【恋愛小話】

色酉ウトサ

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『亡霊の愛したクロネコ』

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 俺、今野結[こんのゆう]には、ちょっとだけ困った不思議な力がある。
小さい頃から16歳の今に至るまで、一度も消えずに常にあり続けていた不思議な力。



「おい今野、あの子に近付くなよ」

「………」

「無視するな。見えているのは知ってるんだからな」

「…はあ…。近付くなも何も、俺、黒衣さんとそこまで仲良くねえよ…」

「そうだったな」

 校門に近付く俺に話し掛けてきたこいつの名前は下柳麗[しもやなぎれい]。

 正体はいつも柳の下に立っている幽霊だ。

 こいつが見える様になったのは、俺がこの高校に入学してから3ヶ月が経った頃の事だった。

 いつもの様に学校の門に差し掛かった俺は、ある光景に足を止めた。
門の前に植えられている柳の木の下に、今にも消えてしまいそうな程うっすらと透けている、年上でどこか陰のある男が立っていたのだ。

 その男は、木の側で誰かを待っている俺と同じクラスの女子の黒衣音湖[くろいねこ]さんの腕を掴んでいた。
彼女はその男に気付いている様子は無く、やって来た彼女の友達はその男をすり抜けてしまった。

 うっすらしている事や、黒衣さんの友達がすり抜けた事から、俺はその男が幽霊なのだと悟った。

 この学校に通う様になってから3ヶ月間、一度も見えなかったその男の出現に、俺は自分の持つ力がまだ消えていないのかと肩を落とした。

 けれど、気にしなければ問題は無いだろうと知らん顔して男の横を通り過ぎて門をくぐり抜けかけた。

 その時、後ろから誰かに呼び掛けられた気がして、思わず振り返った俺は男と目が合ってしまい、ニヤリと笑った男はゆっくりと俺に近付くと、「あの子に近付くなよ」と告げた。

 幽霊から話し掛けられると言う初めての出来事に驚く間も無く、この日から俺はこの幽霊男の下柳に声を掛けられるようになったのだ。

(今までこんな事、無かったのに…)



 俺の持つ不思議な力、それは俺が好きになった人に思いを寄せてる幽霊が見えると言うものだ。

 この力に初めて気付いたのは幼稚園児の頃で、その時の相手が初恋だった。
その子の周りにはいつも怖い顔をした男の人が立っていて、後でそいつが幽霊だと気付いたが、その時はその子のお父さんだとばかり思っていた。

 しかも、そんなところ見たことも無いのに俺は何故か、その子に近付くとその男の人に怒られると思って、結局その子とは一言も話せずに終わった。

 卒園する時にはその男は見えなくなっていたけれど、その子の事ももう何とも思わなくなっていた。

 それから小学校に上がり、6年間の内にまた何人か好きになった子がいた。

 けれど、皆同じ様に他の人の目には見えない何かがついていたり、ついていなくてもその子が近付いたり近くを通り掛かる時に姿を見せ、その度に俺は好きな子と話をする事を諦めてきた。

 その頃、漸く俺は自分の力に気付いたのだ。

 中学の時はその事が分かっていたから、気になる女の子の事はなるべく見ない様にしたり、帰り道が同じ時は道を変えたりして過ごす様にした。
気付けば、気になる子と一緒に居ても何かが見える事は無くなり、漸くその力が無くなったものだと思っていたのに…。

(本当、何で今さら…)

「何をそんなに落ち込んでいる?」

「何って…って、うわあ!?お、お前、何でここに…」

「オレはここら一帯なら、どこにでも行けるぞ」

「はあ!?」

ガタン

ザワザワ…

「え…あ、っ~…」

ガタッ

「ふっ、変な顔されてるぞ」

「…誰のせいだよ…」

 小学生の時もこんな事は日常茶飯事だった。

 俺にしか見えない何かに怯え、理由を話しても友達や先生からは変な目で見られ、好きな子にすらどん退かれ…。
子供心にもそれが何よりキツかった。

 だから、見ないように頑張ったんだ…なのに。

「………何で、俺にだけ…」

「ん?何か言っ…」

「あ、あの…、今野君」

「え?」

「あ…」

 落ち込んで机に突っ伏しているところへ、下柳とは違う声が聞こえて、俺は声のした方へ少しだけ顔を向けた。
そこにいたのは黒衣さんで、下柳の呟く声と同時に、俺はガバリと顔を上げる。

