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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第26話 魔法少女のお誕生会 その二
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佳奈と莉美の夏休みの宿題が、間に合った。
史上初の快挙だった。
清々しい気持ちで新学期を迎えることができたのだが、もちろん大量の衣装製作案件は抱えたままだった。
魔法少女なのにやってもできなかったらどうしよう、などと不安になったりもしたけれど、宿題のノルマから解放された佳奈と莉美が全力で手伝っくれた。
特に能力強化のかかった莉美の衣装製作は見ものだった。
まるで機械化自動生産のような速度でテーラーメーイド品質のコスチュームを量産していく。
五人の団結と少しの魔法のおかげで、ひとまずどうにか衣装の仮縫いを終えることができた。
現在は小物の製作に取りかかっている。
莉美に言わせれば夏休みが一生続けばいいのにということらしいが、それは困る、というのがチーム白音の公式見解である。
今までの人生で一番充実した夏休みであったのは間違いない。
しかしこれが長かったか短かったか、と問われると白音は答えに窮する。
数え切れないほど様々な経験をさせてもらえたのだから間違いなく長かったと思う。
しかしそれと同時に、気がついたら終わっていた、という感覚もある。
まだ魔法少女になる前、新入生の春の季節のまま白音の中では時の歩みが止まり、魔法少女という別の世界の時間を生きているように感じている。
もう秋が近い、ということがどうにも信じられない自分もいるのだ。
集中すると時が止まる、という現象が季節性に遷延したものだろう。
しかしたとえ白音が時の経つのを忘れてしまっていたとしても、佳奈と莉美がすぐに思い出させてくれる。
ふたりにとって宿題に追い立てられる夏の季節が終わることは、同時にもうすぐ白音の誕生日がやってくることを意味している。
時の移ろいこそが、灰色の魔法少女に彩りを与えてくれるのだ。
今年の白音の誕生日、九月二十二日はちょうど土曜日だった。
この日、若葉学園では九月生まれの子たちのお誕生会が開かれる。
チーム白音は全員、敬子先生から直々にこのパーティへの招待を受けていた。
お誕生会は午後からの予定だったが、曙台高校組は土曜休校で朝から若葉学園に来ていた。
ハロウィン用のコスプレ衣装製作がいよいよ佳境に入り、そのサイズ確認をするためだった。
誕生会が始まる前、昼までに全員分の仮縫いコスチュームを試着をさせていく。
ハロウィン用だから本番はもう少し先なのだが、サイズ確認ができる機会は今日をおいて他にない。
すべてのサイズ調整を今日中に完了しなければならなかった。
女の子は結局全員が魔法少女に変身希望だった。
色やデザインはそれぞれの好みがあるが、やはり直前にブームがやって来た影響が大きかった。
男の子たちの希望は結構バラバラで、アニメキャラもいれば妖怪や西洋系のモンスターもいる。
魔法少女になりたい子は残念ながらいなかった。
黎鳳女学院組が午前中の半日授業を終えると、一恵がタクシーよろしく白音とそらを転移魔法で送ってくれた。
申し訳なさ過ぎて白音が何回もお礼を言っていたら、
「下心があってやってるんだから気にしないで」
と言われた。
「余計気になるわよ…………」
もちろん、お誕生会での出し物の準備も万端整えている。
こちらはくたばりかけていた佳奈と莉美をそれ以上煩わさないよう、白音、そら、一恵の三人でほぼ用意したものだ。
事前に弟妹たちに「何して欲しい?」と聞いたら「変身して欲しい」と言われてしまった。
身も蓋もない。
さすがに変身してリアルキャラクターショー、というわけにはいかないだろう。
みんな忙しいのにいっぱい引き受けてくれて有り難いけどお人好しだなぁと、白音は何かを棚に上げてそう思っていた。
この日、白音は十七歳になる。
