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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
第11話 魔法少女キャラクターショーと怪物 その二
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白音はショッピングモールのフードコートで夏休みの宿題を片付けていた。
丁度ひと段落がついて休憩していると、魔法少女ギルドのマスターであるリンクスを見かけた。
彼は友人であるブルームの社長、蔵間誠太郎への贈り物を選びたいという。
白音はその買い物に付き合うことなった。
「ではそろそろお買い物に行きましょう」
リンクスからもらったカフェラテを飲み干すと、白音は席を立った。
ふたりでモールに入っているブランドショップへと向かう。
白音には縁遠い高級品を取り扱っている店だ。
男性にエスコートされてそういう店に入るのはかなり緊張したのだが、途中からは結構楽しんでしまった。
リンクスも楽しくしているように見える。
白音が神話モチーフの柄のティーセットを見つけて、色使いが綺麗だと言ったらリンクスはそれを選んだ。
シュガーボウルやミルクジャグもセットになっているらしい。
それがそういう名前なのだと白音は初めて知った。
「女性に気に入ってもらうには女性の意見が大事だからね。もちろん俺もいいと思うよ。今度お邪魔したら是非これでお茶を淹れて欲しいね。白音君、ありがとう」
会計の時、リンクスの背後からそっと覗き込んだら「ひっ」と声が出るような値段だった。
「そうだ、これから蔵間のところに行くけど、一緒に来ないか? 今ミッターマイヤー君が来ているのだろう?」
白音もブルームに一度は行ってみたいと思っていた。
そらたちがお世話になっていることだし、挨拶もしておかないといけないだろう。
「それなら何か買っていった方が……」
テナントエリアの方へ引き返そうとした白音の手を、リンクスが取って引き留める。
「気にしなくても構わないさ。蔵間はもういい年で社長なんてやってるけど、俺より堅苦しいのが苦手でね」
ククク、と笑うと、そのまま手を引いて歩き始める。
「おいで。実は今、ひとつ気になる事があってね。白音君たちに依頼したい件もあるんだよ」
このショッピングモールには千台以上の乗用車を収容できそうな、広大な平面駐車場がある。
そこにシルバーメタリックのリンクスの愛車が停められていた。
白音はカーマニアではないのでよく分からないが、スポーツタイプという奴だ。
よく走りそうな雰囲気の外国産車だ。
リンクスがドアハンドルに手をかざすとロックが解除された。特に不審な光景でもないのだが、リンクスが解除の瞬間、指尖に魔力を集めたのを白音は感じた。
「気づいたかい? これも魔力紋による個人識別の実証実験さ。ミッターマイヤー君はこの辺りのシステムに興味があるらしいね。ブルームの技術者たちが、彼女は魔法技術の新しい地平を切り拓いてくれるって期待していたよ」
リンクスが助手席のドアを開けてくれると、シートの真ん中にアルミ製のアタッシュケースが鎮座していた。
「ああ、すまないね」
リンクスがそれを後部トランクに放り込む様子を、白音は少し観察していた。
この車には、シートがふたつしかないらしい。
「エンジンをかけるのも同じ認証方法だからね。魔力が切れたら帰れなくなる」
運転席に着いたリンクスは、シートベルトをしながらまたよく響く声で笑った。
白音は、人形遣いを相手にした時もリンクスが魔法を使っていたのを思い出した。
「リンクスさんて、」
少し声を潜めて尋ねる。
「魔法少女なんですか?」
「え? ああ、魔法は使えるよ。見てのとおり少女ではないけどね」
莉美が変なことを言っていたからつい「少女」と付けてしまった。
白音が顔だけ桜色に変身する。
「俺は君たちのような英雄……魔法少女のような強力な魔法は使えないけどね」
魔力が低くてひとつひとつの魔法の威力が小さいらしい。
だからそれをカバーするため、多種多様な魔法を使えるように鍛えたのだという。
「弱いのを工夫でどうにかしてるだけだね。器用貧乏って奴だな、フフ」
リンクスは自嘲してそう言ったようだが、実はそれってすごいことなんだろうと白音は感じた。
魔法少女であれば、基本的な魔法はある程度使える。
しかし対応力を高めるためにそれを多方面に鍛えるとなると、大変な時間と努力を要するだろう。
あらためてリンクスの横顔をじっと眺める。
今日の空は雲が多い。日も傾き始めたので少しは暑さが和らいできた。
リンクスが車を発進させる前に、屋根を開けてもいいかと尋ねてきた。
「屋根?」
「ああ、この車はね、オープンカーなんだよ」
屋根が開いてトランクへと収納されるのだという。
「では、是非」
電動で後方へと折り畳まれていく屋根を、白音は興味深げに見送っている。
「どうも周りが見渡せないのは嫌でね。戦車みたいな丈夫な金属でもないのに、箱に入っている間に外で何か問題が起きたら対処が遅れる、とか思ってしまう」
確かに、馬とは違って屋根付きの車では戦いに向いていないだろう…………。
白音はそう考えてから、あれ? 今なんでそんな考え方をしたんだろうかと思った。
(う、馬?)
