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第一部「都会の暮らし」
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「今、ちょっと友達が来てて――」
混乱する彼女に、三木は言った。
「じゃあ、お友達とも仲よくなろうか」
そして荷物を玄関先へ置くと部屋へ向かってしまった。
その時の紗恵の目を、遥香は一生忘れない。化粧崩れした泣き顔を上げ、曇っていた両の目には光が戻った。そしてはにかんで見せ、
「こんばんは」
まるで営業中の声で言った。
遥香は彼に缶ビールを渡す。彼は笑顔でそれを受け取る。意味もない乾杯にしかし紗恵は明るく応え、いつしか笑顔に変わっていた。
彼女は遥香に聞かせた話を再び三木へ繰り返した。しかしもう泣くことはなかった。彼はそれを、軽くあしらい、
「やめちゃえ、やめちゃえ、そんな男。世の中に男はごまんといるぜ」
紗恵も紗恵で、
「ですよねえ。お兄さんみたいな人もいますし」
酔い始めたのか軽口を叩き始めた。そして、そんな光景を見つめるだけの遥香はなぜだか胸を痛めていた。
結局話は零時過ぎても止まらず、皆でコンビニへ買い出しに向かい、三木はウィスキーの大きなボトルを買っていた。
午前二時になり、紗恵がろうそくの炎が消えるように床に崩れた。
「大変な子だな。おそらく向精神薬を飲んでる」
彼は紗恵を見下ろしながら煙草に火をつけた。
「お薬ですか?」
「うん。鬱か、それに準じた症状だ。左手首に躊躇い傷がいくつもあった」
遥香さえ知らなかった事実を、彼は淡々と聞かせてくれた。そういえば仕事中の彼女はいつもリストバンドをしている。
「俺はそろそろ帰るよ。彼女に布団を用意してやりな」
急激な寂しさが遥香を襲う。
「でも三木さん、行くところは?」
「どうにでもなる。大阪帰りに意外と荒稼ぎしてね」
「明日、元安橋は行きますか?」
もっとも気になっていたことを訊ねると、
「橋は分からない。ただ、流川には出るだろう。じゃ、ホントに行くよ。ネットカフェの都合がある」
そうして彼は帰って――それは帰るという行為ではなかったが、ネットカフェへと向かった。
混乱する彼女に、三木は言った。
「じゃあ、お友達とも仲よくなろうか」
そして荷物を玄関先へ置くと部屋へ向かってしまった。
その時の紗恵の目を、遥香は一生忘れない。化粧崩れした泣き顔を上げ、曇っていた両の目には光が戻った。そしてはにかんで見せ、
「こんばんは」
まるで営業中の声で言った。
遥香は彼に缶ビールを渡す。彼は笑顔でそれを受け取る。意味もない乾杯にしかし紗恵は明るく応え、いつしか笑顔に変わっていた。
彼女は遥香に聞かせた話を再び三木へ繰り返した。しかしもう泣くことはなかった。彼はそれを、軽くあしらい、
「やめちゃえ、やめちゃえ、そんな男。世の中に男はごまんといるぜ」
紗恵も紗恵で、
「ですよねえ。お兄さんみたいな人もいますし」
酔い始めたのか軽口を叩き始めた。そして、そんな光景を見つめるだけの遥香はなぜだか胸を痛めていた。
結局話は零時過ぎても止まらず、皆でコンビニへ買い出しに向かい、三木はウィスキーの大きなボトルを買っていた。
午前二時になり、紗恵がろうそくの炎が消えるように床に崩れた。
「大変な子だな。おそらく向精神薬を飲んでる」
彼は紗恵を見下ろしながら煙草に火をつけた。
「お薬ですか?」
「うん。鬱か、それに準じた症状だ。左手首に躊躇い傷がいくつもあった」
遥香さえ知らなかった事実を、彼は淡々と聞かせてくれた。そういえば仕事中の彼女はいつもリストバンドをしている。
「俺はそろそろ帰るよ。彼女に布団を用意してやりな」
急激な寂しさが遥香を襲う。
「でも三木さん、行くところは?」
「どうにでもなる。大阪帰りに意外と荒稼ぎしてね」
「明日、元安橋は行きますか?」
もっとも気になっていたことを訊ねると、
「橋は分からない。ただ、流川には出るだろう。じゃ、ホントに行くよ。ネットカフェの都合がある」
そうして彼は帰って――それは帰るという行為ではなかったが、ネットカフェへと向かった。
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