学園には多目的に使える遊戯室があり、子供たちが集まるようなイベントごとはいつもここで行われる。
一段ほど高くなっている演壇が備え付けられており、白音たちはここで演じる紙人形劇を用意してきていた。
シナリオは白音が自作したもので、紙人形の魔法少女たちが活躍する話だ。
ストーリーはそんなに複雑なものではなく、悪い奴らを魔法少女たちが力を合わせて成敗するという勧善懲悪ものになっている。
ただこっそりと、悪の幹部が改心して魔法少女と共に戦ってくれたり、仮面の紳士が主人公のピンチを救ってくれたりと、白音の趣味は忍ばせてある。
若葉学園は年齢層が幅広い。だからストーリーは誰にでも楽しんでもらえるよう、かなり低めの年齢をターゲットにして創ってある。
しかしそれで年長の子供が退屈をするということはない。
むしろこういう出し物の時、彼らは演者と一緒になって場を盛り上げ、小さな子たちを楽しませようとしてくれる。
白音はその一体感が大好きだった。
台本を読み込んでもらうような時間は無かったので、皆ぶっつけ本番で演じることになる。
複数の登場人物を銘々に担当してもらうのだが、白音はメインとなる魔法少女のキャラクター造形はチーム白音を参考にしている。
そのせいで、皆自分の分身のような魔法少女を演じる羽目になった。
一恵などはノリノリでリーダーの魔法少女にまとわりついてくるのだが、佳奈は熱いセリフを吐くことが恥ずかしいようだった。
白音も多分そうなるだろうなと予想はしていたので、そういうセリフをたっぷりと増量しておいた。
白音から見た佳奈のイメージがそうなのだから仕方がない。
ペープサート自体は楽しんでもらえたと思う。
しかし悪い奴らを成敗してハッピーエンド、というあたりで子供たちに明らかに失望の色が拡がった。
誘拐事件の時、囚われた怜奈たちを助けたのは魔法少女である。
その正体が他ならぬ目の前にいる白音たちだということは、既に知れ渡ってしまっている。
だからそれを是非見たいと思って、白音たち本人の出番を全員が待っていたのだ。
「で、本物は?」
という声が聞こえてきそうだった。
魔法少女の紙人形を手にしてお芝居をしているのが本物の魔法少女だと知っていたのなら、むしろそれが正常な反応とも言える。
白音は今、若葉学園の長女である。
しかし十年も遡れば自分があちら側、妹の立場だった。
もう学園を卒業しているが、姉や兄たちのことは今でも大好きで、尊敬もしている。
彼らが託してくれたものを受け継いでいかなければならない。
敬子お母さんに諫められようと、佳奈にお尻を蹴られようと、果たすべき責任は果たす。
みんなを笑顔にしてこその魔法少女と覚悟を決めた。
出たとこ勝負のアドリブで行く。
すると、チーム白音にその心意気が伝播していく。
白音が敬子ににこっと笑いかけると、お誕生会を録画していたビデオカメラを止めてくれた。
ここからはオフレコで、みんなにも気兼ねなく全力で演ってもらいたい。
「悪は、まだ倒されてはいなかった……、そして」
白音がそう宣言すると、一恵が魔法少女に変身して子供たちの前に飛び出した。
自前の若紫色のスカーフを器用に頭に巻いて目だけ出している。
「紫頭巾だ!」
と莉美が反応している。
白音はよく知らないが、もしかしたらそういう覆面ヒーローがいるのかもしれない。
一恵がこの空間への電磁波の進入を絞って遊戯室を薄暗くコントロールすると、他の四人が協力して光の魔法でおどろおどろしいイリュージョンを演出する。
妖しい悪墜ち魔法少女の降臨だ。
「フッフッフ。我は悪に与し…………私は悪の味方をする悪い魔法少女だ!!」
一恵は悪い台詞がすらすら出てき過ぎて、小さな子にも分かる言葉に翻訳するのに苦労しているようだった。
そして観客の中に突っ込んでいって少し走り回ると、怜奈を見つけてひっ捕まえてしまった。
年長だから落ち着いて芝居に乗ってくれるだろうという判断も、もしかしたらあるのかもしれない。
しかしどう見ても、怜奈が一恵の好みだったように見えた。
初めから狙っていたんじゃないだろうか?
