでいる。
「お、春樹君」
「春樹君もゲームやる?」
「じゃあ、今やってるのが終わった時に参加します」
僕は部長からお茶を受け取りながら、近くにあった座布団の上に座った。丁度、今日子さんがゴールに到達した。
「いえ~いいっちば~ん」
「まだ得点は俺の方が多い事を忘れなるなよ」
「ゲームで部長に勝てるイメージが湧きませんよ……」
今日ここに集まったのは部長の提案だ。僕らが練習していた演劇をやる日、文化祭当日はなんと十月、要するに来月だ。しかももう四週間を切っている。そしてこの前の月曜、部長は部室で、高らかに宣言したのだ。
「お泊り会を!開催する!」
「「いえ~いぱちぱち~」」
そう言って、今日子さんと俊介さんは拍手した。だけどさ、目が笑ってないぞ先輩方。この様子だと、前にも同じような事があったんだろうが、少なくとも愉快なだけではなさそうだぞ。
しかし何と言うべきか……急だな。お泊り会なんて、僕にとっては初めての経験だった筈だ。少なくとも、軽々しく行う物じゃない。ああでも、そう考えると月曜日に宣言するのは普通なのか?
「お泊り会ってどういう事ですか?」
「毎年の恒例なんだよね。皆で部長の家に集まるんだよ」
「残り一か月だろう?ラストスパートって奴さ」
「そういう事だ。まあ、無理強いはしない」
成程。合宿みたいな物か。少なくとも、俊介さんと今日子さんは行くつもりだったらしい。なら僕も断る理由は無い。それに、お泊り会という物にも興味がある。面白いかも知れない。
「僕も行きます。持って行く物はありますか?」
「既に紙に纏めてある」
「準備が良い……」
おお荷物大量。三連休だからその分の荷物が要るわけか。そりゃそうだ。大まかなスケジュールまで書いてある。いつ書いたんだこんなの。しかし、用意できない訳も無い。無い物は今週中に買っておこう。
とまあ、こんな感じだ。全員集まるのを待つ間に、皆でパーティーゲームをやっていたらしい。僕も一回参加した。因みに部長が圧勝した。ゲームにおいては無類の強さだ。
ゲーム機を仕舞った後、僕らは練習を始めた。最初は全体を、動きと小道具もアリで通す。流石に大きな物は無かったが、それでもこの量の小道具を運ぶのは骨が折れるだろう。確か一人で運んだんだったか。普段は軽薄な部長の背中が、ほんの少し大きく見える。
「ここ、ちょっと小道具の回収から出番までキツイですね。着替えもありますし」
「ふむ……衣装を少し見直すか。今日子君」
「どうすれば良いかな」
「重ねて着れれば楽ですね」
「邪魔にならないように考えた上で、できるか?」
「やってみる」
部長の家には十分なスペースがあった為、練習する分には文句無い。全部通して練習すると、気付かなかった問題点や細かい改善点が浮き彫りになる。こういうのは良い事だな。こういう練習でしか得られない利点だ。
そう。良い事だ。だがそれでも、引っ掛かる事はある。僕は前々から持っていた疑問を、初めて衣装に袖を通した今、口にする。
「やっぱり僕は女装で確定なんですね」
「当たり前だ。何の為の練習だったと思ってる?」
「大丈夫。似合ってるよ」
「女の私から見ても違和感無いから安心して」
うん。その『違和感無い』ってのは誉め言葉じゃないだろ。違和感あってくれよ。せめて少しは、男かどうかを疑ってくれ。その程度の違和感はあってほしかった。僕は女装が好きな訳じゃないんだ。いややるけどさ。
通しで練習して、午後にそれぞれがやるべき事を定めた頃には、時計の針は十一時三十分を指していた。
「そろそろ昼時ですね。俺作りますよ」
「じゃあ私も手伝う」
「一応俺の家だ。俺もやるぞ」
「僕もやります」
献立は部長が考えていた。栄養面は勿論の事、使う時間やスケジュールの事も考えられている。普通に凄いな。全員で作った昼食は、思っていたよりも早く、そして旨く完成した。僕らは料理をリビングへ運び、それらに手を伸ばす。
「あ、美味しい」
「部長もう作業始めてるんですか?」
「その為の献立だからな」
「仕事人だ……」
僕らは片手で食べられるよう作ったそれらを食べて腹を満たした後、先程決めた、それぞれの作業を始めた。
