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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第47話 星の願いを その三

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 玄野妙音くろのたえねは、四歳の頃大きな地震にあった。七日七夜、瓦礫の下に生き埋めとなったが、両親がその命と引き換えに彼女を守った。
 救出された玄野を『奇跡の生還』ともてはやし、マイクを向ける報道陣に対して彼女が唯一発した言葉は、

「いっしょにしにたい」

だった。

 四歳児のこと故、それは何かの言い間違いと判断され、報道に乗ることは一切無かった。

 その後天涯孤独となった玄野は児童養護施設に引き取られ、育った。
 そして十六歳となった頃、親通と出会う。
 当時の親通は『治験』と称して多額の寄付と引き替えに、児童養護施設から身寄りの無い子供の協力を募集していた。

 いや『協力』というよりは『供出』と言った方が正しいだろう。
 資金難に陥っている養護施設を狙い撃ちして話を持ちかけるのだ。
 白音たちが目にした強引な誘拐よりは、余程リスクが低くて済む。

 しかし玄野のいた施設はこれに対して大いに反発し、事を公にすると騒いだのだが、玄野自らがが治験に協力したいと申し出た。
 誰にも知られずに玄野は施設を去った。

 玄野とて、それがどういうことなのか理解していないわけではなかった。
 およそ人身売買の類いと想像していたのだが、玄野はそれで良かった。
 せめて自分の体がお金に代わり、お世話になった施設の役に立つのなら、十六歳まで生きながらえた意味になると感じたのだ。


 強制的に移植されたものだったとは言え、星石は百人いた子供たちの中でただひとり、玄野とだけは確かに適合していた。
 ただ、星石は初め、玄野が持っていた『死にたい』という願望に随分な戸惑いを覚えたらしい。
 星石には意思が宿るが、生命体が通常に持つそれとは構造がまったく異なる。
 だから『戸惑う』という人間による言語表現が正しいのか、はっきりとは分からない。

 それは、白音にだけ星石が教えてくれたことだ。
 言葉で伝えたのではない。
 そういうイメージが、共通の理解として白音の心の中に流れ込んできたのだ。
 星石は少女を殺すために共に在ることを選んだのではない。
 しかし彼女が、そう願わずにはいられないような人生を歩んできたことも理解できた。

 やがて少女の願いによって顕現した魔法の力は、生死の境をあやふやにしてしまうものだった。
 それは少女が、生きて欲しいという両親の願いと、死にたいという自分の願いの間で揺れ動き、また星石が戸惑い、停滞してしまった結果生まれたものだった。
 死体操作ネクロマンシーの能力を得た少女は、己の自我の暗黒と親通が施した洗脳とで混濁し、半死半生のまま十年以上を駒として使われ続けてきた。

 そして今、星石は希望の光を見ていた。永遠にも等しい年月を巫女として玄野と共に過ごし、今目の前に名字川白音という魔法少女が現れた。
 彼女ならば玄野妙音くろのたえねをこの無間の牢獄から解き放ってくれるのではないかと、願わずにはいられなかった。



「行くよっ、みんなっ!! 三重増幅強化まだ見ぬ頂へ!!」

 白音の体中の毛細血管が破れて、血が噴き出しているのが分かる。
 視野が真っ赤に染まっていく。
 頭がくらくらして意識が飛びそうになるが、これ以外に玄野たちを救う方法はない。

 だが倒れないように堪える必要は無かった。
 莉美が腕を取り、魔力を白音の体に流し込みながら支えてくれている。
 そしてその反対側に佳奈が寄り添って肩を貸してくれる。
 一恵はぎゅうっと両拳を握りしめながらも、不測の事態に備えて周囲を警戒している。
 そらは白音たちや玄野の様子を、努めて冷静にモニターしていた。

 やがて島中の巫女から、常人にも見える魔力のモヤのようなものが立ち上り、次々と玄野に向かって流れ込んでいった。
 巫女たちはこの世との最期のよすがを失い、くずおれていく。


「や、やめろ。来るな。命令だ。来るなあっ!!」

 親通は恐慌に駆られて暴れたが、玄野がその胸に手を触れると、彼は白目をむいて倒れた。
 親通の魂が抜かれたのだと、その場にいた者は感じた。
 そういう能力は今まで見たことがなかったが、それ以外に説明がつきそうに無かった。

 のこる四人の親通が別々の方向に走って逃げ出そうとしたが、橘香が捕獲投網ネットランチャーを発射してその動きを止める。
 玄野は橘香の方をちらりと一瞥だけすると、網に絡め取られてもがいている親通の心臓に順に手を触れていった。

 びくっと一瞬だけ痙攣すると、どれも同じようにすぐ動きが止まる。
 そうやってすべての親通に触れて動かなくすると、コピーだったと思われる四体が消失してオリジナルの親通ひとりだけになった。
 白音たちとは正反対の方向に、真っ先に逃げ出していたものが本物だった。


[島中で、多分コピーの方の巫女が消失しているの]

