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第一部「都会の暮らし」
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家へ帰ると紗恵からの着信に気づいた。気乗りしなかったが電話を入れる。と、
『遥香さん、彼のこと教えてって言ってるじゃないですか。今日も無駄足だったんですよ』
不服を隠さず話す彼女に、
「私だって全部知ってる訳じゃないの。三木さんは旅人だし。明日仕事だから……切るね」
生まれて初めて電話を自分から切った。そのしわ寄せはどこで起こるだろう。彼女は決して友達ではない。職場の同僚だっただけの女の子だ。そう言い聞かせて布団へ潜ることにした。ひげGがそう遠くはないと言った呉から帰って来るのを待てばいい。今夜はとにかくメールを送ってそれで寝よう。
翌朝、テレビの横のサボテンに声をかけて家を出た。いつもの時間のいつものバス。乗っている客は半分以上顔馴染みだ。それ以外はマリーナスポットに向かうお客さんだ。
愛があれば、お金があれば、なんて素敵な都会の暮らし。いつか三木に唄って欲しいその歌を遥香は心で口ずさみ、バスを降りてシャッターを開けに行く。
八月前のマリーナスポットは夏休みの客で若さに溢れている。手にしては置き、置いては手にする雑貨屋の客は三分の二が何も買わずに帰る。それを定期的に置き直し、そしてレジへ向かった客の対応に追われる。
一方、三木祐亮は電車に揺られていた。呉のレンガ通りで段ボールを敷いて眠っていると、警官が通りかかって起こされた。その起こされ方も丁寧で、
「危ないですから気をつけてくださいね」
と、広島の警察にも教えてあげたい柔らかな対応だった。
そんな訳で今は呉線を広島へ向かっている。左に見える波間は、夏を物語っていた。遥香から預かった合鍵を握ると、それだけで頼もしかった。彼女には迷惑をかけたくない。心配もかけられない。その折衷案としての合鍵だった。彼女は俺がこの鍵を持っているだけで安心するのだと。
駅へ着き、すでに慣れた通りを日陰を探しながら歩き、コンビニへ立ち寄り、彼女のアパートへ向かう。昨日の酔いはすっかり抜けて、辿りついたらシャワーを借りてビールを一本飲もう。その程度に考えていた。
『遥香さん、彼のこと教えてって言ってるじゃないですか。今日も無駄足だったんですよ』
不服を隠さず話す彼女に、
「私だって全部知ってる訳じゃないの。三木さんは旅人だし。明日仕事だから……切るね」
生まれて初めて電話を自分から切った。そのしわ寄せはどこで起こるだろう。彼女は決して友達ではない。職場の同僚だっただけの女の子だ。そう言い聞かせて布団へ潜ることにした。ひげGがそう遠くはないと言った呉から帰って来るのを待てばいい。今夜はとにかくメールを送ってそれで寝よう。
翌朝、テレビの横のサボテンに声をかけて家を出た。いつもの時間のいつものバス。乗っている客は半分以上顔馴染みだ。それ以外はマリーナスポットに向かうお客さんだ。
愛があれば、お金があれば、なんて素敵な都会の暮らし。いつか三木に唄って欲しいその歌を遥香は心で口ずさみ、バスを降りてシャッターを開けに行く。
八月前のマリーナスポットは夏休みの客で若さに溢れている。手にしては置き、置いては手にする雑貨屋の客は三分の二が何も買わずに帰る。それを定期的に置き直し、そしてレジへ向かった客の対応に追われる。
一方、三木祐亮は電車に揺られていた。呉のレンガ通りで段ボールを敷いて眠っていると、警官が通りかかって起こされた。その起こされ方も丁寧で、
「危ないですから気をつけてくださいね」
と、広島の警察にも教えてあげたい柔らかな対応だった。
そんな訳で今は呉線を広島へ向かっている。左に見える波間は、夏を物語っていた。遥香から預かった合鍵を握ると、それだけで頼もしかった。彼女には迷惑をかけたくない。心配もかけられない。その折衷案としての合鍵だった。彼女は俺がこの鍵を持っているだけで安心するのだと。
駅へ着き、すでに慣れた通りを日陰を探しながら歩き、コンビニへ立ち寄り、彼女のアパートへ向かう。昨日の酔いはすっかり抜けて、辿りついたらシャワーを借りてビールを一本飲もう。その程度に考えていた。
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