僕の作業は、小道具やら簡単なセットやらの点検、ついでに補修だ。どうやらこの部活の中では、僕が一番手先が器用らしく、この役を任される事になった。細々としている上に結構な力仕事だ。思っていた二倍キツイ。
「あ、鋏無い」
「ほい。こっち置いてあったぞ」
「ありがとうございます」
僕に鋏を渡した部長の手元には、全員分の台本があった。部長の作業は、全員の台本に注意点を書き込む事らしい。地味な作業だが、部長が一番向いている。監督みたいな物だし。
「部長。紺色の布地ある?」
「今は無いが、そろそろ俊介君が……噂をすればだな」
扉が開く音と共に、大量の足音が部長の家に入って来た。なんだなんだと思う僕らだったが、リビングの扉を開けたその姿は、見覚えがある物だった。
「戻りました。あ、こちら俺の悪友達です」
「「「お邪魔します!」」」
そう。政宗さんといつかの不良集団だ。彼等は全員、両手に荷物を持っている。そしてその中には、布地やその他複数の、小道具の材料だった。
俊介さんに割り当てられたのは、それぞれの作業に必要な物の買い出しだ。必要な物は、午前中にリストアップしていたので、後はそれらを買うだけだった。どうやら俊介さんは、政宗さん達に応援を頼んでいたらしい。
「あ、ここ置いときますね」
「茶を出そう」
「ああ、ここら辺に用事があったついでなんでお構い無く」
「今日子さん、頼まれてたの、これで良いですか?」
「ほほう……バッチリ」
今日子さんの役割は、衣装の改善と新調、必要な物があれば追加だった。この中で裁縫に明るいのは今日子さんだけな上、今日子さんは一人で服を作れる程の腕なので、衣装を担当している。本人は『趣味の範囲』と言っているが、どう考えても趣味のレベルじゃない。
「シュン達の学校の文化祭は……来月か」
「二つ跨いだ土曜日だ。来るか?」
「予定が合ったらな。そろそろお暇するぜ」
政宗さんはそう言うと、不良集団を引き連れて、部長の家を出て行った。本当に手伝っただけだったな。友人にはどこまでも優しい人だ。好感が持てる。て言うか憧れる。僕はああいう人が好きなんだな。
政宗さんが出て行った後も、僕らの作業は続いた。それぞれの作業が終わった後、また僕らは全体を通しての練習を始めた。そうすると、また別の問題点が浮かび上がる。もう直ぐ五時という辺りで、今日はそれを紙に纏めて、夕食にしようという事になった。
『分担した方が早い』という部長の発言で、部長は風呂掃除、僕と今日子さんと俊介さんで夕食を作るという風に決定した。夕食の献立も決められていたが、作り方までしっかり書かれていたので、失敗する事は無かった。
「春樹君、醤油取って」
「ああはい。どうぞ」
「飯は風呂の前にするか?」
「俺はどちらでも。ああでも、夕食の前の方が良いですね」
比較的手早く食べられる献立にした昼食に対し、夕食はなるべくゆっくり食べるような献立になっている。部長曰く、『夕食は落ち着いて食べる物』との事らしい。これには皆頷いた。
夕食の席についた僕らは、雑談しながらそれらを食べた。好きな小説だったり漫画だったり、まあ様々な話をしたが、やはり一番盛り上がったのは、部長の話だった。
「今更ですけど、部長って多才ですよね」
「これぞ才能って奴だな」
「部長はそれだけじゃなく、努力もしますからね」
「年齢に似合わないスペックしてるよね」
そう言われると確かにそうだ。料理に演技に監督に台本にゲーセンに……あの小道具の数々も、部長の設計図を元に作られている。勉強ですら、学年の中で両手の指に収まり切る程に良いらしい。どれか一つ、いや全部が中途半端になってもおかしくはない数の項目だ。
だが当の部長は「ま、長くやってるだけだがな」と言っている。長くやってるだけでここまでなるのか。信じられない事だ。尊敬する。この生姜焼き美味しい。
夕食を食べ、全員が風呂に入り終わった後も、練習は終わらない。流石にこの時間帯では大きな声を出せないので、基本は動きの確認になる。
「ああそこ、もう少し間を空けて」
「時間とか大丈夫ですか?そこそこ長くなりそうですけど……」
