ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】(タイトル改訂)

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第18話 白音の骨休め(温泉へ) その二

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 白音たちは蔵間からの招待を受けて、ブルーム社の所有する保養所へと向かっている。
 運転手を買って出てくれた蔵間の口に、莉美がキャンディを放り込む。

「はい、あーんして。アメあげる」
「あ、ああ。ありがとう」

 蔵間が分かりやすく照れた。
 年甲斐もなくと言っては失礼かもしれないが、リンクスと違ってあまり女性慣れはしていないのかもしれない。
 白音はそう思った。
 それはそれでリンクスにも失礼ではあるが。

「もしかしてこんなことしてると橘香ちゃんに怒られますぅ?」

 莉美がキラキラした瞳で聞いている。
 ああ、これは完全にいじり始めたなと思ったが、いやでもなんで橘香さん?
 蔵間さんて婚約者がいるはずだけど?
 秘書と言えば社長の愛人、みたいな奴を莉美は期待しているのかしら。
 でも橘香さんて、あの鬼軍曹なんだけど…………。
 莉美のせいで白音はいらないことをいっぱい想像してしまった。


 二十分も走ると車は高速道路に入る。
 景色が街並みから山へと変わり始めている。
 まだ早朝だというのに真夏の盛りの日差しはもう眩しい。
 しかし魔法少女になってから日焼けを気にしなくて良くなったので、白音の中で夏への好感度は爆上がり中だ。

「蔵間さん、魔法少女への襲撃がもうないっておっしゃってましたけど、あれはどういう?」
「あー。名字川君には先にそこ説明しとかないと、落ち着かないよねきっと」

 蔵間は、現在までに分かっていることを教えてくれた。

 凍結能力を持っていた巫女はなかなか身元が判明せず、現在も調査中とのことだった。
 そして白音を襲った切断髪の魔法少女は、名を逆巻彩子さかまきさいこという。
 こちらはギルドには所属していないが以前から存在が確認されており、金銭で雇われる傭兵のようなことをしているらしい。

 根来衆ねくるしゅうは一連の事件への関与を完全否定している。
 巫女装束と狐面という共通点だけでは特定は不可能であり、こちらもそれ以上の追求はできていない。

「似たような面を付けていただけの別人、と言われてしまえばそれまでだからね」

 彩子さいこはこれまでの行動パターンやその性格から、特定の集団に属しているとは考えにくい。
 ただの雇われであれば根来衆ねくるしゅうとの繋がりを立証することは厳しいだろう。

「その人は名前も分かっているのに捕まらないの?」

 莉美がもっともなことを口にした。
 彩子に対して、一番怒っているのは莉美かもしれない。

「パペットマスターの時と同じさ。現状魔法少女に対しては警察も手を出せない。君たちも見たとおりの強さだからね。我々も放置せざるを得ないんだ」
「…………」

 莉美の顔が険しくなった。
 白音が「そんな顔もできたんだ」と思うような凛々しい表情をしている。

「でもパペットマスターの時、あの巫女は凍結魔法を使ってましたよね。同一人物だと言えるのでは?」

 同じ魔法を使うということが動かぬ証拠だろうと、白音は思っていたのだが。

「そうだね」

 蔵間は同意してくれたが、そらがその言葉のあとを続ける。

「でも結局『似たような能力を使っていただけ』と言われればそれ以上は追求できないの」

 たとえどんな証拠を掴もうとも、言い逃れることは可能だとそらは考えていた。
 魔法というものがあれば、あらゆる未知の可能性を考慮しなければならなくなる。
 これまで『動かぬ証拠』とされてきたものが容易に揺らぎ、断定力を失ってしまう。
 魔法使いを推理小説の犯人にしては駄目と、聞いたことがあるのを白音は思いだした。

「残念だけど、そういうことだね。実際根来衆に質問状を送りつけてみたけど、そういう返事が返ってきたよ」
「見つけた時に逃がさずボコッとけってことね」
「そうなんだよね…………。力がすべて、みたいになってしまうから僕は嫌なんだけどね。結局それ以外に止める方法がない」

 佳奈の言葉に、不承ながら蔵間も肯定する。

「ただ、追求は免れると言っても、これからの動きは慎重になってくると思う。我々が証拠を掴もうとして動いてくることは予測できるだろうしね」
「そして凍結魔法の能力者を失ったことで、目的も達成しづらくなってくるの」
「そらちゃん、どういうこと?」

 そらはできるだけ感情を乗せないようにして話している。
 怜悧な頭脳と、優しい気持ちがせめぎ合っている時にする態度だ。

「なるべく傷つけずに魔法少女の体を手に入れるのが相手の目的なんだと思う。あの切断髪の人もくノ一さんに対してはそうしようとしていた。一撃で太い血管を断ち切って失血死を狙っていたの」
「うん。傷を付けずに死体…………、いや。ごめんね、こんな言い方嫌だよね?」