 全島をモニターしていたそらが教えてくれる。
 既に倒れて動かなくなっていた巫女たちだが、コピーと思われる方が跡形も無く消え失せ、オリジナルのみになっているらしい。

 吐血し、全身からも血を吹き出している白音のことが、魔法少女たちには気がかりだった。
 しかし目の前で起こっていることに理解が追いつかず、ただ白音がやり遂げるのを信じて待つことしかできない。

 むくり。

 抜け殻に、文字どおりの抜け殻になっていた親通が突然起き上がった。

「おいおい!?」
「おお?」

 白音の両脇を支えていた佳奈と莉美が同時に声を上げた。
 全員の視線が解説を求めてそらに集まる。


「親通はもう死んでると思うの。魂っていうものがあるのかどうか分からないけど、ミコ……玄野さんの力でそういうものが持って行かれて、残った体だけが支配下に置かれてる。今までの巫女たちみたいに」
「親通が死んで死体操作ネクロマンシーの支配下に入ったってことなのね……」

 橘香は嘆息してそう言った。
 皮肉なものだと思う。星石を強制移植などしていなかったら、そうはならなかったかも知れない。

 ライフル銃を構えて、いつでも親通を撃てるように準備だけしておく。
 だがその照星フロントサイトの先で親通が分裂した。

「え?!」

 そして次々に分裂して大量のコピー親通が発生する。
 もはや何人いるのか数えられない。
 百体近くいるのではないだろうか。
 橘香はサブマシンガンに持ち替えて白音たちの方を窺う。

「親通、魔法使ってるけど、生きてるの?」

「あははは。忠実な部下が欲しい欲しいって言ってたから自分を増やしてんのか……。アホだな。にしても多すぎない?」

 そう言いながら笑う佳奈に、危機感はまったくなかった。
 事態は異常だったが、所詮は一般人に毛の生えた程度の親通である。
 何人に増えようともなんら脅威ではないのだ。
 むしろ白音が一体何をもたらそうとしているのかということに、佳奈の興味は向いている。

 答える余裕のない白音に変わって、そらが分析してくれる。

「玄野さんの支配下に入ったからまたリーパーの影響を受けてる。リーパーがさっきより強力になってるから、親通の能力もより増強されてる。たくさん分身してるのはそういうことだと思う」

 つまり状況はすべて白音の願いどおりに進んでいる、ということか。
 少し落ち着いて橘香は銃を下ろす。

 だが玄野は、おそらく千尋の力を使って最初の物とは別の、小さめの転移ゲートを開いた。

「な…………?!」

 もしすべてが親通の謀り事だったとしたら、このどこへ続いているとも知れぬ転移ゲートで逃げられてしまうかも知れない。
 橘香は再び銃を構えようとする。
 でも途中でやめた。白音にすべて任せると決めて銃を下ろしたのだから。


「こわっ!! なんかこわっ!!」

 莉美がそんな風に表現する気持ちは理解できた。
 その場の全員が感じていることだった。
 その転移ゲートは明らかに普通のものとは違っていた。
 禍々しい雰囲気を持っていた。

 通常の転移ゲートとは違う、また異世界へのゲートともまったく異なる、どこか別の世界へと繋がっているように思えた。
 一方通行なのであれば、向こうからこちらへ何かがやってくるはずはない。
 そうであるにもかかわらず、誰しもが本能で、その向こうには何か見てはならない世界が待っていると感じてしまっていた。

 そして列をなして大量の親通たちが、フラフラとそのゲートをくぐって行く。
 およそ生きとし生けるものであれば、決してくぐりたいとは思わないようなその門を、無抵抗に粛々と、無感情な瞳で、くぐって行った。


「いや、シュールなんだけど…………」

 佳奈が呟いた。
 こんな強力なリーパーを維持し続けている白音のことが、さすがにそろそろ心配になってくる。
 しかし白音も顔を上げて、親通たちが行進していくその様子をしっかりと見つめていた。
 痛々しく血に染まった瞳で、しっかりと彼の最期を見届けるつもりのようだった。

 親通たちが全員門をくぐり終えると、最後に玄野妙音くろのたえねがその忌まわしい狐の面を自ら外した。
 寂しげだったが、安堵した笑みを微かに浮かべていたと思う。
 彼女は深々と白音たちに向かって頭を下げ、そして門をくぐる。



[ありがとう]

 島にいるすべての魔法少女たちには、そう声が聞こえたような気がした。
 彼女の声か、星石の声か、あるいはその両方か。
 最期に、音も無く門が閉じて消えた。
 その門がどこに繋がっていたのか。それは皆何となく察していて、だから言うのを憚っていた。


「ねえ、玄野さんまで一緒に行くことは無かったんじゃないの? なんであんな男と……」

 莉美が玄野の選択にやるせないものを感じて涙を滲ませている。

「贖罪、なんて軽い言葉じゃ説明しきれないよね。ああする以外なかったんだと思う。私たちには想像もできないような感情」

 血塗れで悪いが、白音は震える手を伸ばすと莉美の頭を撫でた。
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