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第二部・スノーフレークを探して
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お好み焼きは昼ということもあって混み合っていたが、広島風の焼きそばを挟んだお好み焼きはボリュームがあって美味しかった。甘口のソースで口の端を汚し、何度もぬぐいながら熱々のうちに食べ終わった。
「あー、ビール飲みたかったなあ」
そういう彼女に、
「また来ればいいじゃないですか。もう場所も覚えたんですし」
満陽が言うと、
「もう簡単には来れないわ。これから職業体験して、大学も卒業して、そしたら時間なんてなくなるから」
顔を曇らせた。彼には取り繕う言葉が見つからない。
「さ、行きましょ」
どこへ行くのかも分からない車へ乗り込み、無言のふたりを乗せて銀の車が走り出した――。
どこへ向かっているのかは満陽に分からない。それは美子しだいだ。
「あの、本の作者の名前。ナユキさんの名前に似てましたね」
彼女はそれには答えない。
「いい天気ね。海辺でコーラでも飲まない? ビールは我慢するから」
彼の答えを待たず、彼女は南へとハンドルを切った――。
「あー、来てよかった」
それは図書館のことなのか海辺のことなのか満陽には分からない。磯の香りのする海辺の駐車場に車を止め、彼女は歩き始める。
「小説の夏雪さんってね、すぐに光晴君にコーラを買ってあげるの。子供扱いしてるのね」
何かが吹っ切れたように笑っている。なのに彼は言いようのない淋しさを感じていた。笑顔が空回りしているのだ。
駐車場へ車を止めて向かったのは港の端、向かいの島とクレーンの列が見える殺風景な場所だった。
「向島って言うんだって。この辺の島ってあちこちで橋が架かって繋がってるの。でもね、小説の舞台の古島っていう架空の島は、本当に本土と隔離された船で行くしかない孤島なのよ。人口は四千何百人。そんなとこに住んだら、人間ってどうなるのかしらね」
彼女はひたすら海を見ている。口にした小さな孤島へと憧れるように。
「僕も、読んでみたかったです。その小説」
コーラをひと口飲んで何気なく言うと、軽く驚く言葉が彼女から返った。
「いいわよ。いくらでも見せてあげる。煙草、吸ってもいいわよね」
言うとすぐにバッグから煙草を出した。そして、そのついでのように一冊の本を取り出した。それは間違いなく彼も目にしたばかりの『眠れる夏のスノーフレーク』だった。思わず口をついて出たのは、
「取ってきたんですか!」
隠さない正直な言葉だった。が、彼女は島影を見つめたまま薄らと笑い、
「違うの。ウチにね、何十冊もあるの」
煙草に火をつけた。白い煙が風にあおられてどこかへ飛んでゆく。
「どういうことですか?」
満陽にはそれしか訊ねられない。理解ができなかった。
「米澤由美子は、私のペンネーム。あれ、私が書いたのよ。ミツハ君の彼女の話は作り話だけど、私のはホントのウソ。救いようがないのよ」
自嘲気味にうつむく彼女は、それでも笑っている。
「でも書いたって――すごいじゃないですか」
「すごくないの。自費出版なの。誰でもできるのよ」
「けど……だったらどうして……」
「言ったでしょ、瀬戸内の小島が舞台だって。私ね、来たことないのに想像で書いたのよ。ネットで調べまくってね。でも、それじゃ申し訳ない気がしたの。見もせずに書いた自分の小説に申し訳が立たなくて。だからこの町に、一冊でもいいから私の生きてる証明みたいに作品を置いていきたかったの。もちろん蔵書じゃないから見つかれば処分されるに決まってるわ。でも、見つかるまででいいからそっと、そこへ置いておきたかった。それだけのことだったの。でも悪いわね、こんなウソにつき合わせちゃって。だからキミのことはホントに送り届けるわ。私もやりたいことは終わったんだし」
