僕という花たちは…

まゆゆ

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4.6埋まらない溝

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 夕暮れの通り慣れた道を、戻るように歩き続ける。
 蒸し暑くて、イライラする。

 蝉が、まだミンミンうるさいし。
 兄貴は、微妙に喋らないし。

 よくガキの頃は、2人して手繋いで、

 『遅くなるよ!』
 『だって、まだ遊ぶって言ったの…ユヅの方でしょ?』

 あの時は、遊ぶに夢中で早く帰ろうって、急かす兄貴がウザかった。
 
 『早くかえんないと、親にって言われるけど…まだ帰ってこないじゃん!』

 地団駄でも踏むようにオレは、地面を蹴った。
 
 で、派手にひっくり返って尻もちを付いて背中も少し打った。

 当時、小学2~3年の頃。
 兄貴は、学ラン着てたから中学生。
 塾の帰りに公園で、1人遊んでるオレを見掛けて声を掛けてくれた。
 
 『1人で遊ばないって、行ったじゃん。母さんから児童クラブに連絡来て今日は、来てないって確かめて来て、言ったから焦ったよ…』
 『…………』
 『宿題は?』

 兄貴は、ホントに真面目で、頭良くて… 
 近所の人からも、キレイな顔の子とか、しょっちゅう言われてた。
 オレの同級生や児童クラブのヤツラでさえ…

 『キレイな人!』
 『カッコいい!』

 何って、見掛けたり迎えに来てくれたりすると、オレ越しに兄貴を、褒めてた。

 まぁ…
 兄貴は、ホントな優しくて、成績も良くて…
 キレイな顔してて、モテる。

 『どうだ。羨ましいか?』

 って、よくドヤってた。
 
 年離れてるから。
 比較対処にも、されない。

 大抵、5年違うと先生とボランティアさんが、総入れ替えもざらだし…

 だから割とオレと兄貴の兄弟仲は、良い方だと思ってる。

 さっきの尻もち付いたエピソードも、立てないオレを兄貴が、家まで背負ってくれた。 

 あっ…
 でも、あの時の児童クラブを勝手にサボった事とか、色々重なって、差し出してくれた兄貴の手を、恥ずかしくて振り払ったっけ……

 『仕方がないな…』
  
 そう言って、背中を向けて背負ってくれた。

 まだ小学生の頃は、当然オレの方がチビで…
 兄貴の視線が、遠くに感じてた。

 でも、オレが中学に上がった頃から兄貴の目線と同じになって、あっという間に、身長を越してしまった。

 兄貴よりも、高い視線に一瞬、ぎこちなくなったけど…
 やっぱりそこは、兄貴。
 程よく弟扱いしてくれる兄貴には、叶わない。

 それなのに今の兄貴には、違和感をかんじる。

 「あのさぁ…」
 「ん?」

 オレを見上げてくる兄貴は、不思議そうな表情をする。

 「えっと…」
 
 何を、言うつもりなんだよ。

 「…取り敢えず。ファミレスに着いたから。入ろっか?」
 「うん…」

 案内されたファミレスの店内は、涼やかな空気で、あのド修羅場は、夢だったんじゃないかと、思わせてくれる気がしけど。

 そこに両方の祖父母、特に父方のばあちゃんからの詫び状みたいなメッセージが、スマホに届くとオレ達は、思いっ切り現実に引き戻された。

 ドリンクバーだけを頼みオレは、レモンスカッシュを、兄貴はアイスコーヒーを手に持って席に戻った。 

 「で…ユヅキは、いつ戻ったの?」 

 「兄貴が、帰ってくる四~五分くらい前かな?」

 「今日は、早かったの?」

 「?…いや…まぁ…バイトのシフトが、今日だけ少し遅くて家に帰ってからでも良いかって…みたいな?」

 確かにこの頃、バイトの都合で学校帰りに行ったりしてたから…
 
 「そう…」
 「なに?」
 「いや…その…それでユヅが、家に帰って来たときには、あの感じに?」
 「…そう。ってか、引いたよ。オヤジの行動には…」
 「うん…」
 「また浮気とか…」

 よりによって、兄貴に言わないと、ならないとか…

 「知ってたよ…」

 「はぁ?」

 レモンスカッシュのドリンクバーを、危うく吹き出し掛けそうになるオレがいた。

 「な…何で?」

 「何でって言うか、この頃の父さんの態度が、その時のアイツに似てたから…」

 「マジ?」

 兄貴は、不思議と落ち着いたようにアイスコーヒーを静かに飲んでいる。

 「でも…あの様子だと、2度目じゃないような気がする。今までも、こんな感じの雰囲気だった時が、あったから…もしかすると、ずっと…」

 兄貴が、気付いていたのなら。
 母さんは、もっと早くに気付いていたはずだ。

 「それは、分からないよ。でも、複数人の違う相手が、居たのは事実だよ」
 「なんで、知ってんの?」
 「ユヅは、気付いてた? 写真に写る女の人…皆違う人だったと思うよ」

 「そこまでは、見てない…」

 って言うか…
 見たくなかった。

 気を取り直すようにレモンスカッシュをストローで、軽く飲み込むけど、こんな後味の悪いレモンスカッシュは、初めて飲んだ。

 「なぁ…オヤジって…そんなヤツだったの?」

 「どうだろう…」

 明るめの店内のBGMが、逆に物悲しく感じる。

 このファミレスは、家の近所って言う事もあって、よく家族四人で、子供の頃から何度も来てた馴染の場所だった。

 最近だって、来たばかじゃん?

