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願い

密かな願い

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「なんとか……、終わりましたね」


 朝日が差し込むユイの部屋。ユイに包帯を巻いてもらいながら、シュウは静かに微笑んだ。やはり、夢の中の怪我は現実の肉体にも同じ傷を負わせるのだ。


「痛いよね。ほんとに、ほんとにごめんね」


 ユイは涙ぐんでいた。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「そんな、謝らないでください! たいした怪我じゃないですよ。私の方こそすみません。綺麗な部屋を血で汚してしまって……」


 ベッドにもフローリングの床にも血が飛び散っていた。結構な出血量となっていた。


「そんなことよりシュウの傷だよ! 病院、行かなくて本当にいいの?」


「大丈夫です。それより、ユイさんは大丈夫ですか? 怖かったでしょう?」


 恐ろしい体験をさせてしまった、シュウはユイの心の傷が心配だった。


「平気だよ。ありがとう……」


 お互いがお互いを思いやる。異なる魂、異なる心で同じときに同じことを考えていた。


 ――私のことなんかより、自分自身のことを考えてあげればいいのに――。


 シュウはユイの瞳をまっすぐ見る。ユイの心の状態をつぶさに捉えようとしていた――心配するような翳りはないようだ――包み込むような深い青で、ユイを見つめる。


「……それにしても、びっくりしました。素晴らしい銃の腕前ですね」


「……実はあのとき、胴体を狙ったんだけど」


「言わなきゃわかんないのに!」


 思わず笑い合う。ユイの顔に笑顔が戻ったのを見て、シュウは安堵した。

 一呼吸おいてシュウは言葉を続ける。


「ユイさんに助けられてしまいましたね。プロとして面目ないです。報酬は、おいしいごはんもたくさんご馳走になってしまいましたし、服までプレゼントしていただきましたし、もうしっかり充分すぎる程いただきました。それに、申し訳ないことに部屋まで汚してしまって……。本当に、もう必要ないですよ」


 ――終わった、のか。……もうこれからシュウと私は会うことも話すこともなくなる、のかな……。


「充分すぎるなんて、そんなことないよ! こんな傷まで負わせてしまって……。私、もっとちゃんとお礼がしたいよ!」


 包帯の端を結び終えたが、ユイはそのままの至近距離でシュウの瞳を見つめる。


 ――やっぱり綺麗な青だな、でもシュウの茶色がかった、あたたかく優しい黒の瞳も好きだ。


「まだ給料日にならないし、お金はないんだけど……。その代わり……」


 ユイは迷う――。今思っていることを言おうか言うまいか。


 ――でも今しかない。たぶん言えるのは。自分はこれから変なことをシュウに言おうとしてる。しかしここは勢いだ! 構うもんか! 言ってしまえ! 理性や常識が自分の心を支配するその前に。


「……その代わり……。その代わり、私、シュウの彼女になってあげるよ!」


 ほんとは丁寧に伝えたいとても大切な気持ちなんだけど――シュウの反応が怖くて、わざと明るく冗談とも取れる言い方をした――このままこのひととの縁が無くなってしまうのは、嫌だ。

 言葉にしてから、はたと気付く。


 ――あっ! 「自分がいい女だと思ってる発言」みたいに受け取られたらどうしよう!


 大慌てでユイは一言付け足そうとした。


「あのっ! 全然! 全っ然、私はいい女でもないし、大した者じゃないんだけど! でも、ええと、私、料理とかお菓子作りとか大好きだし……、あと、なにかと楽しいと思うんだ! うん! だからつまりその……、結構、お得だと思うよ! お得!」


 ――目茶苦茶だ。ただただ墓穴を掘っているような気がする――。


 ふとユイは思った。「今度飲みに行こうよ」とか「連絡先を教えて」でもよかったのではないか――焦らなくても、とりあえず次につながればよかったのでは――後の祭りだった。

 おそるおそる、シュウの瞳をのぞきこむ。青の瞳は一層濃く深い色合いになっていた。


「……この仕事は、自分から声をかけたりしない、依頼によって請け負う仕事だとお話ししましたが……」


 話を逸らされた、とユイは思った――。やっぱりだめだよね、そりゃそうか。


「……ユイさんに声をかけたのは、あのとき夜の街でユイさんを偶然見かけて、その魂の輝きに惹きつけられたからです。ユイさんの魂に、その美しい光に、強く強く惹きつけられたからです。時間が止まりました。……こんなことは、初めてです。それから、ユメクイの存在に気がつきました。貴女を助けたいと思いました。でもそれは、正義感や使命感などではなく、ごく個人的な感情、完全に私情です」


 ――え。それって、もしかして私のことを――。


 シュウの言葉のひとつひとつが、あたたかい紅茶にゆっくりと溶けていく角砂糖のように、ユイの心の奥まで優しく染み込み広がっていく。


「……俺は、」


 ――へえ! そうなんだ! シュウは自分のことふだんは「俺」って言うんだ!


 ユイはなんだか新鮮な驚きを感じていた。


「俺は、見た目のせいかよく人から子どもみたいに見られるみたいだけど、女性に対してはきちんとリードをとりたいほうなんです」


 ――そうなの!? なんだか意外! いや意外性に驚いている場合じゃなく、ええと、今シュウが言おうとしていること、私がこの場面で理解すべきことは……、それはつまり……。


 ユイの胸が高鳴る。


「報酬の代わり、なんて言い方は嫌です。俺はユイが好きです。俺はユイが好きなんです。俺と、つき合ってください。俺の彼女になってください。これは、俺の思いであり、俺の願いです」


 カーテンから差し込む日差しがあたたかい――これからも、シュウは危険な目に遭いながら様々な魔獣を退治していくのだろう。ユメクイ退治の仕事も、もしかしたらあるのかもしれない。そして、もしその依頼者が女性だったら。やはりシュウは、幾晩もその女性の手を握るのだろうか――明るい朝日にきらきらと瞳を輝かせながら、それだけはカンベンしてほしい、そう密かに願うユイだった。
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