満陽は言葉のひとつひとつに納得はできなかったが、頷いた。それだけが持てる限りの優しさなのではないかと思えたからだ。
「あの、今夜、車中泊させてもらってもいいですか――」
「あー、ビール飲みたかったなあ」
そういう彼女に、
「また来ればいいじゃないですか。もう場所も覚えたんですし」
満陽が言うと、
「もう簡単には来れないわ。これから職業体験して、大学も卒業して、そしたら時間なんてなくなるから」
顔を曇らせた。彼には取り繕う言葉が見つからない。
「さ、行きましょ」
どこへ行くのかも分からない車へ乗り込み、無言のふたりを乗せて銀の車が走り出した――。
どこへ向かっているのかは満陽に分からない。それは美子しだいだ。
「あの、本の作者の名前。ナユキさんの名前に似てましたね」
彼女はそれには答えない。
「いい天気ね。海辺でコーラでも飲まない? ビールは我慢するから」
彼の答えを待たず、彼女は南へとハンドルを切った――。
「あー、来てよかった」
それは図書館のことなのか海辺のことなのか満陽には分からない。磯の香りのする海辺の駐車場に車を止め、彼女は歩き始める。
「小説の夏雪さんってね、すぐに光晴君にコーラを買ってあげるの。子供扱いしてるのね」
何かが吹っ切れたように笑っている。なのに彼は言いようのない淋しさを感じていた。笑顔が空回りしているのだ。
駐車場へ車を止めて向かったのは港の端、向かいの島とクレーンの列が見える殺風景な場所だった。
「向島って言うんだって。この辺の島ってあちこちで橋が架かって繋がってるの。でもね、小説の舞台の古島っていう架空の島は、本当に本土と隔離された船で行くしかない孤島なのよ。人口は四千何百人。そんなとこに住んだら、人間ってどうなるのかしらね」
彼女はひたすら海を見ている。口にした小さな孤島へと憧れるように。
「僕も、読んでみたかったです。その小説」
コーラをひと口飲んで何気なく言うと、軽く驚く言葉が彼女から返った。
「いいわよ。いくらでも見せてあげる。煙草、吸ってもいいわよね」
言うとすぐにバッグから煙草を出した。そして、そのついでのように一冊の本を取り出した。それは間違いなく彼も目にしたばかりの『眠れる夏のスノーフレーク』だった。思わず口をついて出たのは、
「取ってきたんですか!」
隠さない正直な言葉だった。が、彼女は島影を見つめたまま薄らと笑い、
「違うの。ウチにね、何十冊もあるの」
煙草に火をつけた。白い煙が風にあおられてどこかへ飛んでゆく。
「どういうことですか?」
満陽にはそれしか訊ねられない。理解ができなかった。
「米澤由美子は、私のペンネーム。あれ、私が書いたのよ。ミツハ君の彼女の話は作り話だけど、私のはホントのウソ。救いようがないのよ」
自嘲気味にうつむく彼女は、それでも笑っている。
「でも書いたって――すごいじゃないですか」
「すごくないの。自費出版なの。誰でもできるのよ」
「けど……だったらどうして……」
「言ったでしょ、瀬戸内の小島が舞台だって。私ね、来たことないのに想像で書いたのよ。ネットで調べまくってね。でも、それじゃ申し訳ない気がしたの。見もせずに書いた自分の小説に申し訳が立たなくて。だからこの町に、一冊でもいいから私の生きてる証明みたいに作品を置いていきたかったの。もちろん蔵書じゃないから見つかれば処分されるに決まってるわ。でも、見つかるまででいいからそっと、そこへ置いておきたかった。それだけのことだったの。でも悪いわね、こんなウソにつき合わせちゃって。だからキミのことはホントに送り届けるわ。私もやりたいことは終わったんだし」
満陽は言葉のひとつひとつに納得はできなかったが、頷いた。それだけが持てる限りの優しさなのではないかと思えたからだ。
「あの、今夜、車中泊させてもらってもいいですか――」
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