怜奈を抱え上げて楽しそうに走り回る。
「ごめんね、大丈夫?」
と一恵が小声で聞くと、怜奈は頷いて一恵の体にしっかりしがみついてきた。
「あーれー、助けてー」
怜奈がお芝居に付き合ってくれたが、その悲鳴で一恵が俄然乗り気になった。
彼女を抱えたまま遊戯室を所狭しと駆け回る。
「みんなっ、変身よっ!!」
白音がかけ声をかけて変身すると、四人の魔法少女が勢揃いした。白
音、佳奈、莉美、そらが紫頭巾の前に立ちはだかると、会場中から彼女たちを応援するかわいい声が飛んだ。
「待ちなさい!! そこな悪の魔法少女!! これ以上の悪さはさせません!!」
白音がですます口調のヒロインになっていたので、佳奈と莉美が吹き出した。
全員で光と音の魔法をふんだんに使って色鮮やかな戦闘を演出する。
視覚と聴覚に訴える基礎魔法は、こういう時のために結構練習していた。
その方面のプロフェッショナルであるエレメントスケイプの風見詩緒や火浦いつきに教えを請うたりもしている。
「秘剣、修羅の舞!!」
一恵がコスチュームを翻して華麗に舞う。
「なんのっ!!」
一恵をいなして四人で怜奈を救おうと手を伸ばす。
緩いお芝居のつもりだったのだが、一恵が隙を見てそらの隣にすり寄ると、その足下に転移ゲートを設置した。
「奈落へ落ちなっ!」
そらが「ひっ!」と言って消えてしまった。
本当に目の前の謎の穴に落ちて消えてしまったのを見て、観客から悲鳴が上がる。
一恵が不敵な笑みを浮かべた。
かわいい悲鳴が心地よくてムズムズしているのが傍目にも分かる。
この前の誘拐事件のこともあるし、あまり嫌なことを思い出させたくはない。
悪い奴らは魔法少女が速やかに退治するので安心して欲しいというメッセージをこそ、白音は伝えたいのだ。
従って…………。
一恵の前に白音が立ちはだかると、さっと怜奈を奪い取って脇へ避ける。
怜奈の無事を確認すると、背後に回り込んでいた佳奈が一恵のお尻を勢いよく蹴飛ばす。
「はうっ!!」
飛んだ先には莉美が魔力障壁を展開して待っていた。
一瞬一恵はあの恐ろしい『うに』を思い出して悲鳴を上げる。
本気で死ぬのかと思った。
「ひいっ……」
慌てて両手を前についたが、幸いそれはただのバリアだった。
ただ、手をついた部分がくぼんでいて変な形をしていた。
なんだろう、と思っていたら後ろからもう一枚バリアを重ねられて間に挟まれてしまった。
完全に身動きができなくなる。
「紫頭巾、召し捕ったりー!!」
莉美が勝ちどきを上げると、子供たちも声を合わせてくれる。
動けなくなった一恵をくるりと反転させて客席の方へ向けると、いつの間にか一恵が磔になっていた。
何がどうなったのか分からない。
半透明なのでよくは見えなかったが、バリアの一部が消失し、折り畳まれていた部分が伸びたように思う。
気がつくと十字型にのこったバリアで、一恵の四肢が拘束されていた。
手首と足首がバリアにめり込んでいるので、莉美が作ったバリアであることを考えると、もう絶対に逃げられないだろう。
こういうことだけ莉美は無駄にすごい。
白音がスカーフの覆面を取ろうと手を掛けると、一恵が身もだえする。
「と、取らないで。見ないで、お願い!!」
史上初の快挙だった。
清々しい気持ちで新学期を迎えることができたのだが、もちろん大量の衣装製作案件は抱えたままだった。
魔法少女なのにやってもできなかったらどうしよう、などと不安になったりもしたけれど、宿題のノルマから解放された佳奈と莉美が全力で手伝っくれた。
特に能力強化のかかった莉美の衣装製作は見ものだった。