 …で。
 オレは、必ずハンバーグ。
 兄貴は、唐揚げを頼む。

 そして毎回、最後の一口を、お互いに交換する。

 今だって周りを見れば、そんな家族団らんが、目に留まる。

 見せ付けられている訳ではないのだろうけど、そんな気分に心が暗く重くなる。 

 「母さんは、離婚とか考えてるのかな…」
 「どうなんだろう。でも僕達には、口出しできない。親がそう決めたのなら。そう見守るしかないと思うよ。幸いユヅは、来月には18になるし今年卒業だしね…」

 確か、母さんもさっきそんな事言ってた…

 もしかして、それまではって、我慢してたとか…

 兄貴は、もう成人してるし。
 しかも、大学の授業料は、特待生枠で免除になる程の秀才。

 「母さんは、それなりに稼いでいる人でしょ? それに15歳すぎれば、親権を子供が選べる…子供の意思が尊重されるらしいからね」

 まぁ…来月には18になるし時期的に言うと微妙だな…

 「もしかしたら。その時期は、何も、なかったのかも…」
 「何もって、浮気とか?」

 兄貴は、落胆した表情になる。

 「色々、引っくるめてかな?」
 「2人にしか。分からない事…みたいな?」
 「…そうだね…」

 何とも言えない重苦しい空気が、オレと兄貴の間で、流れを止める。 

 「…なぁ…10年前のオヤジの浮気の時…何があったの?」

 重苦しい空気を吐き出すように兄貴は、伏目がちに溜息を吐く。

 「あの時…ユヅは、6歳か、7歳だったから。覚えてる訳ないよね…」
 「うん…」

 酷い罵り合いだった。
 特に父親の言い訳は、子供ながらにガキかよって思った。

 「どんな?」
 「仕事と育児で、構ってくれないとか…寂しかっただの…気を引きたかったって、号泣しててさぁ…こんなのが、親なのかって呆れるしかなかった…」
 「母さんは?」

 「…えっとね…」

 兄貴の話によると、最初はテレビドラマみたいなお決まりな感じで、罵っていたらしいが、さすがに父親の醜態って言うのか…

 本性って言うのか…

 蔑むみたいになって、

 “ アンタは、皆の父親だったんじゃないの? ” 

 「って怒鳴ったら。土下座して、また更にオヤジが、大号泣…してました…」 
 「うっわぁ~っ…今と変わんねぇじゃん…」
 「向こうのじいちゃんが、オヤジの頭を掴んで、またさらに土下座させてたよ」
 「あの熱血漢のじいちゃんならやりかねないな……しかも、10年前だろ? 今でもジム通いが日課な人なのに…」
 「悪ガキが、捻じ伏せられてるみたいな感じだったよ」
 

 挙げ句。
 向こうのばあちゃんまてが…

 “ 泣くなら最初っから。浮気すんなこの大バカがぁ!! ”

 「って…怒鳴った」
 「えっ…あの温厚なばあちゃんが? この謝罪文とは、似ても似つかない言葉なぁ……」
 「うん…」

 それで、母親が、

 “ 兎に角この事は、ここだけにしましょう。いい? 寂しかったとか、そんな言い訳しないで、みっともない ”

 「……で、バッサリ。確か手打ちだったかなぁ…でも、後は無いよって、念押しされてシュンってなってた…」
 「それは、シュールってか、我が父ながら…情ねぇ~っ…」
 「だね…」

 兄は、かなり落ち着いていた。

 何で、こんなにも冷静に落ち着き放っていられるのか、これがある意味、当時のオレと兄貴の年の差なのか?

 ただのガキと思春期に入った兄貴とでは、認識どころか、物事とか、恋愛においての価値観まで、違ってたんだろうな…

 兄貴が、いつ頃から同性に対して、異性を想うのと同じ恋愛感情があると自覚したかは、分からない。

 でも本人にとって恋愛は、常に複雑で…
 どんな風に感情表していいのか、分からないまま…

 迷っている最中に両親、特に父親の醜態を目の辺りにした。

 恋愛に奥手と言うか、良い感情を持てないまま恋愛をしてきたとしても、間違いではないのかも知れない。



 
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