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第二部・スノーフレークを探して

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「いやー、大満足。写真以上だった。あんな新鮮なマグロ食べたことないわ。悔いが残るのはご飯が多くて食べきれなかったことね。いつもなら平気な量だったのに」

 彼女はそれからまた入浴へ向かい、満陽はリクライニングルームで休んだ。三時間、ぐっすりと眠った。スマホの電源は切っていた。安心感と不安の交錯する行為だった。

 そんな中、また肩を揺するのは彼女だ。

「どう? ゆっくり休んだ?」

 右頬をかきながら上半身を起こし、

「あの、はい。今、何時ですか?」

「八時。まだ二時間あるけど。もう一回お風呂入っとく?」

「いや、もういいですけど。ナユキさんはどうするんですか」

 彼女はスマホを眺めて、

「今夜のね、宿泊場所を考えてるんだけど。お酒も抜けたし、いい方法思いついたから準備できたら行こうかなって」

「僕は大丈夫です。準備します」

「ゆっくりでいいからね」

 ロッカーへ行き、新しい下着とTシャツに着替えて変わり映えのないジーンズに履き替えた。千四百円。残金は千六百円。不安というより絶望的な手持ちだった。

 一階へ下りると美子があちこち写真を撮っていた。

「じゃあ精算しましょう」

 彼女はカウンターへタオルと鍵を返して料金を払っている。隣で同じように千円札を二枚出しつつも、最後の最後まで、

(もしかしてここも彼女が払ってくれはしまいか――)

 そう思っていた自分を心から恥じた。見ず知らずの子供の我がままにつき合ってここまで車で運んで来てくれた恩人に対して思うことではなかった。

「荷物乗っけた? じゃあ一号線戻るわねえ。それにしても期待以上だったわ黒崎温泉。帰ったら友達に自慢しなきゃ」

「あの、ナユキさん……」

「ん? 何か忘れ物?」

「いえ、ごちそうさまでした」

 もういいと、満陽は覚悟を決めた。この夜が明けたら彼女とは別れようと。楽しい話もできない、食事はおごってもらう、これ以上世話になるのはいくらなんでも甘えだと自分を叱責した。

 車は夜の一号線を走る。

「富士山、ライトアップとかしないかしら――」

 ラジオのノイズに紛れて彼女が冗談でもなさそうに呟いた。

「ミツハ君は、広島の先はまだまだ西へ向かうの? 帰り、どんどん大変になるわよ。あーそうだ。お盆の帰省ラッシュ辺りに乗っかれば上手く戻れるかも知れないわね」

 今が言う時だ。そう彼は考える。もうすでに帰りたい気分になっていると。これ以上西へ向かうと二度と戻れない気がするのだ。茅ヶ崎の国道でヒッチハイクボードを持って二時間。あれだけが自分の最初で最後の勇気だったと。他人のブログやサイトを眺めて夢想したのと違う無力感、彼はほんの二、三十分で車は止まってくれるものだと思っていたのだ。他人の優しさにつけ込んだこの行為が自分には決して向いていないと確信した。が、その時――。

「今の時期は18切符あるもんね。格安チケットのお店に行けばたぶん五千円で二回分とか買えると思うし。寝袋まであるんだから平気だよね」

 そうですね、としか返せなかった。

 ナユキが入ったのは、真っ暗な国道に建つ一軒のコンビニだった。大きなトラックが二台止まっているが、それでも悠々とした広さの駐車場が併設されていた。

「ミツハ君、飲み物いる? 今日はここで車中泊するから。トイレもあるし」

「ここですか? いいんですか」

「うん、そう。最終手段はあるから」

 言うと彼女は店内へ入り、迷わず缶ビールをカゴに放りこんだ。

「ミツハ君はまたコーラ? ここは私が出すから気にしないで」

「でもナユキさん、お酒はダメなんじゃないですか」

 保身と共に訊ねた。

「いいのよ。動かないんだし」

 車へ戻ると軽快な音を立てて彼女が缶ビールを開けた。

「うわ、飛び出た。それじゃミツハ君、コーラで乾杯」

 満陽はキャップをひねって助手席でそれをひと口飲む。

「でも、コンビニってあんまりよくないんじゃないですか。車動かせって言われたら――」

 すると彼女は得意満面に言い返す。

「だから飲んでるのよ。そしたら動こうにも動けないじゃない。ね? 既成事実。それくらいやらなきゃ女の一人旅はできないの」

 また缶ビールを傾ける。満陽はこういう時こそ楽しい話を、と思いつくままに話し始めた。
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