「修正前の台本は、時間には余裕を持たせた内容だ。問題無い」
正直な所、台詞が無い分、動きだけに部長の指摘が集中する上、それらに全部応える必要があるから、昼間にやるよりも大分キツく感じる。終わった頃には、全員額に汗が滲んでいた。
「汗だけ流すか?」
「そうさせてもらいます。今日子さんは?」
「私は然程汗出なかったから良いよ。でもちょっと暑いから、外出るね」
そう言って今日子さんは、ベランダがある二階へ行ってしまった。ここは最年長の部長が先だろうと思ったが、なんでか僕が一番最初にシャワーを浴びる事になった。嬉しいが、なんだか複雑な気分だ。
喉が渇いたな。後でお茶でも貰おうか。そう考えながら風呂場を出た僕は、部長に許可を貰ってから冷蔵庫を開けた。どうやら次は俊介さんの番らしく、俊介さんは部長に、「じゃ、お先にどうも」と言って、風呂場へ向かう。
「部長、今日もご両親は居ないんですね」
「居ないからな。両親」
余計な事を聞いたな。若干気まずい。さっき洗い流した筈の汗がまだ出て来たような気さえする。
しかし、部長は何とも思っていないようで、「ああそんな重い話じゃない」と言った。
「病気とか事故とか殺人とかじゃなくて、ただ単に俺が知らないだけなんだ。多分、今も生きてるだろうな」
へえ。詳しい事情は話してくれないようだが、これだけでも十分だろう。部長の両親か。今何をしてるんだろう。若干興味が湧いた僕だったが、部長の人格形成に関わっていないのだろうし、そこまで面白そうでもないな。
「実際、両親と呼べる物が居ないのは不便だが、こうしてきちんと、人として生きる最低限の物はある。後は俺次第ってのも良い。ああそれと、以前海に行った時の、八幡凛太朗覚えてるか?」
「ああ……なんかもう懐かしいですね。二か月程度の事なのに」
「俺は凛太朗のお陰でこうして暮らせるんだ。俺に資金援助をしてるのは、主に凛太朗さ」
それは初耳だ。あの人どれだけ稼いでるんだろう。見た所この家、新しい上に広いぞ。土地や家の相場とかは分からないが、それでもこの家を建てるのに、かなりの金が必要になる事は分かる。そう言えば、夏休みに乗ってた車も高そうだった。金持ちだったんだな。
「あの人、実業家か何かなんですか?」
「いや違うな。仕事について詳しく聞いた事は無いが、前に同じ質問をしたら『違う』と言われた」
そんな事を話している内に、風呂場の扉が開く音がした。どうやら俊介さんが出たようだ。部長は「じゃ、次は俺だな」と言って、持っていたコップを台所の方へ持って行った。少しすると、部長と入れ替わる形で、俊介さんが部屋に入って来た。
「あれ、今日子さんはまだ戻って来ないんだ」
「ああ確かに。長いですよね」
寒いという程の季節ではないが、ここまで長くなると少し心配になる。何かあったんだろうか。涼むという目的にしては、少しばかり長過ぎるような気もする。
「去年はこういう事無かったんですか?」
「無かった筈だけど……そうだ。寝る前に皆でゲームしたいし、呼んで来てもらえるかな」
「分かりました」
なんだか面倒そうな事を押し付けられたような気もするが、きっと気のせいだろう。今日子さんは二階の……多分一番奥の部屋に居る筈だ。ベランダがあるのはあそこだけだし。僕は二階に向かい、その部屋へ向かう。
なんだか埃が気になるな。やっぱり部長一人だと、何かと人手が足りなくなる事も多いんだろうな。僕は部屋の扉をノックして、今日子さんに呼び掛ける。
「今日子さん。俊介さんが『ゲームするから集合』との事です」
暫く待つ。返事は無い。何かあったんだろうか。僕は再びノックして、同じ呼び掛けをする。
返事は無い。僕は「開けますよ」と言って、目の前の扉を開く。
そして、背筋が凍るような感覚を味わった。
今日子さんは僕に気が付くと、いつもの笑顔で、僕の方を見た。
「あれ?呼んでた?」
「ああはい……下で俊介さんが、ゲームをするからと……」
「分かったよ。じゃあ行こっか」