 どもりながらも「何か用か?」と聞くと、彼女は真っ直ぐに俺を見つめて、廊下で話せないかと訊ねてきた。
別に問題は無いので、チラッと下柳の様子を伺いながらも承諾すると、彼女はどこかホッとした表情を浮かべ、先に教室を出て行った。

 反対に下柳は何とも言えない表情を浮かべていて、少し不思議に思いながらも俺は黒衣さんの後に続いて廊下へ向かった。

「話って…」

「あの…、今、今野君の側に誰か…居た?」

「!…黒衣さん、まさか…」

「な、何だか、今野君が誰かと話してる様に見えたの!勘違いだったら、ごめんなさい…」

 俺の言葉に謝る黒衣さんはどこか落ち着きが無く、しきりに辺りを気にしていた。

 そんな彼女に確信を抱いた俺は、ゆっくりと彼女の目を見て下柳の特徴を口にした。

「年上の男」

「え…」

「どこか陰があって…」

「今野君にも見えるの!?」

「ああ。さっき、黒衣さんが誰かと話してる様に見えたのもそいつだよ」

「え…、学校の中にまで来てるの?」

「ここら一帯ならどこでも行けるって…」

「嘘っ…。だったら、昨日更衣室で見たのも…」

「更衣室?」

 彼女の言葉に、俺は青ざめた。

 更衣室。

 勿論、男の俺が使う方は男子しか使わない男子更衣室で、黒衣さんが使う方は女子しか使わない女子更衣室。
その彼女が使っていた更衣室に、男の下柳が現れたのだとしたら、人間だったら充分犯罪だ。

「黒衣さん、見たって…」

「う、うん…。昨日の体育で私、用具を片付ける当番だったんだけど、片付けるのが遅くなっちゃって…」

「うん」

「更衣室には私しか居なかったの。急いで着替えてたら、何だか視線を感じて…」

「そこにあの男が?」

「見間違えかなって思ったんだけど…」

「………」

 何故かは知らないが、下柳は黒衣さんに好意を寄せている。
だから、彼女しか居ない更衣室に現れたのも頷けるが…。

(俺だって、黒衣さんの事…)

「ねえ、今野君」

「な、何だ?」

「さっきの話だと、今野君はあの男の人と話せるの…?」

「…あ~、う~ん、まあ…」

「だったらお願いがあるの」

「お願い?」

「うん。…変だと思われるかも知れないけど、あの男の人にどうして私の前に現れるのか聞いて欲しいの」

「………聞いてどうするんだ?」

「何か私に言いたい事やして欲しい事があるなら、聞いて上げたいなって…」

「…そっか…」

 非情に面白く無かった。

 まだそうとは決まってはいないが、黒衣さんが下柳の事を気にしている事も、下柳が黒衣さんの着替えを見たかも知れない事も、全てが俺にとっては面白く無いものだった。

 話を終えると、黒衣さんは「よろしくね」とだけ告げて教室へ戻ってしまい、俺は教室に戻る事が億劫に感じてその場にしゃがみ込んだ。

キーンコーンカーンコーン

 結局、予鈴が鳴るまで俺は廊下で時間を潰し、鳴ってからは、入り口から下柳が居ない事を確認して教室へと戻った。



 それから後は、下柳を見掛けても声を掛けられず、声を掛けられそうになると視線を逸らし、とことん無視し続けた。

 内心では、黒衣さんの言葉を伝えなくてはと考えてはいたものの、伝えた後の事を色々と想像してしまい、なかなか伝えられないまま気が付けば放課後になっていた。

(俺、最低だな…)

「あの子、お前に何だって?」

「うわっ!いつの間に…」

「今だよ。で、あの子お前に何の用だったんだ?」

「………」

「…言えない事か…。お前、嘘吐いたんだな」

「…何だよ、嘘って?」

「お前は俺に言ったよな?あの子とは仲良くないって…」

「ああ。俺は黒衣さんと仲良くないよ」

「だけど、俺には言えない話をしたんだろ?」

「言えない、って言うか…」

「何だよ?」

(言えないんじゃなくて、言いたくないんだよ…)

