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第一部「都会の暮らし」
3・ミツキ
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梅雨の只中、休みの日に限って生憎の雨空が続いた。これではシンキチのところへ行けないとつまらない休日ばかり過ごした。そういう時、意味もなく折っているのは折鶴だ。いつか千羽になったら平和公園に飾ってもらえるだろうかと思っている。
シンキチから電話はない。かといってこちらからかけるのもイヤらしい気がした。キッチンでは食卓の彩りを考えて買ったパセリが行き場もなく成長している。今日のメニューはパセリたっぷりのスパゲティーだ。そして毎回それを写真に撮る。見せる相手すらいないのに。
浮かない雨の続く広島の空に、久しぶりに日が差した。明日明後日の連休は久しぶりに平和公園だと決めた。仕事先でも大きな失敗はしなかった。ラッピングペーパーの裏表を間違えただけだった。大きなことといえば、週頭に三浦紗恵という歳下の新しいバイトが入ったことだ。赤茶色の髪を内巻きにした、いかにも都会の可愛い女の子という感じで、これから週末は一緒に仕事ができると思うと嬉しくなった。
広島に来て二十一回目の休日は、朝からカーテンを眩しく照らしていた。お弁当を作って持って行きたい気分だったがその材料がないのであきらめた。帰りはスーパーに寄らなければとも思った。
心地のいい風が吹く午前十時の道を駅前まで歩く。予定があるというのは素敵なものだ。
シンキチへ電話を入れるのもよかったが、いきなり行って驚かせようと子供のような企みを忍ばせていた。実際、彼女はこの街でまだまだ子供だったかも知れない。その無垢な心はやがてひとつの事件を連れてくる。
企みのひとつに缶チューハイがあった。あれを買って行ってシンキチを驚かそう。そう決めた彼女は小さなアーチ橋になった元安橋のアーケード側から彼の赤いトンガリを確かめ、すぐそばの酒屋でチューハイを買った。
「シンキチさん! おはようございます!」
周辺の鳩が飛び立つほどの声で遥香は近づいた。すると、この前と雰囲気が違う。先客がいたのだ。全身真っ黒で、大きな楽器のケースを抱えていた。二人は方や立ち、方や座って談笑していた。
「おーハルちゃん、久しぶり」
遥香が目に入り、シンキチは見覚えのある笑顔を見せて手を振る。
「これ、この前のお返しに買って来たんですけど――」
チューハイを差し出すと、
「マジで! やばっ!」
彼はテンションを一気に上げた。が、
「すみません……お兄さんの分を買ってなくて……」
黒づくめの男は「俺?」と目を見開き、
「俺はこれがあるから大丈夫」
言いつつ紙パックの牛乳を飲んでいた。健康的な人だな、と思ったのは遥香の勘違いで、あとから聞けばお酒だった。
シンキチから電話はない。かといってこちらからかけるのもイヤらしい気がした。キッチンでは食卓の彩りを考えて買ったパセリが行き場もなく成長している。今日のメニューはパセリたっぷりのスパゲティーだ。そして毎回それを写真に撮る。見せる相手すらいないのに。
浮かない雨の続く広島の空に、久しぶりに日が差した。明日明後日の連休は久しぶりに平和公園だと決めた。仕事先でも大きな失敗はしなかった。ラッピングペーパーの裏表を間違えただけだった。大きなことといえば、週頭に三浦紗恵という歳下の新しいバイトが入ったことだ。赤茶色の髪を内巻きにした、いかにも都会の可愛い女の子という感じで、これから週末は一緒に仕事ができると思うと嬉しくなった。
広島に来て二十一回目の休日は、朝からカーテンを眩しく照らしていた。お弁当を作って持って行きたい気分だったがその材料がないのであきらめた。帰りはスーパーに寄らなければとも思った。
心地のいい風が吹く午前十時の道を駅前まで歩く。予定があるというのは素敵なものだ。
シンキチへ電話を入れるのもよかったが、いきなり行って驚かせようと子供のような企みを忍ばせていた。実際、彼女はこの街でまだまだ子供だったかも知れない。その無垢な心はやがてひとつの事件を連れてくる。
企みのひとつに缶チューハイがあった。あれを買って行ってシンキチを驚かそう。そう決めた彼女は小さなアーチ橋になった元安橋のアーケード側から彼の赤いトンガリを確かめ、すぐそばの酒屋でチューハイを買った。
「シンキチさん! おはようございます!」
周辺の鳩が飛び立つほどの声で遥香は近づいた。すると、この前と雰囲気が違う。先客がいたのだ。全身真っ黒で、大きな楽器のケースを抱えていた。二人は方や立ち、方や座って談笑していた。
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「俺はこれがあるから大丈夫」
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