今日子さんは僕の手を取ったが、僕は咄嗟に「いえ、少しやる事があるので、少し後で行きます」と返事をした。今日子さんは食い下がらず、「そっか。じゃ、お先~」と言って、廊下を小走りに進んで行った。
やはり僕の気のせいだろうか。僕は少し目を閉じて、先程の光景……いや、それは正確じゃない。正確には、埃だらけの部屋の中で一つだけ浮いていた、まるである写真に、解像度が違う別の写真を貼り付けたような、そんな違和感がある一点を思い出していた。
今日子さんの表情は、こちらを振り向くほんの一瞬だけ、水道水程の温度すら感じない、氷漬けの人形のようになっていた。
しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。一瞬、表情を作れなかった。演じる事には慣れている筈だ。不意だった。それに加えて、話し掛けて来たのがよりにもよって赤星春樹だったなんて。
表情を作らなければ。『 』は顔を手を隠して、その裏で自分の顔の筋肉を動かす。赤星春樹が一緒に来ようとしなかったのが幸いだった。いくら慣れていると言っても、ほんの一瞬、時間が掛かる。
仮面を被る。ありのままの自分を隠す。押し殺す。腹の奥で煮えたぎるその感情を、思考を、その他全ての『 』を形作る要素を。
これで良い。ここまでやれば良い。十分だろう。十分な筈だ。そうでなければならない。私は理想の眩しい笑顔を顔に貼り付け、俊介君達の所へ戻る。
「あ、来ましたか。春樹君は?」
「用事だってさ。部長に何か言われてたんじゃない?」
演じる。演じる。理想の自分を。愛嬌があって付き合いが良くて、皆に好かれる。そんな、『 』の理想の女の子を、理想の私を。
今がそこに至る過程なのか、そこに至った結果なのかは、もう忘れてしまった。
三日目。今日でこのお泊り会もお開きとなる。初日に感じた違和感は、未だ腹の底に沈んでいる。それでも、やるべき事はやらないといけない。僕はここまでの二日間、自分の役をしっかりやった。お陰で女装にも慣れた。て言うよりは、慣らされたの方が良いだろう。まさか女装で買い物に行かされるとは思わなかったな。
とは言え、やれる事はやったのだ。そして最終日。なんと今日は、練習は確認程度で終わらせ、とある小さなイベントが開かれる。
「最終日……お泊り会……とくれば、何があるかは予想できるだろ?」
「いえ全く」「ろくでもないん事だろうなとしか」「僕はお泊り初体験ですからね」
僕らが全員そんな様子だからか、部長は呆然として、肩を落とした。うん。この顔ももう見慣れた感じがする。部長のこういう反応は、そこそこ面白い。俊介さんが塩対応したくなるのも分かる気がする。
「いやいや、そんな事は無いだろ。ほら、俺達はまだ、アレをやっていないじゃないか」
「そのアレが分からないって話ですよ」
「そもそも、前回はそんなの無かったよね?」
「俺から見ても分かりませんよ」
部長は溜息を一つ吐いてから、一つの箱を取り出した。どうやらお菓子の箱のようだが、その中に入っていたのはお菓子ではなかった。
「なんでゲーム機入れてんですか部長」
「俊介君。こういうのはあるあるなんだぞ」
「だからってそれをなぞるのはどうなんだろう」
「ま、良いんじゃない?」
しかし、ゲームは初日に一回やった筈だ。お決まりだったとしても、それはもう済ませているんじゃないだろうか。そう考える僕らをよそに、部長はゲーム機をテレビに接続し、電源を点ける。
「パーティーゲーム……じゃないんですね」
「やっぱり格ゲーはやっときたいだろ?」
「あ、私これ、従兄弟とやった事あるかも」
「これ四人で対戦できましたっけ」
まあ、そこはどうとでもなるだろう。なんせ時間ならある。まだ正午すら過ぎていない。暗くなる前に帰るとしても、時間は有り余っていると言って良い。何より楽しそうだ。僕らは一回プレイしては交代してを繰り返し、ゲームを楽しんだ。
「今日子君!?ハメ技は流石に無しだろ!?」
「ふははー勝てばよかろうなのだー」
「結構いやらしい戦い方するんだな今日子さん……」
「今日子さんが自分のフィールドで戦い出したら、多分誰も勝てないだろうね」
