都会ノ暮ラシ

テヅカミ ユーキ

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第一部「都会の暮らし」

24・鍋内尋生(なべうちひろき)

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【この回より視点が大きく変わります。混乱なきようお願いします】




 晩酌方々夜のニュースを見ているとそのニュースは飛び込んできた。広島のとある町で起きた男女心中未遂事件だった。女は死亡が確認され、男は意識不明の重体だという。尋生にとって重要だったのは、その男の名前だった。


 ――三木祐亮。


 それは東京で僅かな寝床と希望を分け与えてくれた友人の名前だったからだ。

 俺は今、帰省真っただ中だった。といっても普通の帰省ではない。十年分の不義理を家族へ詫び、そして出直すための里帰りだったのだ。

 母はボソボソと呟きながら米を口へ運ぶ。五年前に父が蒸発してから変わったと弟は言う。

 ――「とにかく兄ちゃんには母さんば頼むけん」

 あの頃より逞しくなった声が電話先で無骨に話した。

(それにしても三木祐亮……)

 最後に会ったのはいつだろう。俺がイラストレーターを目指すと上京していた八年前だ。あの、惨めで行き場もなかった夜のことだ。

 俺は転がり込んでいた女の部屋を予告も無く突然追い出され、バッグを抱え、黒いごみ袋いっぱいの荷物を抱えて都会をさまよっていた。女はデザイナー志望だったが、少しばかり俺の金回りが悪くなるとすぐに見切りをつけた。女どころか友人と思っていた男友達も手のひらを返した。しょせん、親のすねをかじって生きている連中だった。淋しさから知り合いになったような連中ばかりだった。


 そんな恨み言を抱え、夜の道玄坂を下り、怪しい呼び込みがうろつく自販機の前で疲れ果てて座り込んでいた。どうとでもなれと思っていた三月末の、まだ寒い夜だった。白いダウンコートは汚れが目立ち、都会に身を紛らわせるには両手のゴミ袋が浮いていた。


 そこへ男は現れた。

 夜の街を悠々と歩き回り、呼び込みに気安く話しかけて、その男はギターを抱えて道向かいに座った。プライドだけ高く揉め事を嫌う根性のないストリートミュージシャンが、まさかこんな所にもいた。それがまず驚きだった。

 男は目深に被ったキャップで顔は見えなかった。ただ、背格好から歳は同じくらいだろうと読んでいた。やがてその男が、ギターを出した。知っているギターだ。ギブソンのハミングバードモデル。高価なギターだ。やはりこいつも親のすねかじりかと思ったその時、声はいきなり響いた。瞬間、ここがどこなのか分からなくなった。聞き覚えどころか、十数年来の親友の声だったのだ。

 男の名前は三木祐亮。中学からの同級生だった。高卒で路上ミュージシャンを始め、地元のテレビ曲が取材に訪れるような男だった。夢を体現するということを大学に在学中の俺に教えてくれた男だ。

 一時間が経ち、二時間が経ち、彼は俺に気づいていない様子だった。声をかけたい。かといってこの恰好で合わす顔がない。後ろ髪を引かれながらくたびれた足で立ち上がった時、

 ――「お兄さん、一緒に飲まない? 今日はお蔭でいい感じだったんだ」

 荷物を落として走り寄った俺に、彼はようやく俺と気づいた。気づかずに誘ったのだ。


 場末の居酒屋でコップ酒を空け、言いたいことなら山ほどあった。弱音の数々だ。しかし祐亮はそのひとつひとつを親身になって聞いてくれた。

 ――「分かるさ。夢ってのは身の回りの大事なもんを傷つけていくんだ。俺もそうだ」

 その言葉に救われ、千鳥足で辿り着いたのは近所の雑居ビルだった。周囲は怪しいホテルばかりだ。ゴミの溢れた階段を上がっていくと廊下にホームレスが転がり、しかし彼らは身動きひとつしなかった。
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