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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第3話 スライムの見た夢(ねがい) その二

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 単調な馬車の揺れに身を任せていると、やがて日が暮れ始めた。
 この世界の交通手段としては、馬の歩みが決して遅いわけではない。
 車や電車や、さらには戦闘機のような速度を誇る白音の銀翼などと比較するから、ついのんびりしてしまうのだ。
 馬は頑張っている。


 辺りが暗くなると一行は馬を止め、手際よくテントの設営を始めた。
 かなり年季の入っていそうなこの世界の野営装備を、皆しっかりと使いこなしている。

「この世界に来て長いんですか?」
「五年くらいになる……かな」

 白音が夕飯の準備を手伝いながら尋ねると、リックはちょっと複雑そうな顔をして答えた。

 漂泊症候群ドリフトシンドローム
 現実世界に居場所がないと感じる人たちのことだ。
 そんな人たちが星石に呼ばれて白音のような魔法少女になる。
 あるいは英雄召喚に喚ばれてこの異世界へとやって来る。
 現世ではそう考えられていた。

 おそらくリックたちもそのようにしてこの世界に来たのだろうから、ある意味自ら望んだ状態ではある。
 しかしやはり故郷へ帰れないという現実に対しては、色々思うところもあるのだろう。


「それより火の側でゆっくりしててくれればいいんだよ? 馬車は寒くなかったかい? 」
「いえ、貸していただいた毛布のおかげで、とても快適でした」

 用意された夕食はすべてこの世界の食材、調味料を使っていたが、現世風に味付けられていた。
 俗に言う『キャンプ飯』という奴だ。
 ご馳走になった白音も素直に美味しいと思った。
 異世界、現世、どちらの記憶も併せ持つ白音にとっても、なるほどと勉強になるような仕上がりになっている。
 はぐれ者なりの、郷愁ノスタルジアを感じるような食事だった。


 白音は食事を楽しみながら、ふとスライムに悪いなと思った。
 結構グルメなようだったので、この美味しいキャンプご飯を食べさせてやれないのが残念だった。
 そしておなかに手を当て、

(いや…………)

と思い直す。
 スライムはおなかの中で料理を味わっているのかもしれない。
 多分、今までもそうだったんじゃないだろうか。
 初めから結構なグルメだったではないか。

 そして白音は、もうひとつの深刻な事実に気づく。

(もしかしてスライムがいなくなったら、その分の栄養が全部自分に回ってくるんじゃあ…………)

 白音は自分のおなかをさすりながら呟いた。

「たくさんお食べ……」

 白音の目の中に、スマイルマークが現れた。
 スライムからの喜びの返信レスだ。

「どうかした?」

 リックがその、白音のちょっとアヤシイ様子を見ていた。

「ああ、いえ、すみません。料理が美味しかったもので…………。ごちそうさまでした」
「ハハ、そうか。口に合ったようで良かったよ。それじゃそろそろ休もうか。明日は早いよ」

 自分のおなかと会話するのはやめておいた方がいいだろう。
 ヤバい奴だと思われかねない。



 夕食の後片付けを終えると、皆さっさとテントに潜り込んで眠る準備を始めてしまった。
 交代で歩哨を立てるらしいが、白音は朝までゆっくり寝ていればいいと言われている。

 この異世界では明かりは貴重なものである。
 燃料を燃やすにしろ、魔法を使うにしろ、電灯が当たり前に存在する現世とは感覚が違う。
 だから普通は暗くなれば眠り、明るくなれば活動を開始するのだ。
 白音にとってはこういうこともやはり久々の感覚だった。

 白音は自分も歩哨に立つと申し出たのだが、リックにお客様はゆっくりしていてくれればいいからと言われてテントに押し込められた。 
 まあ確かに、今の白音は『突然異世界にやって来た普通の女子高生』を装っている。
 いくら魔核を持っているとは言え、熟練の傭兵団がそこらへんの女の子に見張りを任せて眠ることはないだろう。
 白音は諦めて休む事にした。


 魔法少女に変身していないとあまり寒さに対する耐性がない。
 セーラー服のままで眠るには厳しい気温だったので、貸してもらった厚手の毛布が大変有り難かった。
 しかしやはり、スライム毛布の方が寝心地が良すぎて恋しい。
 白音の中で暖かさ一位は『スライムの胎内ブランケット』で、柔らかさ一位は莉美の『もちふわ魔法障壁アメニティバリア』ということになっている。
 この順位はもう一生揺るがないだろう。
 まさか夜中に寝具を想い出して寂しくなるなんて、白音は思ってもみなかった。

「もう子供じゃないんだから……」

 そう独り言をして、白音は借りた毛布に包まれて丸くなった。

 やはり白音は相当に疲れていたらしい。
 仲間を見失ってしまった心労と相俟って、かなり参ってしまっていたようだった。
 横になるなり、あっという間に泥の中に引きずり込まれるようにして眠りに落ちた。
(みんなに会えなかったらどうしよう)などと不安に思う暇すらなかった。


 だが夜半を過ぎた頃、白音は体に異変を感じて飛び起きた。
 体がだるく、異様な倦怠感があった。
 しかもさらに徐々に力が抜けていくようで、どんどん動きが鈍くなり始めている。
 白音は魔法少女としての力を弱体化させる魔法か、儀式か、およそそのようなものの標的にされていると直感した。