まるで機械化自動生産のような速度でテーラーメーイド品質のコスチュームを量産していく。
五人の団結と少しの魔法のおかげで、ひとまずどうにか衣装の仮縫いを終えることができた。
現在は小物の製作に取りかかっている。
莉美に言わせれば夏休みが一生続けばいいのにということらしいが、それは困る、というのがチーム白音の公式見解である。
今までの人生で一番充実した夏休みであったのは間違いない。
しかしこれが長かったか短かったか、と問われると白音は答えに窮する。
数え切れないほど様々な経験をさせてもらえたのだから間違いなく長かったと思う。
しかしそれと同時に、気がついたら終わっていた、という感覚もある。
まだ魔法少女になる前、新入生の春の季節のまま白音の中では時の歩みが止まり、魔法少女という別の世界の時間を生きているように感じている。
もう秋が近い、ということがどうにも信じられない自分もいるのだ。
集中すると時が止まる、という現象が季節性に遷延したものだろう。
しかしたとえ白音が時の経つのを忘れてしまっていたとしても、佳奈と莉美がすぐに思い出させてくれる。
ふたりにとって宿題に追い立てられる夏の季節が終わることは、同時にもうすぐ白音の誕生日がやってくることを意味している。
時の移ろいこそが、灰色の魔法少女に彩りを与えてくれるのだ。
今年の白音の誕生日、九月二十二日はちょうど土曜日だった。
この日、若葉学園では九月生まれの子たちのお誕生会が開かれる。
チーム白音は全員、敬子先生から直々にこのパーティへの招待を受けていた。
お誕生会は午後からの予定だったが、曙台高校組は土曜休校で朝から若葉学園に来ていた。
ハロウィン用のコスプレ衣装製作がいよいよ佳境に入り、そのサイズ確認をするためだった。
誕生会が始まる前、昼までに全員分の仮縫いコスチュームを試着をさせていく。
ハロウィン用だから本番はもう少し先なのだが、サイズ確認ができる機会は今日をおいて他にない。
すべてのサイズ調整を今日中に完了しなければならなかった。
女の子は結局全員が魔法少女に変身希望だった。
色やデザインはそれぞれの好みがあるが、やはり直前にブームがやって来た影響が大きかった。
男の子たちの希望は結構バラバラで、アニメキャラもいれば妖怪や西洋系のモンスターもいる。
魔法少女になりたい子は残念ながらいなかった。
黎鳳女学院組が午前中の半日授業を終えると、一恵がタクシーよろしく白音とそらを転移魔法で送ってくれた。
申し訳なさ過ぎて白音が何回もお礼を言っていたら、
「下心があってやってるんだから気にしないで」
と言われた。
「余計気になるわよ…………」
もちろん、お誕生会での出し物の準備も万端整えている。
こちらはくたばりかけていた佳奈と莉美をそれ以上煩わさないよう、白音、そら、一恵の三人でほぼ用意したものだ。
事前に弟妹たちに「何して欲しい?」と聞いたら「変身して欲しい」と言われてしまった。
身も蓋もない。
さすがに変身してリアルキャラクターショー、というわけにはいかないだろう。
みんな忙しいのにいっぱい引き受けてくれて有り難いけどお人好しだなぁと、白音は何かを棚に上げてそう思っていた。
この日、白音は十七歳になる。
学園には多目的に使える遊戯室があり、子供たちが集まるようなイベントごとはいつもここで行われる。
一段ほど高くなっている演壇が備え付けられており、白音たちはここで演じる紙人形劇を用意してきていた。
シナリオは白音が自作したもので、紙人形の魔法少女たちが活躍する話だ。
ストーリーはそんなに複雑なものではなく、悪い奴らを魔法少女たちが力を合わせて成敗するという勧善懲悪ものになっている。