 黒衣さんと話せたのは下柳のお陰だけど、彼女が用があるのは下柳だし、下柳自身も彼女に気があるからか毎回俺に近付くなって忠告して来るし。
そんな二人を引き合わせたらどうなるか、何となく想像くらいつく。

 相手は幽霊だと分かっていても、自分が思いを寄せる相手に、更に相手を思っている相手を会わせ様なんて俺じゃなくても普通は考え無いだろ。

「…何で、お前は彼女の事…、気にするんだよ…」

「………それを、お前に言う必要は?」

「俺が気になるんだよ!!」

「ふっ…、気になる、か…。」

「悪いかよ!す、好きな子に近付くなとか言うお前の言葉を気にしちゃ…」

「………」

 言ってから軽く後悔した。
気付かれてると思ってはいるが、実際に俺が黒衣さんの事を好きだと下柳に知られてしまった。

 俺の言葉を聞いて黙り込んだ下柳に、この上ないいたたまれなさを感じた。

 けれど、小さく下柳から聞こえて来た笑い声によっていたたまれなさは怒りに変わり、俺は下柳に食って掛かった。

「くっ、くっ、くっ…」

「…っ~、何が可笑しいんだよ!?」

「ふっ、ははは!伝える相手を間違えてるぞ」

「うるせえっ!!お前なんか、ずっと近くに居ても何も伝えられねえじゃねえか!」

「…だから?」

「っ…触れても、近くで見てても、何も伝えられてねえなら意味ねえじゃねえか!!」

「…伝えられないなら意味が無い?」

「…そうだよ。普通、伝えられないと分かったら諦めるだろ…」

「その程度の思いなら、初めから近付きはしない」

「!」

 真っ直ぐに俺を見つめ、それだけを告げた下柳に思わず怯んだ。

 けれど、ここで引き下がる訳にもいかず、俺は下柳をキッと睨み返した。
下柳はしばらくの間そんな俺を見つめていたが、不意に目線を逸らすと、どこかへと消えてしまった。

 目の前から下柳が消えた事に気付くまで少し時間が掛かったが、居なくなった事を理解した俺は、自らの机に腰掛けて大きく溜め息を吐いた。
最後に下柳が吐いた言葉を思い返しながら…。

『その程度の思いなら、初めから近付きはしない』

(…あの言葉…。下柳は黒衣さんに、一体何を伝えたいんだ…)

 そんな事を考えている内に、黒衣さんから頼まれた事を思い出して、自分がどこまでも嫌な奴だと再認識するはめになった。



 翌日、重たい身体を引きずりながら学校の門に差し掛かると、そこには黒衣さんと下柳が向かい合って立っていて、俺の頭は機能が停止した。

 そうしている内にも、彼女は下柳の方へ手を伸ばし、下柳もそんな彼女の手に自分の手を重ねて頬を寄せた。
周りを歩く人達は彼女を変な物でも見るかの様に通り過ぎ、そんな光景に俺はいてもたってもいられなくなった。

「黒衣さん!!」

「え…?あ、今野君…」

「…見えるのか?」

「うん…、うっすらだけど…」

「はあ~…。黒衣さん」

「な、何?」

「今、君の思ってる事、言ってみて」

「え…、う、うん!」

 気に入らなかったが、このまま放っとく訳にもいかず、俺は黒衣さんの気持ちを下柳本人の前で話させる事にした。

 彼女は俺の言葉に納得し、一方の下柳は少し驚いたように俺を見つめていたが、彼女が呼吸を整えるとそちらへ視線を移してジッと見つめた。

「ね、ねえ今野君、この人の名前は分かる?」

「ああ。下柳麗だって本人が…」

「下柳、麗、さんね…。あの下柳さん、私に何か言いたい事があるの?」

「…おい今野、これはどう言う事だ?」

「…聞かれてんのはお前なんだから、ちゃんと答えろよ」

「え、どうしたの?」

「下柳の奴、黒衣さんから声掛けられて驚いてんだよ」

「そ、そっか…、そうよね。私ね、下柳さんがうっすらだけど見えてたの…。幽霊は何か伝えたい事があるから出て来るって聞いた事があって…、でも、私にはどうする事も出来なかった。だけど、今野君があなたと話してる事に気付いたの」