車をゆっくりと滑らせ始めた直後に、リンクスのスマホが鳴った。
通常の着信音とは違う雰囲気、緊急地震速報のような音だった。
「異世界事案がどこかで起こるらしい」
リンクスがそう言い終わるか終わらないかの内に、白音はミスリルゴーレム出現の時にも感じた、異世界の壁が破れる気配を感じた。
どこかではない、すぐ近くだ。
「リンクスさん、あそこっ!!」
白音が指さした方、駐車場の出入り口付近に、空間からにじみ出してくるようなぼんやりとした影が現れている。
「大きい……」
ミスリルゴーレムよりも大きいかもしれない。
シルエットから推察するに、ショッピングモールの三階に届きそうな身長がある。
やがて少しずつ現実味を帯びて輪郭を露わにしたものは二足歩行の、一応人の形をした巨大な怪物だった。
体表がくすんだ深緑色の鱗に覆われ、顔つきは爬虫類を思わせる。
ちろちろと出し入れする舌や、よく蠢く細長い尻尾はまるでトカゲのようだ。
その怪物はこの世界に顕現すると、一瞬ショッピングモールの建物を見てびくっとした。
ガラス張りの綺麗な壁に、自分の姿が映っているのを見て反応したのだ。
それでめちゃくちゃに建物を殴打し始めた。
両拳を叩きつけて、あっという間にきらびやかだった建物を瓦礫に変えていく。
崩れ始めた建物から、着ぐるみの魔法少女たちや悪そうな顔つきの怪人たちが走って出て来た。
そこは催事場と繋がっていて、今日のキャラクターショーの着替え用のスペースにされていたようだ。
ショーの開演準備をしていた人たちが慌てて逃げてきた。
「こんな大規模な異世界事案は予測されていなかったはずなんだが……」
即座にリンクスがギルドへ連絡を入れて応援を要請する。
やはり白音が感じていたとおり、異世界事案発生の予測が徐々に困難になってきているようだった。
ふたつの世界の間にある隔たりが緩くなることによって、異世界からの干渉がどんどん不安定になっていく。
そうすればやがて、このような事案が不規則に頻発するようになっていくだろう。
それがリンクスたちの予測だった。
そしてこの不測の事態にリンクスは少し迷った。
今すぐに逃げ惑う人々の救出に向かわなければ、おそらく助からない人が出るだろう。
しかし今こちらにある戦力は魔法少女である白音と、微力にも程がある自分自身のみ。
白音を危険な戦いに投じることになってしまうだろう。
このまま車を化け物の方に向かわせるべきか、それとも一旦逃げるべきか。
「あの人たちを助けないと!!」
迷うことなく、白音は助手席で魔法少女に変身した。
桜色の光に包まれる少女に、リンクスは至近の目撃者となる。
「リンクスさん、大切な車にすみませんっ」
白音は助手席のヘッドレストを両手で掴むと、逆上がりの要領で体を引き上げて後部トランクの上に立った。
速度がそれ程出ていないとは言え、車は走行したままだ。
いくら身体能力が向上していたとしても、普通の女子高生にできるような芸当では到底ない。
白音はそのまま車を飛び降りて走るつもりだったが、リンクスが引き留めた。
覚悟を決めて巨大トカゲの方へと、もろともにハンドルを切る。
「白音君、やれるかい?」
丁度ひと段落がついて休憩していると、魔法少女ギルドのマスターであるリンクスを見かけた。
彼は友人であるブルームの社長、蔵間誠太郎への贈り物を選びたいという。
白音はその買い物に付き合うことなった。
「ではそろそろお買い物に行きましょう」
リンクスからもらったカフェラテを飲み干すと、白音は席を立った。
ふたりでモールに入っているブランドショップへと向かう。
白音には縁遠い高級品を取り扱っている店だ。
男性にエスコートされてそういう店に入るのはかなり緊張したのだが、途中からは結構楽しんでしまった。
リンクスも楽しくしているように見える。
白音が神話モチーフの柄のティーセットを見つけて、色使いが綺麗だと言ったらリンクスはそれを選んだ。
シュガーボウルやミルクジャグもセットになっているらしい。
