銀のリボンを結んで

吉岡果音

文字の大きさ
上 下
6 / 21
ギフト

危険な仕事

しおりを挟む
「ん!? 空間を、超え!?」


「はい。ここは凛子さんの暮らす世界とは別の空間、異世界です」


「えええ!?」


「ここは色々と、だいぶ違うでしょう?」


 にっこりと微笑むミルゼ。


 ――ま、まさかそんな非現実的な!


 しかし、すでにすべてが非現実的だった。非現実的な事柄ばかりの世界では、非現実的なことを認めることが逆に現実的なのかも――。凛子はとりあえず、ここではありえないことを受け入れるほうが自然なんだ、そう考えることにした。


「そ、そっか……。だからありえないことばかりなんだ……。そうだよね。景色も全然違うし、夢の中の人と話をしているなんてあるわけないし、角の生えた人間だっているわけないもの」


 いったん認めてしまえば、案外楽だった。凛子は、これでは学校に遅刻したって仕方ないや、異世界に行ってたというのなら、先生も親も私の良心も、ついでに無遅刻無欠席だった私のプライドだって、まあそういうことならしょうがないよねって許せるだろう、とわけのわからない納得までしていた。

 凛子はレモングラスの香りのするお茶を飲んでみた。すっきりとした中にほのかに感じる甘さ。ちょうど凛子の好みに合っていた。


「……それで、いったいどういう契約なの? どうして私はすっかり忘れてしまっているの? 本当に、私は契約に承諾していたの?」


「ええ。もちろん、凛子さんは承諾してくださいました。忘れているのは、契約を交わした部屋が、こちら側とあちら側の二つの空間の間の不安定な場所だったから、空間移動が初めての凛子さんには負荷がかかってしまったためでしょう」


 ――二つの空間の間の不安定な場所……ああ。あの大きな窓から月が見える部屋――。


「……仕事の内容は?」


 ミルゼは辺りを見回す。近くに人がいないのを確認する。それから力強い瞳で凛子を見つめた。そして一呼吸置き――、ゆっくりと口を開いた。


「……ざっくばらんに申し上げますと――、キノコ採りです」


「えっ!?」


 凛子はまた椅子から落ちそうになった。


「キノコ採りとは山に自生しているキノコを採取してくることです」


「キノコ採りの意味はわかるわよ!? なんで、なんで私がキノコ採り!?」


 わざわざ異世界というわけのわからないところに連れてこられた理由がキノコ採り――籠をしょって山に登っておいしいキノコを採ってくる――どう考えても凛子の将来の夢ややりたいことと結び付くとは思えない。ありえないにも程がある、と凛子は思った。そして今ミルゼはなんのために周囲を気にしたのだろう、と凛子は疑問に思う。別に人に聞かれてまずい話でもあるまいに――。


「とても難しいのです」


「えっ?」


「このキノコ採りは」


「難しいって……?」


 険しい山なのだろうか、それとも毒キノコと判別が困難ということなのだろうか――。凛子は首をかしげる。


「……ドラゴンがいます」


「ど、どらごん!?」


 意外なミルゼの言葉に凛子は絶句した――、神話や物語に出てくる、あのドラゴン!?


「ドラゴンは、時折村や町まで来て人を襲います」


「そっ! そんな危険な……!」


「いずれは誰かが退治しなければなりません。そして月や星の運行を読み解くと、ちょうどここ一週間がドラゴンの脱皮の時期、活動が鈍っているチャンスの時期なんです。キノコ採りの、千載一遇の好機なのです」


「だからといって、どうして……」


「私たちが採取しようとしているキノコは大変貴重な薬となる高価なキノコです。ですがそのキノコが自生している場所はドラゴンの住処になっているのです――。というより、そのキノコはドラゴンの呼気を好んで養分としているので、ドラゴンがいる場所にキノコが繁殖しているのですが――。だからこれは大変困難な仕事です」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 まず、ドラゴン、というのがいただけない。いくら異世界だって、そんなものが存在するなんて! そしてなんでまたそんな恐ろしい仕事に私が抜擢されるのかも意味がわからない――、凛子はおおいに抗議したい気分だった。


「我々は、凛子さんの力を必要としているのです」


「私の力?」


 凛子はとりあえずなんでもソツなく器用にこなせてしまえるほうだった。しかしとりたてて目立った特技や人より秀でた能力はないと自分では思っている。しかも、キノコ採りやドラゴン退治の適正、もしくはドラゴンの目をかすめてキノコを採る才能――そんな適正や才能が果たして世の中に存在するのだろうか――があるとは到底思えない。


 ――私になんの力があるというの? まさか怪力だとかすごい戦いができるとか思ってるんじゃないでしょうね!?


「凛子さんは、おそらくご自分ではわからないと思いますが、我々にはない大変優れた力をお持ちです」


「いったい私にどんな力があるっていうの? それから……、さっきから言ってる、我々って誰のこと?」


「凛子さんの優れた力――。それは冷静に本質を見極めようとする目です」


「え?」


 ――本質を見極めようとする目……?


「我々と申しましたのは、この仕事の仲間のことです。私と凛子さんのほかにあと二人が加わります。あとの二人はこれから待ち合わせ場所で合流することになっています」


「あと二人、ということは……四人で行くんだ」


「はい。まだ少し待ち合わせの時間には余裕があります。とりあえず、食べましょう」


 言い終わる前に、すでにミルゼは色鮮やかな何種類ものフルーツが入っている、透き通ったゼリーを口にしていた。


「……とっても危険なんでしょう?」


「はい」


「『はい』って……! そんな!」


「でも大丈夫です。あとの二人に会ったらわかります。二人は大変優秀なファイターです」


「ファイターって……!」


 ――ゲームやファンタジーの物語のように、ドラゴンを退治する気なの? そういえば、街中で武装して歩いている人を見かけたっけ。あんな感じなのかな……。ゲームや架空の話だったら、私だってちょっぴりわくわくする。しかし、現実にそんな恐ろしいこと、とんでもないことに私が関わるはめになるなんて――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

職業・「観客」ゥ!?

花山オリヴィエ
ファンタジー
主人公「イツキ」はマンガやアニメ、小説などみることが大好き。ある日、舞台を見ている最中の事故で異世界へ。そこはファンタジーの世界で、与えられた職業は戦士でも魔法使いでもなく「観客」ゥ!? 実際に生きていくのは大変で…… でも気のいい仲間と共に生活すると、幻想の動物や魔物、剣と魔法の世界で、見るものは新しく、食べるものは美味極まりない! そして見ているだけですべてが完結って本当ですか!?  注意)本作では主人公のチートスキルによる無双は登場しません。 第1部完了。 物語はまだ続きます。 鋭意執筆中で御座います。 ◆皆様からのご支援を頂き感謝しております。◆ いいね や エール機能は非常に有難く、モチベーションの向上につながります。 誤字脱字や指摘に関しては近況ボード等でご指摘いただけますと幸いです。

処理中です...