「………」

「昨日、今野君にあなたがして欲しい事を聞いてって頼んだんだけど、やっぱり直接話を聞いた方が良いかと思って…」

「…お前、何で黙って…」

「ほら、黒衣さんが何をして欲しいか聞いてるぞ?」

「誤魔化すな!」

「何でも言って!!あ、でも…、道連れとか命に関わる事はちょっと難しいかも…」

「っ…、俺が望むのは…」

「俺が望むのは…」

「う、うん」

「頭を…」

「頭?」

「?」

「………頭を、撫でさせて欲しい…」

「頭を撫でさせて欲しい…って、はあ?」

「頭を撫でさせて欲しい?」

 下柳の言葉に、俺と彼女は思わず顔を見合わせた。
望みを口にした当人は顔を真っ赤にし、手の平で顔を覆うと、俯いたままこちらを見ようとはしなかった。

 一応、状況を黒衣さんに話すと、彼女は訳が分からないながらも、下柳の望みを受け入れた。

「え…と…、頭を撫でさせて欲しい、だよね?良いですよ」

「!!」

「…お前、一体何を考えて…」

「本当に良いのか?」

「~…、本当に良いのか?だってよ」

「う、うん…。触られても分かんないし…って、きゃっ!?」

「どうしたんだ!?」

「何だか…、く、くすぐっ、たくって…」

「くすぐったい?」

 黒衣さんの言葉に、俺は首を傾げた。

 けれどすぐに原因が分かり、思わず下柳を怒鳴りつけた。

「お前、頭を撫でるだけじゃなかったのかよ!?何、首やらお腹やら撫で回してんだ!!」

「え…!?」

「いや…、毛触りが凄くあの子に似ていて、つい…」

 いつの間にか背後から彼女に抱き着き、首の辺りや腹の辺りに手を回して撫で回す下柳。
その姿は、見る人が見れば間違い無く痴漢に間違われ通報されそうなもので、俺は止めるべきだったと後悔した。

 しかも、俺の言葉に黒衣さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった為、更に状況は悪くなってしまった。

「いいから離れろよ!!」

「あっ…」

「邪魔すんなよ…」

「えっと…、これで成仏出来ますか?」

「どうなんだよ?」

「う~ん、後少しかな」

「何でだよ!!」

「ど、どうしたの?出来無いの?」

「いや、もう大丈夫だとよ」

「そう、良かった…」

「この野郎…」

 俺は下柳の言葉を聞かない振りをして彼女の手を握り、教室へと歩き出した。
これ以上、下柳に黒衣さんを触らせたく無かったからだ。

 教室に着くと、黒衣さんは不思議そうに俺を見つめていて、俺は見つめられている事に気付き、思わず顔を逸らした。

「な、何か俺の顔に着いてるか?」

「え…、いえ…、男子に手を繋がれたの小学生以来だったから、ちょっと驚いて…」

「あっ、わ、悪い…」

「ううん。下柳さんとお話しさせてくれて、ありがとう…」

「べ、別に気にすんなよ…。じゃ、俺は席に戻るから」

 自分でも素っ気ないなと感じながらも席に着き、授業の準備を始めた。
その時、机に顎を乗せて上目使いに俺を睨んでいる下柳の姿が目に飛び込んで来て、俺は勢い良く立ち上がった。