まさか今日子さんがここまで強いとは思っていなかった。前に従兄弟とやった事があるとかいうレベルじゃないぞコレ。ゲームでは無敵の部長と互角とか、とんでもない事だぞコレは。無論、僕と俊介さんは相手にもならない。
全部でニ十戦程度して、部長と今日子さんの勝敗がトントンになった頃、時計の針は十二時を指していた。それに気付いたのが原因なのか、僕は急に空腹を感じた。
「もうお昼か。作る……のは無理ですよね」
「冷蔵庫の中身は空だ。計算通りだな」
「どこか買いに行きますか?」
「偶にジャンクフード食べたい!」
「良いですね。俺買いに行くんで、何食べたいですか?」
「折角だから全員で行くぞ」
ここから一番近くの店舗までは……そこまで遠くなかった筈だ。ずっと画面の前に座っているのもアレだし、体を動かす意味でも良いかも知れない。僕らはそれぞれが持って行こうと思った荷物を持って、玄関を出た。
「九月と言っても、流石にまだ少し暑いですよね」
「ずっと室内に居たから余計にね」
「やっぱある程度外に出るべきだったか……」
「俺らで次に活かしますよ」
そうか。来年はもう、部長はこの部活に居ないのか。そう考えると少し寂しい。
「そう言えば、部長は大学どこのに行くんですか?」
「東京だ。今考えると、気軽に会えない距離になるな」
「寂しくなりますね」
「まあ、連絡先はあるし、会える時は来るでしょ」
今日子さんはそう言ったが、僕はやはり、ほんの少し寂しく感じる。今年部長が居なくなって、次は俊介さんと今日子さん、その次は僕……まあそうなる前に、この部活が廃部になる可能性だって多いにあるんだけど。実際、たった三人しか居ないし。
「受験は大丈夫そうですか?」
「まあ、二年の時からやってるしな。ああでも、文化祭が終わったら本腰入れるか」
「去年の先輩方もそうでしたしね。たった二か月しか時間ありませんけど、頑張ってください」
「そうなったら部活にも来なくなるのか~……やっぱりちょっと寂しいかも」
それからも少し歩いて、近くのハンバーガーチェーン店に着いた僕らは、既に出来上がっていた長蛇の列に驚いた。『まあお昼時だしな』と諦めた僕らは、大人しくその列の一番後ろに並んだ。
「ファストフード店って、どうしてこうも混むんだろ」
「人気ですしね。それにこの辺だと、ここしかありませんから」
「もう一つできない物かねえ」
「無理じゃないですか?まあ、期待しないで待ちましょう」
比較的早く品物が出ると言っても、やはりそれは『比較的』であって、一瞬で出る訳ではない。僕らは雑談をしながら、列に並ぶ間の、退屈な時間を潰した。やっと僕らが注文できる時が来たのは、並び始めて十分程経ってからだった。僕らはさっさと注文を済ませて、品物が出て来るのを待つ。
「今日子さんは期間限定に弱いですよね」
「今しか食べれないって聞いたら、そりゃあね」
「でもそれ、大体来年もあるよな」
「毎年食べてますよね」
俊介さんと部長からのツッコミに、今日子さんは「煩いやい」と言って頬を膨らませた。まあ実際、期間限定と聞くと食べたくなるのは分かる。頭の中では来年も出ると分かっていてもだ。
少し待つと、持ち帰り用のビニール袋に包まれたそれが出て来た。僕らはそれを受け取り、涼しい店舗を出る。
「やっぱり暑いね~」
「なんか部長の家出た時よりも暑く感じる……」
「お店の中はクーラーガンガンですからね」
「そろそろクーラーも無くなって良い頃だと思うんだがなあ」
確かに。まだ暑いとは言え九月だ。そろそろこの感覚も無くなる。こんな所で季節の移り変わりを感じるのは、少し変だろうか。
まあ、そんな事を考えても仕方が無い。僕らはさっさと部長の家に戻り、そこそこクーラーが効いた部屋に入る。十分涼み、手を洗った後、僕らはそれぞれのハンバーガーを手に取る。
「ナゲットは皆で分けるぞ!」
「ソースはマスタードなんだ」
「バーベキュー派でしたっけ」
「もう頼んだ物はしょうがないですよ」
僕は自分のバーガーを手に取り、それを正面から見つめる。ジャンクフードを食べるのは、なんだか久し振りに感じる。実際はそうでもないと思ってたんだけどな。まあ良いか。僕はそれを口に運び、一口食べる。