『異世界英雄』という奴は前世の白音にとってはただの敵で、ろくでもない奴しかいなかった。
 だからもちろん警戒はしていた。
 そして以前、リンクスから魔法少女の力を封じ込められた事があったので、そのことも頭の隅には置いていた。
 ただしあれは、準備に相当の時間がかかる術式だったはずだ。
 それに少し恥ずかしい話だが、よほど油断していなければかかるようなものではなかった。
 だから仮に仕掛けられたとしても、なんとでもできると考えていた。

 しかし今使われているものはそれとは違う。
 魔力が失われて動けなくなっていく感覚は非常に似ていたが、より効果的に洗練されていて危険度が増しているようだった。

 逃げようとしたのだが、すぐに身動きが取れなくなり、テントの中で俯せに倒れてしまった。
 やがて白音の魔力が完全に枯渇し、何もできなくなる。
 多分頃合いを見計らっていたのだろう。
 白音が動かなくなると、男たちが無遠慮にテントの入り口を引き開けて入ってきた。
 そして無抵抗な白音の体を数人がかりで外へと引きずり出す。

「なに…………するの。や、めて……」

 のこる力を振り絞って何とか抵抗を試みるが、脇腹を思い切り蹴り上げられて仰向けに転がされた。

「ぐふっ…………」


 召喚英雄たる男たちの方は平気で動いている。
 白音だけが力を封じられているらしかった。
 標的を選ぶ事ができるのだろう。
 卑劣な術式に対して何の抵抗もできない白音は、唇を噛んだ。

「いい女じゃないか。こいつはラッキーだな」
「遊ぶだけ遊んでから売り飛ばそうぜ」


 男たちの口調が豹変している。
『英雄』という呼称からはほど遠い振る舞いだった。
 おそらくは戦闘能力自体も、召喚主が期待していた『英雄』には遠く及ばないだろう。

 彼らも召喚儀式に巻き込まれた被害者には違いあるまい。
 違いはあるまいが、この異世界に寄る辺とてなく、授かった魔法の力で身を立てることも叶わず、やさぐれて犯罪者に墜ちたのだろう。
 そしてやがて、同じ境遇の者同士が徒党を組んで犯罪集団となる。

 白音の前世の時代にもそんな奴らはいた。
 嫌というほど見てきている。
 それが今、はぐれ召喚者が大量に生まれる事でより一層増加しているのだろう。

 それに彼らは、召喚英雄の力を封じることのできる何らかの術法を手に入れている。
 おそらく、元々は魔族が人族との戦いに使用するために編み出した儀式的魔術がベースになっている。
 それをもっと洗練、実戦的に進化させた危険な術式だろう。

 そしてこのやり口、相当に手慣れている。
 多分だが召喚されて間もない人間をターゲットにして、身ぐるみを剥ぐなり、奴隷として売り飛ばすなりを常習的に繰り返しているのだろう。
 白音は彼らを到底許せそうになかった。

 自分たちを睨む白音の目に気づき、リックが近づいてきた。

「なんだ、その目は、ああ? 普通はどいつもこんな状況でパニクりやがるのに、お前は肝が据わってるな。召喚に巻き込まれる前から、向こうで既に魔法少女になってやがった口だな? …………危険だ」

 リックはセーラー服の襟から白音の胸に手を突っ込んだ。

「ちょっと……、何するの……。やめ、なさい」

 白音が弱々しく抵抗するがリックは構わず、胸に下げていたネックレスを見つけて引きずり出してきた。
 ペンダントトップを白音の顔に押しつけるようにして、リックがにやりと笑う。

「だが、コイツが無けりゃ、なんもできんだろ?」

 リックはそのままネックレスを引きちぎって地面に投げつけた。
 ペンダントが粉々に砕けてはめ込まれていた桜色の石が飛んでいってしまった。
 リックは白音の事を、星石と魂が融合していない魔法少女だと思っているらしかった。
 確かにそういう魔法少女なら、星石を取り上げられれば魔法の力を借りられずに変身できなくなってしまう。

 しかし白音のそれは、本物の星石ではない。
 本物は既に体内で魂と融合し、白音と一体になっている。
 だからペンダントがなくとも、白音は魔法少女に変身できる。
 いわば変身ペンダントを模したイミテーションなのだが、それは莉美が手作りをして白音にプレゼントしてくれたものだった。
 みんなとお揃いの大事な大事なものなのだ。

 リックは、決して踏んではいけない虎の尾を踏んでしまった。
 白音は、怒りに燃える目で男たちを睨む。

「おー、怖い怖い。まあとりあえず動かなくなるまで、蹴っとくか」

 リックが白音の腹を思い切り踏みつける。
 夕食に食べたものが胃の中から逆流してきた。
 それで白音は、この荒野で飢えて死ぬところだったのを、温かい料理を食べさせてもらえたのだけは感謝しないと、などと妙な事を考えてしまった。

 踏みつける力はやはり尋常のものではない。
 召喚者としての力を得ているのだろう。
 無抵抗に何度もやられては、白音も体がもたないだろう。
 白音を何度も何度も蹴りつけると、やがてリックの方が疲れてしまったらしく少し休んだ。

「お前、ホントにいい女だな。大人しく股開いてりゃ、売り飛ばさずに俺の女にしてやるぜ?」

 リーダーの言葉に、周りの男たちも下卑た笑いを上げる。

 また蹴られるかもしれないが我慢がならず、白音がひと言言ってやろうと口を開いた時、喉の奥から猛烈な吐き気が込み上げてきた。
 何とか顔だけ横に向けて、大量の吐瀉物を吐き出す。

「きったねぇなあ。…………あ? おい、やり過ぎたか? 内蔵蹴破っちまったか? ……死ぬんじゃねぇぞ」
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