ガタッ

「!?」

「お前、よくも嘘を吐いたな…」

「………」

ストッ

「何とか言えよ」

「…突然出てくんな」

 何とか叫ぶのを我慢し、不自然にならない様に再び席に着いて、小さな声で下柳に文句を言う。

 皆の視線は立ち上がった一瞬だけ俺に向けられたが、すぐに逸らされた。

 その間も、怨めしそうに俺を睨み続ける下柳は俺の質問には答えず、睨まれ続けていたたまれなくなった俺は、何が気に入らないのかと小声で訊ねてみた。

「何が気に入らない?お前の望み通り、黒衣さんの頭を撫でられただろ…それ以外も…」

「あの子は他には無いかと訊ねて来たんだ。それを勝手に…」

「他に、何して欲しいんだよ?」

「…それはお前に言う事じゃない」

「どっちにしろ、お前だけだと会話出来ねえだろ!」

「………あの子の前でなら言える…」

「何だそれ?…そう言えばお前、黒衣さんを撫で回している時に『あの子に似てて』って言ってたけど、あの子って誰だよ?」

「お前には関係無い」

「………逃げるなよ…」

 気になった事を訊ねた途端、下柳は顔を背けて消えてしまった。

 納得はいかなかったものの、漸く下柳が消えた事で授業に集中出来た為、俺もそれ以上気にするのを止めた。



 次の休み時間、黒衣さんは俺の席まで来て、自分が見続けている夢の話をしてくれた。

「ねえ、今野君」

「ん…、あ、黒衣さん!!」

「今朝はありがとうね」

「別に気にしなくても…」

「…実はね、私、毎日ずっと同じ夢ばかり見るの…」

「同じ夢…?」

「この学校に入ってからなんだ…」

「どんな夢だよ?」

「それがね、私…、夢の中では真っ黒い猫なの…」

「真っ黒い猫…」

「しかも、毎回私、車にはねられて死んじゃうの…」

「………」

「変でしょ?猫を飼ってる訳でも、今までそんな光景見た事も無いのに…、毎日なんて…」

 彼女の話に、俺は少し戸惑っていた。
夢の内容とは言え、自らが猫で車にはねられる所を毎日見続けているなんて、普通じゃないと思ったから…。

「だけどね…」

「え?」

「初めの内はそれだけだったのが、ある日から人が出て来る様になったの…」

「人?」

「うん。男の人でね、私はその人に飼われていたの。とても可愛がられていて、いつも一緒だった…」

「あれ、でも…」

「そう。夢の中の私はその人の腕から飛び出して、車の前に…。その人をからかいたかったみたい」

「………」

 そこまで聞いて、俺は黒衣さんを変だとは思えなくなっていた。
しかも、彼女が俺にこの話をした理由と彼女の夢に出て来た男の人が、繋がった様に思えたのだ。

「…その男の人って…」

「雰囲気がね、似てたの…。下柳さんに…」

 ここまで来て、俺の中ではある事柄が一致した。

   下柳が黒衣さんに気付いて貰おうと近付いた理由。
それは、彼女が生前の下柳を夢で見てたからだという事だった。

   夢の内容だけでは下柳の死因は分からないが、どうして未だに成仏出来無いのかはきっと、夢の内容が原因なのだろう。

 そう考えれば、下柳の黒衣さんへのお願い内容もペットに対するものの様だったと思えた。

「黒衣さんは、あいつが夢の男に似てたから気になったのか?」

「うん…」

 どこか悲しそうに頷いた黒衣さんに、俺も少しだけ胸が痛んだ。

「下柳さんはどんな様子だった?」

「え?いや、まあ、嬉しそうだったぜ」

「本当?」

「ああ。何か、毛触りがあの子に似てたとかなんとか言って…」

「!!…そう、良かった…」

 瞳を潤ませながらも、嬉しそうに微笑む彼女に、俺の胸の痛みは更に大きくなった。

 何度目かのありがとうを言った黒衣さんは自分の席へと戻って行き、複雑な気持ちになった俺は机に突っ伏してギュッと目を閉じた。
何も考える気にならなかったから…。

 授業が始まっても内容は全く頭に入って来ず、今日は授業を受けてる振りをしておこうと考え、それからはずっと、意識がどこかをさ迷い続けた。

 けれど、昼休みに入ると状況は一変した。

