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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第30話 星に願いを その一

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 もう季節は秋に変わろうとしているが、正午少し過ぎの日差しはやはりまだまだ強い。
 リーダーのいないチーム白音は、白音のスマホの位置データを追って都内を小走りにしていた。
 四人とも汗だくになっている。

 白音のスマホが在ると示されているのは、以前にリンクスから聞いていた彼の住まいとおおよそ近い場所である。
 また、ブルームはギルド長であるリンクスにも緊急事態の連絡を取ろうとしていたが、彼のスマホは電源が落とされているという話だった。

 一恵は白音がリンクスに何かされたと考えているようだった。
 しかし現状でそう判断してしまうのは佳奈、莉美、そらの三人には早計なように感じられた。
 リンクスがスマホを切っているのも、プライベートの際にはよくあることだと聞いている。

 ただ、そらにはひとつだけ懸念材料がある。
 リンクスはそらには触れられないように立ち回っていた節があるのだ。
 そらが触れる、ということは能力を分析されるということである。
 それを避けているように感じた。

 もちろんそらとしても、いきなり理由もなく(チーム白音以外の)他人を鑑定するつもりはなかった。
 不躾だと思うし、能力を知っている者からしたら敵対行為にも受け取れる。
 それにリンクスも何らかの能力者であることは間違いないのだから、あまり手の内を知られないようにするというのも危機管理のうちだろう。

 わざわざそれを表立ててしまうと、殊更リンクスを悪者にしようとしているみたいで黙っていたのだ。
 今更だがどこかのタイミングで無理矢理にでも鑑定しておけば、余計な疑念を抱かずに済んだのかもしれないと思う。

 佳奈が白音に、そらがリンクスに音声通話を発信し続けているが、やはり繋がることはない。
 痴情のもつれか、魔法少女がらみか、異世界がらみか、一恵が何を想定しているのか分からない。
 説明を求めたいところなのだが、一恵には完全に周りが見えなくなっていた。
 転移能力を持つ彼女である。
 必死で追いかけないと消えて、文字どおり消えてひとりで行ってしまいそうだった。

 仮にもし、本当に一恵の危惧が正しかったとしたら、最近の白音では確かに危険かもしれないと佳奈は思う。

「リンクスのことが絡むと、いつもの白音じゃなくなってたしな……」
「ぽーっとしててかわいかったよね」

 一恵の焦りは莉美にだけは伝染していないようだった。チーム白音随一の精神力は伊達ではない。

「おいぃぃっ!」

 思わず佳奈が突っ込んだが、それより振り向いた一恵にものすごい目で睨まれた。
 さすがに莉美にもそれは怖かった。


 やがて、四人の白音センサーがほぼ同時に反応した。
 100メートルほど前方を同じ方向に向かって歩いている。
 隣を歩いているのは多分後ろ姿からしてリンクスだと思われる。

 我知らず莉美も含めてみんな走り出したが、一恵は転移ゲートを出してその100メートルすらも省略しようとした。
 最初に頭に血が上ったのは一恵だったが、ひとまず冷静に状況を観察しようとは思っていた。
 訓練とは言え白音をいたぶる鬼軍曹を見た時に、本当に殺そうと思って飛びかかったことを少しは反省しているのだ。

 ただ、誰も予想していなかったことに、一恵を押しのけて、先に佳奈がそのゲートをくぐってしまった。

「見たことないワンピースっっ!!」

 佳奈の叫びがゲートのあっち側とこっち側で響き合う。

「え? そこ? 切れるとこそこなの?!」

 言いながら莉美も、気持ちは分かるけどね、あたしも見たことない奴だし。と思っていた。
 白音がリンクスの腕に添えていた手を慌てて引っ込めたのも莉美は見逃さない。


「お前っ!、白音に変なことしてないだろうなっ?! 変なこと…………してもいいけど責任取るんだろうなっ?!」
「佳奈、何言うの…………」

 白音にしてみればただ、リンクスとの平和な夕飯の買い物のつもりだった。
 心配事と言えばいつもは大人数の食事の支度しかしたことがないので、作りすぎないように気を付けよう、ということくらいだった。


「し、白音…………ちゃん?」

 一恵が恐る恐る、本当に恐る恐るといった感じで名前を呼んだ。

「ん?」

と白音が少し首を傾けて一恵の方を見る。いつもの白音だった。
 一恵はふーーっと長く息を吐いて、緊張の糸を解いた。
 よくは分からないが、一恵の重大な心配事はどうやら回避されたらしい。

 しかし突然、いつの間にか背後に回り込んでいたそらが白音の胸を掴んだ。
 魔法少女に変身している。
 何故変身? しかも街中で?! と驚いたが、多分洗脳などそっち方面の『ちゃんとした』変なことをされていないかどうか確かめるためなのだろうと皆が理解する。