ただこっそりと、悪の幹部が改心して魔法少女と共に戦ってくれたり、仮面の紳士が主人公のピンチを救ってくれたりと、白音の趣味は忍ばせてある。
若葉学園は年齢層が幅広い。だからストーリーは誰にでも楽しんでもらえるよう、かなり低めの年齢をターゲットにして創ってある。
しかしそれで年長の子供が退屈をするということはない。
むしろこういう出し物の時、彼らは演者と一緒になって場を盛り上げ、小さな子たちを楽しませようとしてくれる。
白音はその一体感が大好きだった。
台本を読み込んでもらうような時間は無かったので、皆ぶっつけ本番で演じることになる。
複数の登場人物を銘々に担当してもらうのだが、白音はメインとなる魔法少女のキャラクター造形はチーム白音を参考にしている。
そのせいで、皆自分の分身のような魔法少女を演じる羽目になった。
一恵などはノリノリでリーダーの魔法少女にまとわりついてくるのだが、佳奈は熱いセリフを吐くことが恥ずかしいようだった。
白音も多分そうなるだろうなと予想はしていたので、そういうセリフをたっぷりと増量しておいた。
白音から見た佳奈のイメージがそうなのだから仕方がない。
ペープサート自体は楽しんでもらえたと思う。
しかし悪い奴らを成敗してハッピーエンド、というあたりで子供たちに明らかに失望の色が拡がった。
誘拐事件の時、囚われた怜奈たちを助けたのは魔法少女である。
その正体が他ならぬ目の前にいる白音たちだということは、既に知れ渡ってしまっている。
だからそれを是非見たいと思って、白音たち本人の出番を全員が待っていたのだ。
「で、本物は?」
という声が聞こえてきそうだった。
魔法少女の紙人形を手にしてお芝居をしているのが本物の魔法少女だと知っていたのなら、むしろそれが正常な反応とも言える。
白音は今、若葉学園の長女である。
しかし十年も遡れば自分があちら側、妹の立場だった。
もう学園を卒業しているが、姉や兄たちのことは今でも大好きで、尊敬もしている。
彼らが託してくれたものを受け継いでいかなければならない。
敬子お母さんに諫められようと、佳奈にお尻を蹴られようと、果たすべき責任は果たす。
みんなを笑顔にしてこその魔法少女と覚悟を決めた。
出たとこ勝負のアドリブで行く。
すると、チーム白音にその心意気が伝播していく。
白音が敬子ににこっと笑いかけると、お誕生会を録画していたビデオカメラを止めてくれた。
ここからはオフレコで、みんなにも気兼ねなく全力で演ってもらいたい。
「悪は、まだ倒されてはいなかった……、そして」
白音がそう宣言すると、一恵が魔法少女に変身して子供たちの前に飛び出した。
自前の若紫色のスカーフを器用に頭に巻いて目だけ出している。
「紫頭巾だ!」
と莉美が反応している。
白音はよく知らないが、もしかしたらそういう覆面ヒーローがいるのかもしれない。
一恵がこの空間への電磁波の進入を絞って遊戯室を薄暗くコントロールすると、他の四人が協力して光の魔法でおどろおどろしいイリュージョンを演出する。
妖しい悪墜ち魔法少女の降臨だ。
「フッフッフ。我は悪に与し…………私は悪の味方をする悪い魔法少女だ!!」
一恵は悪い台詞がすらすら出てき過ぎて、小さな子にも分かる言葉に翻訳するのに苦労しているようだった。
そして観客の中に突っ込んでいって少し走り回ると、怜奈を見つけてひっ捕まえてしまった。
年長だから落ち着いて芝居に乗ってくれるだろうという判断も、もしかしたらあるのかもしれない。
しかしどう見ても、怜奈が一恵の好みだったように見えた。
初めから狙っていたんじゃないだろうか?