 漸く昼食の時間だと言うのに食欲はわかず、どこか一人になれる所は無いかと弁当を持って教室を出た俺は、廊下で下柳が黒衣さんに何か話し掛けている現場に出会した。

 始めは、伝わらないだろと呆れながら、嫌なものを見たと背を向けた。
そんな俺の耳に、彼女が下柳の言葉にきちんと返している声が聞こえ、恐る恐る振り返った。

 瞬間、俺は青ざめた。

 黒衣さんは下柳の方へ顔も体も向け、きちんと目を合わせながら会話していたのだ。
その状況に本気で焦った俺は、急いで二人に駆け寄り、事情説明を促した。

 俺の登場に、下柳は呆れた様に目を逸らし、黒衣さんは戸惑った様に俺を宥めた。

「下柳…、それに黒衣さん、何で二人で話してるんだ…?」

「あ~あ、来ちまった…」

「今野君、落ち着いて。えっ…と、その…」

「元から…話せたのか?」

「ううん…。姿を見るのも話せるのも、今が初めて」

「俺が出来る様に頑張ったんだよ…。お前が話させてくれなかったからな」

「はあ!?」

 不貞腐れた様に俺のせいだと言う下柳に、黒衣さんの前である事もあって、俺はかなり動揺した。
そんな俺を見て下柳は鼻で笑うと、再び彼女と話し始めた。

「それで、君は俺のこの頼み聞いてくれるのか?」

「えっと…、私で良いの…?」

「ま、待てよ、一体…」

「下柳さん、私が飼ってた猫ちゃんに似てたから近付いて来たって。朝、頭を撫でた時に私の髪質が猫ちゃんのにそっくりだったって…」

「て事は、黒衣さんの見た夢は…」

「うん…、本当だったみたい…」

「と言う訳だ。もう一つの望みを叶えたら大人しく成仏するから、邪魔すんなよ今野」

「望みって…」

「放課後までこの子の側に居させて貰うんだよ」

「側にって…、何か悪さする気じゃないよな?」

「しねえよ」

「私も、下柳さんのお願い事叶えてあげたいの」

「黒衣さん…」

 黒衣さんの目は真剣そのもので、それ以上、俺が口出し出来る隙はなかった。
会話を終えると、下柳は姿を消してしまい、こちらにもそれ以上の理由を聞く事は出来ずに終わった。

「まさか、下柳が黒衣さんに見える様になってるなんて…」

「私もビックリした。うっすらとしか見えなかった下柳さんが、はっきりと見えるんだもん…。…幽霊って本当に居たのね」

「え?」

「小さい頃にね、いつも私を見て怯えている子が居たの。その子、私に何か言いたそうだったのに、全く話し掛けて来なかった…」

「…それと幽霊に何の関係が?」

「私、その子の事がずっと気になっていてね、お母さんにその子の事を話したの。そしたらお母さん、その子には見えないモノが見えるのかもねって笑ってた。大きくなるにつれて見えないモノが幽霊だって知って最初は怖かったんだけど、お母さんは幽霊は人間と一緒だから怖いのばかりじゃないよって…」

「優しいお母さんなんだな…」

「うん!!全てが分かった頃にはその子と離れちゃった後だったから、話す事も無いままなんだよね…」

「………その子の名前は?」

「小さ過ぎて覚えて無いの。たまに卒園アルバムで顔を探すんだけど、確信が持てなくて…」

「!幼稚園の時の事なのか…?」

「うん」

 俺はこの時、自分の幼稚園時代の事を思い出していた。
記憶の片隅に追いやってしまっていた俺の初恋相手。

 黒衣さんの話す子と俺の子供時代の行動は被っていて、彼女の言葉が本当なら、俺の初恋相手は黒衣さんだと言う事になる。

「もしかしたら、その子…」

「どうしたの?」

「…いや、何でも無い…。昼休み終わるといけねえから、じゃ」

「うん。色々ありがとう」

 笑顔の黒衣さんと別れた俺はその足で、屋上へと向かった。

 弁当を広げる気にはなれず、屋上から町を見渡していると、彼女の話す子は自分だと告げる事が出来無かった事に悲しさと悔しさが込み上げて来た。

 言えなかった理由は、人違いだったらとか余計な事まで話しそうだからとかそんな事では無く、自分自身の情けなさが問題なのだと自覚していたからだ…。

 幼稚園の頃の俺は、初恋の相手にいつもついて歩いてた怖い顔の男を怖れ、そのままその子と話す事すら出来ずに終わった。
例え怒られたとしても、俺は彼女に話し掛けてから様子を伺っても良かったんだ。

