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#4 浮気調査

#4ー4 三日目

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 三日目。今日も、樹さんは予定通りに家を出た。

 満員電車の揺れも、三日目となれば多少は我慢が利くようになる。先生も早起きに慣れてきたのか、初日に比べて眠そうには見えない。まあ、比較したらというだけで、普通に眠そうなのには変わりないのだが。
 そして、彼はいつもの駅に降り、いつものように、少し歩いて会社に向かう。会社に着くと、彼はいつも通りに仕事を始める。
 今日調べるのは、彼を取り巻く『環境』。つまり、彼が働くこの会社。彼の変化の原因は、恐らくここにある。それを調べる為だ。
 彼の変化は、何と言うか、凄まじかった。絶対に残業しない男が残業するようになり、帰り道に、寄り道もせずに帰る男が、帰りにバーに寄るようになる。こんなに変わるという事は、それなりの心境や環境の変化があった筈。無かったらもう精神科直行だ。
 俺達は、この会社に勤める人間に、話を聞く事にした。
 だが、そんなに簡単には行かないのが世の常。俺達は早速行き詰った。
「環境の変化?いや、特には感じないな。強いて言うなら、樹さんが残業するようになったとか聞くようになった程度だな」
「心当たりが無いな。そりゃあ環境の変化はあるが、さして大きな変化でもないし」
 とまあ、こんな感じで、皆が皆、口を揃えて『そんな大きな変化は無かった』と言う。やはり精神科直行コースかな。
 流石に皆出勤した頃、俺達は公園で話し合った。
「どうするよ八神くん。このままじゃ、私達お金を貰うだけ貰って、何もしなかったクズ二人だぞ」
「こんな変化、原因があると思ったんですが、手掛かりさえ無いのではどうする事も……」
 ドン詰まりで、何もできない俺達は頭を抱える。暫くそうしていると、俺達の周りには何時の間にか鳩が群がっていた。餌は無いぞ。
 どうしたものか。そればかり思案していた俺達は、同時に一つの結論に至る。
「そうだ!あのバーで待ち伏せすれば良いんだ!」
 下戸でも、多少は我慢できる可能性が……あると思う。もしかしたら、ああいう所でしか話せない悩みがあるのかも知れない。そして、その他で情報を手に入れる手段は無い。ならば、行くしかないだろう。

 その日も、彼は電車に乗り込み、昨日と同じ駅で降りた。
 俺達は、彼を待ち伏せするべく、小走りでバーに向かった。狙い通り、彼はまだ到着していない。俺達は、端の方の席に座り、彼を待った。
 待つ事二分。樹さんはこのバーに入った。そして、カウンター席に座る。
「来たぞ八神くん。彼だ」
「う……ん……やっぱり酒は飲むモンじゃないな」
 先生は、「しっかりしろ」と言って、俺の肩を揺らす。実際気分が悪い。しかし、もう少し起きておかねば。先生は切符を買うのにも一苦労するような人だ。ここで倒れる訳にはいかない。
 俺達は、カウンター席で店主に話しかける彼の話に、耳を傾けた。
「はあ……」
「どうしたんです?ここ毎日来ては、少しだけ話してから帰るじゃないですか。何かあったんですか?」
 お、ナイス店主。俺達に都合の良い事を聞いてくれた。
「いやね、最近、お金が無くてね……」
 金が無い?奥さんが妊娠して、子供の為の貯金が必要な訳でもないのに、何故金に困るのだろう。やはり何かあるのだろうか。パチか?パチなのか?
 それでも、彼は多くを語らない。妖怪には秘密主義者が多いと聞くが、彼もその例には漏れなかったらしい。
「最近疲れが溜まってしまってね。妻にこんな情けない姿を見せたくなくて、ここで休ませてもらってるんだ」
「それは大変ですね。しかし、いくら金に困っていても、貴方の体が第一です。こちらも客が来るのは大歓迎ですが、あまり根を詰めすぎないよう、お気をつけ下さい」
 そう言われた彼は少し笑って、「はは、流石に体を壊さない程度には抑えますよ」と言った。ダメだ全く分からん。何故金に困っているのだろうか。少なくとも、怜子さんからの情報には、とても金に困っている様子も、その原因となりそうな物は無かった。
 その後は、彼は大した話もせず、少し駄弁ってから店を出た。俺達も、彼を追うべく店を出たが、どうも足元が覚束ない。頭がクラクラする。
「大丈夫かい?酒に弱いのは本当なんだな」
「ええ……少し……気分が……」
 先生は、「少し肩を貸そう」と言って、俺の体を支えてくれた。しかし、これでは追跡もできない。まあ、彼も昨日通りの行動をとる筈だし、これ以上は大丈夫だろう。
 因みに、俺達の絵面はと言うと、基本女子高生が酔った大学生の肩を支えているようにしか見えなかったらしく、俺達はこの日だけで二回職質された。呂律が回らない俺の代わりに、先生が答えてくれたので助かったが、この出来事は、俺にもう二度と酒は飲まないという決意をさせたのであった。

 事務所に帰った俺は、夕食の準備をしようとしたが、直ぐにソファに倒れ込んでしまった。
 先生は、俺の上に座り、「今日はもう寝ろ」と言った。
「君は余り休みたがらないが、今日はもう無理だ。夕食は、買い置きのカップ麺で済ませるさ」
 こういう時、先生はこういう事を言ってくれるから、いつもやっていけるのだ。いつもはだらしない癖に、いざ俺がダウンすると、何だかんだ心配してくれる人だ。
 俺はその言葉に甘え、さっさと寝てしまう事にした。案外すっと寝れた。

 その日、夢を見た。

 幸せな夢だった。

 俺は、誰かとどこかを走っている。

 誰だろう。思い出せない。

 ただ、その日は良く寝れた気がする。
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