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<人外ホラー>
『オルゴール』
しおりを挟む私がお父さんからそのオルゴールを貰ったのは、小学一年生にあがった時だった。
入学式と同時に誕生日を迎えた私にその日の夜、お父さんはプレゼントとして手作りの箱形のオルゴールをくれた。
音楽はワルツ調のよく聞く曲で、オルゴールの中ではベンチに腰掛けた男の子の人形がこちらに笑いかけていた。
この人は誰なのかと訊ねた私に、困ったように笑ったお父さんは「その子は将来、お父さんと同じようにお前を大切に思ってくれる人だよ」と話してくれた。
小さな頃の私は仲の良い両親にとても憧れていて、将来の夢はお父さんのような人と結婚することだった。
だからお父さんは少し寂しそうにオルゴールにそのような人形を置いたんだと、後でお母さんがこっそり教えてくれた。
お父さんやお母さんから話を聞いた私はオルゴールを貰った日、寝る前に蓋を開けてその子に「早く私に会いに来てね」と話しかけた。
一種の私の中のおまじないで、その日から毎晩それを繰り返し、日課になっていった。
けれどそれも、中学生にあがった頃から私は一切やらなくなった。
理由は、好きな人が出来たから。
相手は違うクラスの子で、好きになった理由は体育大会で活躍している彼への一目惚れだった。
一年生の時はただ遠くから見つめていただけだった彼。
近付けたのは二年生にあがった時で、少しずつ距離を縮めて行き、三年生にあがった頃に付き合い始めた。
その頃には、オルゴールの中の男の子のことはすっかり忘れていて、私は彼に夢中だった。
でも、彼と付き合い始めてから同じ夢を毎晩見るようになった。
決まって私はあるベンチに座っていて、隣には優しげな男の子が座っている。
私は男の子といつも楽しく話をしているんだけど、頭の中は彼のことでいっぱいで、内心ではこんな所を彼に見られたら嫌われるかもしれないと思っているという内容。
目が覚めるととてもドキドキしていて、心臓に悪い夢だった。
夢だと分かっても罪悪感が消えなくて、彼に対して少し距離を取るようになっていた。
そんな日が続いて、さすがに不思議に思った彼から私の態度について訊ねられ、私は意を決して理由を話すことにした。
真剣に話を聞いてくれた彼は少し考えた後、困ったように笑って、夢の中のことを気にしなくてもいいと言ってくれた。
ますます彼を好きになった私はその日、夢の中で男の子にもう会えないことを告げたのだ。
その日以来、夢の中で私は男の子に会うことは無くなった。
会いに来なくなったのか、会えなくなったのかは分からなかったけれど、男の子が出て来ないことで私の気持ちは落ち着き、彼とも前以上に仲良くなっていった。
再び、夢の中に男の子が現れるまでは…。
男の子がまた夢に出てくるようになったのは、高校生活二年目を終えるという、つい最近のこと。
来年は三年生になるし、高校までは一緒にいられた彼ともこれから先の進む道で離れなければならないと言う時に。
この日、いつものように眠りに就いた私が居たのはベンチの前で、男の子はそのベンチに俯いて座っていた。
男の子を見るなり私はまた、あの居たたまれなさを感じて俯いた。
それでも、そんな考えはすぐに振り払い、どうしてまた現れたのかを聞こうと顔を上げた。
瞬間、ずっと忘れていたオルゴールの男の子のことを思い出し、男の子が何者かということにも気付いて息を飲んだ。
同時に男の子は私の腕を掴み、ゆっくりと顔を上げると満面の笑みを浮かべていて、私は少し拍子抜けした。
(笑ってる…?)