 けれど、それすらせず、その後も同じ様に逃げる事を続けて来た。
挙げ句、見えなくなった後も好きな相手の側に居るだけで、自ら動こうとはしなかった。

 こんな情け無い俺が、彼女が覚えていてくれたと喜んで、その子は俺だなどと言える訳が無い。

 そんな自分の情け無さに怒りが沸いて来た時、突然どこからともなく下柳の声が聞こえてきた。

「我ながら、情け無い…」

「そうか、あの時のガキはお前だったのか」

「!下柳、お前…」

「随分ビビりなガキが居ると思っていたが、まさかお前とはな」

「何だよ、放課後まで黒衣さんの側に居るんじゃねえのかよ…」

「…あの頃は、ずっと側に居られたんだ。あの子がお前を気にするまではな…」

「どう言う事だよ…?」

「………ま、仕方の無い事だったんだ。いずれはそうなると分かってたからな」

「だから、どう言う…」

「あと少ししか無いし、俺はあの子の元に戻るな。じゃあな、今野」

 そう言うと、下柳はいつもの様に姿を消した。

 残された俺は、下柳の言葉を思い返しながら意味を考えた。
あまりに端的な言葉だったが、下柳も昔の俺を知ってた事や前は彼女の側に居たらしい事、あと少ししか下柳には時間が無い事は分かった。

 しばらく考えた後、俺は昼食には手も付けず教室へと戻り、そっと黒衣さんの方を見てみた。

 彼女は、下柳が姿を隠しているからか存在には気付いて無い様だったが、下柳の方は彼女に抱き着いたり、優しく頭を撫でたりしてとても幸せそうだった。

 授業中もベッタリの下柳に少しだけイラついたが、放課後までだからと自分に言い聞かせ、大人しく見守っていた。



 すぐに放課後はやって来た。

 帰り支度を始めた黒衣さんに姿を見せた下柳は、彼女の手を引いてどこかへと向かった。
俺もバレない様に急いで後を追う。

 着いた先は屋上だった。
俺はそっと扉を開け、二人の様子を伺いながら近付いた。

「あの、下柳さんどうしたんですか、急に?」

「…君の名前、聞いてなかったね」

「私ですか?私の名前は音湖です。黒衣音湖」

「クロイネコ…か。ふっ、そのまんまだな」

「え…」

「俺の事、知ってるんだろ?」

「下柳さんの…こと…。はい、少しだけ…」

「…俺は生前、両親も無く、兄弟も無く、ずっと一人だった…。そんな時、偶然庭に一匹の黒猫が居るのを見掛けてな、何でか知らんがその猫に近付いたんだ」

「…はい。その猫ちゃん、下柳さんにとても懐いて、下柳さんもその子の事をとても可愛がっていました」

「初めての家族だったんだ…」

「………」

「その黒猫が亡くなった後、俺は一人で居るのが堪えられなくて、自ら命を絶った…」

 二人の会話内容はどこか重く、俺は場違いな気がし始めた。
しかも、今まで接して来た下柳の過去が意外にも暗く、自らの接し方を後悔した。

(…あそこまで、邪険にする必要無かったな…)