「白音ちゃん、みんなに身体検査されてるねー。ま、しょうがないよねー」

 家出した猫が帰ってきて、家で待っていた仲間の猫たちに体を嗅ぎ回られているように莉美には見えた。

「や、ちょっ……」

 いつものこととは言え、リンクスの前でやられるのはちょっと恥ずかしい。

「ふふん、相変わらずの理想け………………、」

 満足げな顔で白音の胸を堪能していたそらだが、途中で言い淀んでへたり込んでしまった。
 大きな衝撃を受けた顔のまま、驚愕で表情が凍り付いてしまっている。


「そら? そら?」

 佳奈が駆け寄ってそらを揺するが反応がない。
 魂の抜け殻のようになってしまっている。
 それの意味することはたったひとつだ。
 白音を鑑定したそらが何かに気づいたのだ。
 そらがそこまでのショックを受ける何か…………。
 魔力紋が『なりすまし』と判定されるような変化をもたらす何か…………


「ほんとにお前、何したんだぁ!!!」

 激昂した佳奈がリンクスに掴みかかった。
 それを白音が必死で庇う。かなりの力が込められていた。
 もしリンクスが普通の人間だったなら、こんな力で掴みかかられたら大変なことになるだろう。

「ちょっと、やめてよ佳奈。あんた変身してなくても危ないんだからっ!」


 押し切られそうになって白音は膂力りょりょくに魔力を乗せる。
 するとまだ慣れない偽装が解けてしまった。
 美しい白銀の皮翼としなやかな尻尾、純白の双角が陽光にきらめく。
 佳奈は言葉を失ってしまったが、代わりに莉美が感想を述べる。

「うわお!」

 莉美はどちらかというと楽しそうだったが、佳奈は白音と力比べをしながらどんどん顔から表情が失われていく。


「やばっ、これ誰も止められなく…………」

 そう言いながら一恵は慌てて魔法少女に変身すると、転移ゲートを開けてそこに手を突っ込んだ。
 このままだと佳奈が何をするか分からなかった。

 そして一恵と同様、リンクスも非常にまずい事態になったと考えていた。
 申し開きのしようがない。
 もしかしたら佳奈が事の元凶たる自分を殺すまで収拾が付かないのではないか、とすら感じる。

 だから一恵が変身したのを見て、何か彼女を止める便利な道具でも出してくれるのかと期待してしまった。
 しかし、一恵が向こうの空間を探って何かを掴んでから引き戻すと、ゲートから出てきたのは火浦いつきだった。

 元々タレントのHitoeに憧れてネットアイドルをしていたいつきだが、魔法少女としての一恵と出会ってからは、彼女の舎弟まがいのこともしている。

「なんすか? なんすか? なんなんすか?」

 陽光に目を細め、周囲を見回しながらゲートから引っ張り出されてくる。
 いつきにしてみれば、突然空中に現れた腕に掴まれて異次元に引き込まれたのである。
 恐慌しないはずがない。しかし、

「いつきちゃん、お願い。収拾が付かないの。この場を周囲から隠蔽して」

 この一恵の言葉に反応すると、

「喜んで!」

と何の説明も求めずに間髪を入れず立ち上がった。

 おそらくは部屋着であろうグレー一色の地味なジャージから、ステージ衣装のようにあでやかな橙色のコスチュームに変身した。
 そして幻覚の魔法でこの場の全員を包み込んでいく。

 先ほどから佳奈たちが大きな声を出して目立っていたし、魔法少女の変身や転移ゲートを見た者もいただろう。
 徐々に人が集まり始めていたので、これ以上の騒ぎにはしたくなかったのだ。

 いつきは以前見た時よりも、広範囲で複雑な動きをする幻覚を創れるようになっているようだった。
 周囲の野次馬には、昼間から酔っ払いが喧嘩をしているように見えている。

 一恵は助けを求めるように白音がこちらを時々見ているのを感じて、もはや完全に冷静さを取り戻していた。

「その尻尾は、何…………? 白音、お前悪魔に魂でも売ったのか? その男は悪魔なのか?」

 佳奈は白音に止められてもなお、リンクスへ飛びかかろうとしていた。

「違う。佳奈、お願い説明させて」


 白音が魔族の姿になると力関係は白音に有利になったようだった。
 どうしてもリンクスを締め上げたい佳奈なのだが、そうはさせまいと止める白音に対してなすすべがなく、それでだんだん熱くなってきた。

「いい加減にしろ白音っ! 目を覚ませっ!!」


 佳奈は一旦距離を取ると、とうとう魔法少女に変身した。
 白音がやばっ、と思った時にはもう佳奈は赤い閃光となって白音に突っ込んでいた。
 白音の鳩尾に佳奈の拳がめり込んでいる。

「うぐうぅっ! ぐはあっ!!」

 渾身の一撃で白音の胃の腑がひっくり返るような感触があって、盛大に胃液を吐く。


「ね、姐さん同士のケンカ、パねっす」

 いつきが痛そうに顔をしかめて自分のおなかをさすっている。
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