それがそういう名前なのだと白音は初めて知った。
「女性に気に入ってもらうには女性の意見が大事だからね。もちろん俺もいいと思うよ。今度お邪魔したら是非これでお茶を淹れて欲しいね。白音君、ありがとう」
会計の時、リンクスの背後からそっと覗き込んだら「ひっ」と声が出るような値段だった。
「そうだ、これから蔵間のところに行くけど、一緒に来ないか? 今ミッターマイヤー君が来ているのだろう?」
白音もブルームに一度は行ってみたいと思っていた。
そらたちがお世話になっていることだし、挨拶もしておかないといけないだろう。
「それなら何か買っていった方が……」
テナントエリアの方へ引き返そうとした白音の手を、リンクスが取って引き留める。
「気にしなくても構わないさ。蔵間はもういい年で社長なんてやってるけど、俺より堅苦しいのが苦手でね」
ククク、と笑うと、そのまま手を引いて歩き始める。
「おいで。実は今、ひとつ気になる事があってね。白音君たちに依頼したい件もあるんだよ」
このショッピングモールには千台以上の乗用車を収容できそうな、広大な平面駐車場がある。
そこにシルバーメタリックのリンクスの愛車が停められていた。
白音はカーマニアではないのでよく分からないが、スポーツタイプという奴だ。
よく走りそうな雰囲気の外国産車だ。
リンクスがドアハンドルに手をかざすとロックが解除された。特に不審な光景でもないのだが、リンクスが解除の瞬間、指尖に魔力を集めたのを白音は感じた。
「気づいたかい? これも魔力紋による個人識別の実証実験さ。ミッターマイヤー君はこの辺りのシステムに興味があるらしいね。ブルームの技術者たちが、彼女は魔法技術の新しい地平を切り拓いてくれるって期待していたよ」
リンクスが助手席のドアを開けてくれると、シートの真ん中にアルミ製のアタッシュケースが鎮座していた。
「ああ、すまないね」
リンクスがそれを後部トランクに放り込む様子を、白音は少し観察していた。
この車には、シートがふたつしかないらしい。
「エンジンをかけるのも同じ認証方法だからね。魔力が切れたら帰れなくなる」
運転席に着いたリンクスは、シートベルトをしながらまたよく響く声で笑った。
白音は、人形遣いを相手にした時もリンクスが魔法を使っていたのを思い出した。
「リンクスさんて、」
少し声を潜めて尋ねる。
「魔法少女なんですか?」
「え? ああ、魔法は使えるよ。見てのとおり少女ではないけどね」
莉美が変なことを言っていたからつい「少女」と付けてしまった。
白音が顔だけ桜色に変身する。
「俺は君たちのような英雄……魔法少女のような強力な魔法は使えないけどね」
魔力が低くてひとつひとつの魔法の威力が小さいらしい。
だからそれをカバーするため、多種多様な魔法を使えるように鍛えたのだという。
「弱いのを工夫でどうにかしてるだけだね。器用貧乏って奴だな、フフ」
リンクスは自嘲してそう言ったようだが、実はそれってすごいことなんだろうと白音は感じた。
魔法少女であれば、基本的な魔法はある程度使える。
しかし対応力を高めるためにそれを多方面に鍛えるとなると、大変な時間と努力を要するだろう。
あらためてリンクスの横顔をじっと眺める。
今日の空は雲が多い。日も傾き始めたので少しは暑さが和らいできた。
リンクスが車を発進させる前に、屋根を開けてもいいかと尋ねてきた。
「屋根?」
「ああ、この車はね、オープンカーなんだよ」
屋根が開いてトランクへと収納されるのだという。
「では、是非」
電動で後方へと折り畳まれていく屋根を、白音は興味深げに見送っている。
「どうも周りが見渡せないのは嫌でね。戦車みたいな丈夫な金属でもないのに、箱に入っている間に外で何か問題が起きたら対処が遅れる、とか思ってしまう」
確かに、馬とは違って屋根付きの車では戦いに向いていないだろう…………。
白音はそう考えてから、あれ? 今なんでそんな考え方をしたんだろうかと思った。
(う、馬?)