「死ぬ前は自殺したら地獄に落ちるとか言われてるの信じてたんだけど、本当に未練がましい奴は地獄にも行けないでこの世に残るんだって知ったのは良い経験だ…」

「…下柳さんはまだ、あの黒猫ちゃんが…?」

「………ずっと探してた。あちらこちら歩き回って、猫は9回生まれ変わるって聞いてたから猫の居る所を片っ端から…」

「それでも見つからなかったんですね…」

「…まさか、人間に生まれ変わってるなんて思わねえだろ?何十年も探し回って、漸く黒猫の魂を見つけたんだ。…それが、君だった」

「え…」

「君の気配は黒猫と一緒だった、性格も…。優しくて、やんちゃで、何にでも興味を持って、甘えん坊で…」

「私が…、黒猫ちゃんの生まれ変わり…」

 驚いた様子の黒衣さんだったが、俺は納得していた。
下柳の言っていた性格は、幼稚園の頃の彼女に全て一致していたから。

「君が赤ん坊の時からずっと側に居たんだぜ?まあ、幼稚園の時に引き離されたがな…」

 そう言って、下柳は俺を睨み付けた。

「君が彼に興味を持ち、好意を抱いた瞬間、俺は君に近付けなくなくなってしまった…」

「私が、今野君に好意って…っ!」

「今野は俺の姿が見えてるしで、あの時は訳が分からなかった…。今なら、分かるがな…」

「どう言う事だよ?」

「お前は聞いてばっかだな…。お前がこの子を好きで、この子がお前を好きだって事だよ」

「え…」

「っ…」

 漸く言葉を挟めたと思った途端、下柳はまさかの言葉を吐き、俺と黒衣さんは固まった。

「幼稚園の時、お前がこの子に好意を持ってるのはすぐに分かったぜ。…俺も黒猫に対して、同じ目をしてたからな…」

「同じ目って…そ、そうだ、幼稚園の時って言ってるけどお前…、まさか、あの時の男だったのか!?」

「ああ、そうだ。気付かなかったのか?」

「だって、顔が全然…」

「…この子に近付けなくなってから俺は、段々と若返って行ったからな…。あの頃は死んだ時と同じだったのに…」

「そうだったのか…」

「もしかしてあの時、あの子が見てたのって、下柳さん…?」

「ああ。そうらしい…」

 全ての理由が分かり始めた瞬間、俺は下柳がまた一段と若くなっている事に気付いた。

「お、おい、下柳お前…」

「もう、この世に居られないんだとよ」

「え!?」

「…望みが叶ったからか?」

「まあ、それもあるが…、俺の変わりにこの子を守ってくれる存在が現れたからな」

 そう言うと、下柳の身体は更に小さくなっていき、見た目が赤ん坊になった瞬間、身体が眩しい光に包まれた。
同時に、どこからともなく下柳の声が聞こえて来た。

「なあ今野」

「え?」

「簡単に俺からその子を奪ったんだ、大切にしろよ。俺が愛した黒猫の魂は貰ってくがな」

「大丈夫なのかよ!?」

「ふっ、魂と言っても俺との記憶だけだ。安心しろ」

「そっか…。下柳」

「何だ?」

「何で幼稚園の頃、あんな怖い顔してたんだ?」

「あれは生前がそうだったからな」

「なら今回、俺に黒衣さんに近付くなと言った理由は?」

「はあ…、本当に聞いてばっかだな。そりゃあ、お前が幼稚園の頃に俺がその子に近付けなくなった原因だったからな。お前が彼女を好きだって知ってたし、また邪魔されるって思ったんだよ。…まさか、邪魔されるどころか、引き合わせてくれるとは思わなかったがな…」

「…もう、会えないのか?」

「多分な。じゃ、俺はもう行くぜ。…元気でな、結」

「下柳!!」

 最後まで掴めない奴だった。

 下柳が消えて辺りがいつも通りの風景に戻ると、俺はすぐに黒衣さんへと駆け寄った。

 黒衣さんも光の中で下柳と会話したらしく、話の内容は聞かせてくれなかったが、どこか寂しそうに空を見つめていた。

「本当、変な奴だったな…」

「うん…。…ねえ、今野君」

「何だ?」

「あの…、幼稚園の時のあの子って、今野君であってるの…?」

「え…、う、あ~…、ああ…」

「そっか…。やっぱり、今野君だったんだ…」

「やっぱり…?」

「卒園アルバムで探してたって、言ったでしょ?その子の名前が今野結って書いてて、今野君がそうなのかなって…」

「…それで自信無いって…」

「私ね、あの頃からずっと、今野君を探してたの」

「え?」

「ずっと見つめられている内に気になっていって、幽霊が見えてるのかもって思うともっと気になって…」

「………………マジで?」

「うん…」

 俯いて耳まで真っ赤になりながら話す黒衣さんに、俺の心臓は今までに無いくらい脈打っていた。
 まさかの、両想い。

 いてもたってもいられなくなった俺は、黒衣さんの手を取ると、真っ直ぐに彼女を見つめて自分の想いを伝えた。
驚いてはいたが、嬉しそうに微笑む彼女に、俺の中の彼女を好きな気持ちが溢れ出した。

ギュッ

「今野、君…?」

「黒衣さん…、俺、絶対に黒衣さんの事を幸せにするからな!!」

「え…、ええ!?そ、それって、プロポーズ…?」

「そう取ってくれて構わねえよ」

「っ!………今野君…、ありがとう…」


 こうして、俺達は無事に付き合い始めた。

 半分以上が下柳のお陰なのが気に食わないが、事実だから仕方無い。

 だから俺は時々、空に向かって礼を言っている。
あいつに届く様に願いながら…。



「音湖は俺がちゃんと幸せにするよ。…ありがとな、麗…」





終わり
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