「…やっぱり、僕は君を諦められなかった」
「え…、何、言って…」
「君が、もう会いに来るなって言ったから、あの時は諦めたんだ。だけど…」
グイッ
「あっ!」
「早く隣に…」
腕を勢いよく引かれ、男の子の隣に腰かける寸前で目が覚めた。
目が覚めると私はベッドの中にいて、呼吸は荒く、心臓も速く脈打ちひどく汗をかいていた。
ふと、男の子のことを思い出し、オルゴールへ目を向けると何故か蓋は開いていて、昔と変わらぬ笑顔を浮かべた男の子はベンチに腰掛けたままだった。
その姿が不気味に思えて、思わず蓋を閉めた。
小学校以来、開けていないオルゴールの蓋が開いていた理由も、男の子が私にかけた言葉も、隣に座らせようとした理由も、その時の私には分からなかった。
だけど、一つだけ分かったのは、男の子の隣に座ってはいけないと言うことだった。
男の子の隣に座ったが最後、私は目を覚ますことが出来なくなると直感で感じていたから…。
その日からオルゴールは押し入れにしまい、なるべく夢のことも考えないようにしていた。
彼とも、いつも以上にくっついて全てを忘れようとした。
忘れさせては貰えなかったけど…。
オルゴールを押し入れにしまったにも関わらず同じ夢を毎日のように見続け、その度に私は眠れなくなっていった。
「どうした?顔色悪いぞ…」
「最近、寝てなくて…」
「寝てない?」
「うん…。結構前に話した男の子のこと、覚えてる?」
「男の子?」
「中学生くらいの時に、夢に出てきたって話した…」
「あ、ああ…。その男の子がどうかしたのか?」
「また、夢に出てきて…」
私は彼に夢の話をした。
彼はあの時と同じように真剣に聞いてくれて、一緒にどうすればいいかを考えてくれた。
考えた結果、彼は私の家に例のオルゴールを見に来ると言い始め、気は進まなかったかれど私はそれを承諾することに。
放課後になり、彼と一緒に家へと歩きながら私はオルゴールの思い出を話していた。
お父さんの手作りであることや小さな頃の私の夢、こっそりと行っていたおまじないのこと。
恥ずかしくはあったけど、彼は笑わずに話を聞いてくれた。
家に着いて真っ直ぐ私の部屋へと向かい、彼をベッドに座らせた後、押し入れにしまい込んだオルゴールを取り出した。
彼に手渡すとまじまじとオルゴールを見つめ、蓋を開けた。
そこに変わらず男の子は居て、彼は男の子を真っ直ぐに見つめていた。
夢のこともあり、少し心配しながら彼と男の子を見ていると、私の方へ顔を向けた彼は笑顔で自分の思いつきを話してくれた。
「なあこの男の子、寂しいんじゃないか?」
「え?」
「昔はお前が話しかけていたのに、俺がお前を取ったからさ」
「!…そう、かな?」
「新しく女の子の人形を隣に座らせたら、寂しくなくなるんじゃないか?」
「女の子の人形…?」
楽しそうに話す彼にドキッとしながらも何となくそうなのかもしれないと思い、その日の夜にお父さんに相談してみた。
突然の話だったにも関わらずお父さんは笑顔で納得してくれて、その日の内に男の子の隣には女の子の人形が置かれた。
心なしか、男の子が嬉しそうに見えて私も内心ほっとした。
(これで、大丈夫よね…)
けれどその夜、私はまた男の子の夢を見た。
内容はいつもと変わらない。
ベンチには笑顔の男の子が腰かけていて、私は男の子の前に立っている。
いつもと変わらない夢のはずなのに、この日の夢は何だか今までで一番怖い夢だった。
あまりの恐怖に私は笑顔の男の子に声をかけることも、男の子を見つめることも出来なくてただ、その場から逃げることだけを考えていた。
無意識に後ずさるように足が動いたその時、男の子は私の腕を掴み、いつものように引っ張り始めた。
違っていたのはその引っ張り方で、いつもなら抵抗出来る程度なのが、この日は抵抗する余地もなかったのだ。
「い…や…」
「………」
「どう…、して…」
「…言ったよね。君を諦められなかったって」
「だ、から…、んぅ~っ!?」
男の子にベンチの上に引き倒され、ファーストキスを奪われてしまった。
オルゴールの中の男の子は木で出来ていたけれど、私の唇を奪った男の子の唇は人間と同じ感触で、今まで曖昧だった男の子に触れられた感触も全て人間と同じだったことを思い出した。
すぐに唇を離した男の子は私を見下ろして、優しく微笑んだ。
その微笑みすらも私には恐ろしく感じて、顔を逸らした。
逸らした先にはある物がボロボロの状態で転がっていて、それを見た私の耳元に男の子が呟いた言葉で、もう元の生活には戻れないのだということを思い知らされたのだった。
「泣かないで。あの娘じゃないんだ、僕が大切に思っているのは…」
“昔から君だけなんだよ”
終わり
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