車をゆっくりと滑らせ始めた直後に、リンクスのスマホが鳴った。
通常の着信音とは違う雰囲気、緊急地震速報のような音だった。
「異世界事案がどこかで起こるらしい」
リンクスがそう言い終わるか終わらないかの内に、白音はミスリルゴーレム出現の時にも感じた、異世界の壁が破れる気配を感じた。
どこかではない、すぐ近くだ。
「リンクスさん、あそこっ!!」
白音が指さした方、駐車場の出入り口付近に、空間からにじみ出してくるようなぼんやりとした影が現れている。
「大きい……」
ミスリルゴーレムよりも大きいかもしれない。
シルエットから推察するに、ショッピングモールの三階に届きそうな身長がある。
やがて少しずつ現実味を帯びて輪郭を露わにしたものは二足歩行の、一応人の形をした巨大な怪物だった。
体表がくすんだ深緑色の鱗に覆われ、顔つきは爬虫類を思わせる。
ちろちろと出し入れする舌や、よく蠢く細長い尻尾はまるでトカゲのようだ。
その怪物はこの世界に顕現すると、一瞬ショッピングモールの建物を見てびくっとした。
ガラス張りの綺麗な壁に、自分の姿が映っているのを見て反応したのだ。
それでめちゃくちゃに建物を殴打し始めた。
両拳を叩きつけて、あっという間にきらびやかだった建物を瓦礫に変えていく。
崩れ始めた建物から、着ぐるみの魔法少女たちや悪そうな顔つきの怪人たちが走って出て来た。
そこは催事場と繋がっていて、今日のキャラクターショーの着替え用のスペースにされていたようだ。
ショーの開演準備をしていた人たちが慌てて逃げてきた。
「こんな大規模な異世界事案は予測されていなかったはずなんだが……」
即座にリンクスがギルドへ連絡を入れて応援を要請する。
やはり白音が感じていたとおり、異世界事案発生の予測が徐々に困難になってきているようだった。
ふたつの世界の間にある隔たりが緩くなることによって、異世界からの干渉がどんどん不安定になっていく。
そうすればやがて、このような事案が不規則に頻発するようになっていくだろう。
それがリンクスたちの予測だった。
そしてこの不測の事態にリンクスは少し迷った。
今すぐに逃げ惑う人々の救出に向かわなければ、おそらく助からない人が出るだろう。
しかし今こちらにある戦力は魔法少女である白音と、微力にも程がある自分自身のみ。
白音を危険な戦いに投じることになってしまうだろう。
このまま車を化け物の方に向かわせるべきか、それとも一旦逃げるべきか。
「あの人たちを助けないと!!」
迷うことなく、白音は助手席で魔法少女に変身した。
桜色の光に包まれる少女に、リンクスは至近の目撃者となる。
「リンクスさん、大切な車にすみませんっ」
白音は助手席のヘッドレストを両手で掴むと、逆上がりの要領で体を引き上げて後部トランクの上に立った。
速度がそれ程出ていないとは言え、車は走行したままだ。
いくら身体能力が向上していたとしても、普通の女子高生にできるような芸当では到底ない。
白音はそのまま車を飛び降りて走るつもりだったが、リンクスが引き留めた。
覚悟を決めて巨大トカゲの方へと、もろともにハンドルを切る。
「白音君、やれるかい?」
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