 蔵間はそこで言い淀んだが、チーム白音は揃って首を横に振る。
 多分白音と一恵が抱いているほどの覚悟は、まだ他の三人には無い。
 しかし今回のことによって、そういう話を避けては通れないということは全員が十分に理解している。

「分かった。ありがとう。多分できるだけ傷を付けずに魔法少女を倒すのに、凍結の能力は最適だったんだと思う。そして用心棒役であろう逆巻彩子もそうするように依頼されていたはずなんだけど、性格的にそれが向いていないんだろう。途中からその意思を完全に放棄していたようだからね」
「それで相手は戦略の変更を余儀なくされる、と? 他にそういう任務に適した能力者がまだいる可能性は?」

 白音の危惧も当然だった。
 こちらが知らないだけで、もっと魔法少女狩りに向いた魔法の使い手がいたら悠長に構えてはいられなくなるだろう。

「わたしが敵なら、他にも隠している能力者がいればもう少しギルドに敵対的に出ると思うわ。こそこそ隠れて逐次投入して失う方が嫌かな?」

 一恵が白音の手を取って、にっこり微笑みながらそう言った。
 態度はまるで旅行を楽しむ蜜月の恋人だが、言っている内容は悪の組織幹部のものだ。
 一恵は白音の気持ちをよく理解してくれているし、敵の心理も手に取るように把握してくれている。

「そうだね。ギルドの意見も同じさ。他に隠した戦力があったら、ギルドに拮抗できるからね。現状ギルドに対抗できたら、もう他に敵はない。隠れる意味が無い」
「ふむ……。情報戦のフェイズなのね」

 白音は少し考えながら、佳奈と莉美をちらっと見た。
 話が長くなってきてしまった。
 ふたりはお互いが膝をつねり合って寝ないように頑張っているらしい。
 努力は認めるがそろそろ限界のようだ。

「ごめんね、要はしばらくは腹の探り合いになるだろうって予測さ。だから今回は思う存分羽を伸ばして欲しいんだ」

 莉美が眠気にとろんとしていた目をはっと見開いた。

「羽目?」
「ん、概ね正解よ、莉美」


 山間部を貫いていた高速道路がいつの間にか少し開けて、大きな湖の側を走っている。
 地質学的に重要な構造線に沿って走ることになるので、白音は少し興味を持っていた。
 しかし残念ながら車上からではよく分からない。
 防音壁が途切れた隙に湖をじっと眺めていると、

「Fossa magna!」

と綺麗な発音でそらが言ってくれた。
 ラテン語なのかドイツ式の発音なのか白音には区別が付かない。

「何、どした? 発作??」

 佳奈はちゃんと寝言は寝てから言うタイプだった。



 込み入った話をやめたら、途端にみんな元気を取り戻してわいわいと楽しく騒いでいた。
 そらが車酔いをすることもなく、時間を忘れている間に無事温泉地の保養所に着いた。
 朝早くに出たのでまだ昼を過ぎたばかりの時刻である。

「夕飯前にはリンクスたちも合流できると思うけど、少し時間があるね」

 蔵間がぶるぶるっと、少し身震いしながらそう言った。
 真夏だというのに辺りは冷気を感じるくらいに涼しい。

「みんなでバーベキューをしようと思ってるんだ。いいお肉、いっぱい仕入れてきたから楽しみにしててね」

 チーム白音は食肉目に属しているらしいので、テンションが一気に上がる。
 もちろん白音もそうなのだが、それ故に夕飯前にやることができた。

「お肉…………。すごい楽しみです。ちょっと辺りを散策してきます」

 白音はミニバンに駆け込んで着替えをしてきた。
 散策という割にはトレイルランでもしそうなスポーティな格好になっている

「私も連れてって! 足を引っ張りそうだけど、基礎体力をつけるべきだと……」

 そらが手を挙げている。

「何言ってんだ。五人で行くだろ」

 佳奈がそらの頭をポンポンと叩く。

「さ、散策よ、散策。そんな気合い入れて行くもんじゃ…………」
「ハイハイ」

 佳奈は白音のおなかもポンポンと叩く。

「フフ。散策と言ってもここは標高1400メートルもあるから、気をつけてね。まあ君たちには杞憂だと思うけど、全員神君からは絶対に離れないようにしててね」

 たとえ遭難しようとも、一恵がいてくれれば転移ゲートでなんとでもなるだろう。
 蔵間もそれほど心配はしていない。
 お茶でも飲んで待っているよ、と言って保養所の建物に入っていった。

「さあさあ、みんなわたしにくっついて」

 一恵がその長い腕でかわいい魔法少女たちを囲い込もうとしている。

「いや、そんなにくっついたら歩けないだろ。ほら、莉美も。存在感消してないで行くぞ」
「うう…………」

 莉美も佳奈に連行されて、五人で登山道へと向かった。
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