「春樹君って一口小さいよね」
「そうですか?」
「そうだな。結構小さいと思うぞ」
「そうですね。まあ、部長が大きいだけでしょうけど」
「なんだとう」
僕の一口は小さいのか。あんまり意識した事は無いんだけどな。いやしかし部長。一口で五分の一食べるのは大きいと思うぞ。普通はこんな物……じゃないだろうな俊介さんの発言から考えるに。
「小食だっけ?」
「そう……かもですね。少なくとも、食べる方ではないと思います」
「腕やら腰やらが細いのはそのせいか?」
部長が触って来たので、僕はその腕を払い落とす。「いてて」と言う部長を、僕は冷たい目で見る。同性へのセクハラって認められるだろうか。
「流石にアウトですよ部長」
「おじさんっぽいよ部長」
「次やったらその腕へし折りますよ部長」
「おお……春樹君そんな顔もできたのか……なんか目覚めそう」
この人はコレだからどうしようも無い。まあ、そこが面白い人でもあるんだけどさ。僕は再びハンバーガーへ視線を戻し、それを食べ続ける。
昼食を終えた僕らは、ごみを分別した後、またゲームを始めた。僕と俊介さんは、部長と今日子さんにボコボコにされる訳だが。
「キャラの相性だろうか……」
「絶対プレイスキルの差ですよコレ」
「ふっふっふ……まさかこうなるなんて思ってなかったでしょ」
「ああ全くな。だがまあ、これでようやく面白いって奴だ」
遊ぶ中で喉が渇いた僕は、一旦台所の方へ向かった。しかし、中には何も無かった。お茶は勿論、ペットボトルもパックも何も無い。
「部長!飲み物無くなってます!」
「ああ、じゃあ買いに行くか」
「私パス~」
「俺も今外に出たいとは思いませんね」
部長は「薄情者共めが……」と愚痴ったので、僕は仕方無く、部長について行く事にした。玄関を出ると、丁度二時頃……つまり、一日で最も気温が高くなる頃合いだった。僕らは顔をしかめながら、近くのコンビニに向かった。
「お茶で良いか?」
「ええ。大きい方買って行きましょう」
一番近くのコンビニと言っても、徒歩だと五分程度掛かる。少し、前々から気になっていた話でもしようか。僕は以前に聞いた話を思い出し、それを口にする。
「部長、中学の時に教師を刺したって話、本当ですか?」
「へえ。懐かしい話をするんだな」
部長は驚く程冷静だった。だけど、ほんの少し雰囲気が違う。やはり、中学の時に何かあったのは間違いらしい。
「事実なんですか?」
「いや……そうだな。そういう事もあったかも知れない」
「結局どっちなんですか……」
僕がそう聞くと、部長は少し考え込んでから、軽く話し出した。
「例えば、誰かが分かれ道を歩いた。片方の道に行った後、少し経って引き返して、もう一つの道に行った。その後会った人に、最初に進んだ方の道の先にあった物を話さなかったとしたら、その人にとって、その『何か』は無いのと同じだ。だが、ある事にはある。ただそれを知らないだけ。そして、知る手段も無い。その分かれ道に行って、確かめるしかな」
「何が言いたいんですか?」
僕の問い掛けに、部長はいつもと変わらない、軽く、薄い表情で答えた。
「知りたきゃタイムスリップでもして確かめろって事だ」
僕らは日が暮れるまで遊んだ後、それぞれの家に向かって歩き始めた。日が落ちるのが早くなったこの季節、僕らは早めに帰ろうという事になった。
「楽しかったね~」
「そうですね。結局俺は、一度もゲームで勝てなかったな……」
「俊介さんはコインゲームですよ」
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少しすると、今日子さんが「やっば」と言って、元来た道を引き返して行った。
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終われば、何がある?ただ演じ続けるだけだろう?それで何がある?ただ虚しい勲章を部屋に飾り続けるだけじゃないか。
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