怜奈を抱え上げて楽しそうに走り回る。
「ごめんね、大丈夫?」
と一恵が小声で聞くと、怜奈は頷いて一恵の体にしっかりしがみついてきた。
「あーれー、助けてー」
怜奈がお芝居に付き合ってくれたが、その悲鳴で一恵が俄然乗り気になった。
彼女を抱えたまま遊戯室を所狭しと駆け回る。
「みんなっ、変身よっ!!」
白音がかけ声をかけて変身すると、四人の魔法少女が勢揃いした。白
音、佳奈、莉美、そらが紫頭巾の前に立ちはだかると、会場中から彼女たちを応援するかわいい声が飛んだ。
「待ちなさい!! そこな悪の魔法少女!! これ以上の悪さはさせません!!」
白音がですます口調のヒロインになっていたので、佳奈と莉美が吹き出した。
全員で光と音の魔法をふんだんに使って色鮮やかな戦闘を演出する。
視覚と聴覚に訴える基礎魔法は、こういう時のために結構練習していた。
その方面のプロフェッショナルであるエレメントスケイプの風見詩緒や火浦いつきに教えを請うたりもしている。
「秘剣、修羅の舞!!」
一恵がコスチュームを翻して華麗に舞う。
「なんのっ!!」
一恵をいなして四人で怜奈を救おうと手を伸ばす。
緩いお芝居のつもりだったのだが、一恵が隙を見てそらの隣にすり寄ると、その足下に転移ゲートを設置した。
「奈落へ落ちなっ!」
そらが「ひっ!」と言って消えてしまった。
本当に目の前の謎の穴に落ちて消えてしまったのを見て、観客から悲鳴が上がる。
一恵が不敵な笑みを浮かべた。
かわいい悲鳴が心地よくてムズムズしているのが傍目にも分かる。
この前の誘拐事件のこともあるし、あまり嫌なことを思い出させたくはない。
悪い奴らは魔法少女が速やかに退治するので安心して欲しいというメッセージをこそ、白音は伝えたいのだ。
従って…………。
一恵の前に白音が立ちはだかると、さっと怜奈を奪い取って脇へ避ける。
怜奈の無事を確認すると、背後に回り込んでいた佳奈が一恵のお尻を勢いよく蹴飛ばす。
「はうっ!!」
飛んだ先には莉美が魔力障壁を展開して待っていた。
一瞬一恵はあの恐ろしい『うに』を思い出して悲鳴を上げる。
本気で死ぬのかと思った。
「ひいっ……」
慌てて両手を前についたが、幸いそれはただのバリアだった。
ただ、手をついた部分がくぼんでいて変な形をしていた。
なんだろう、と思っていたら後ろからもう一枚バリアを重ねられて間に挟まれてしまった。
完全に身動きができなくなる。
「紫頭巾、召し捕ったりー!!」
莉美が勝ちどきを上げると、子供たちも声を合わせてくれる。
動けなくなった一恵をくるりと反転させて客席の方へ向けると、いつの間にか一恵が磔になっていた。
何がどうなったのか分からない。
半透明なのでよくは見えなかったが、バリアの一部が消失し、折り畳まれていた部分が伸びたように思う。
気がつくと十字型にのこったバリアで、一恵の四肢が拘束されていた。
手首と足首がバリアにめり込んでいるので、莉美が作ったバリアであることを考えると、もう絶対に逃げられないだろう。
こういうことだけ莉美は無駄にすごい。
白音がスカーフの覆面を取ろうと手を掛けると、一恵が身もだえする。
「と、取らないで。見ないで、お願い!!」
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