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第4章 迷宮都市 ダンジョン攻略

第469話 旭 結花 1 日本での生活

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 【あさひ 結花ゆか

 一緒にいてくれるだけでいいと言った、夫と結婚して50年。
 料理が苦手な私は、その一言で結婚を決めたと言ってもいい。
 昔から、あまり食事に関心がないので多分味覚音痴なんだと思う。
 私の作った料理を、夫はいつも残さず食べてくれたから本当に嬉しかった。
 まぁ男性にしては可愛らしい容姿も、私の好みではあったんだけどね。
 男らしくてたくましい男性は趣味じゃないのよ。

 20歳の時に長男の尚人なおとが生まれた。
 そして30歳の時、長女のしずくを出産。
 雫の心臓に欠陥があると知った時、私達夫婦は成人まで生きられないと医者から告げられる。
 それでも我が子の成長する姿を見たいと、育てる事を決意した。
 幸いにも近所に住む尚人の友達の賢也けんや君のご両親と仲良くなり、親戚が経営している病院を紹介してもらえた。
 
 賢也君のご両親は私達と同い年で、子供達が互いの家へ行き来するようになってから自然と家族ぐるみの付き合いになっていく。
 初めて賢也君を見た時はイギリス人のクォーターという事もあり、どう挨拶してよいか分からず、つい知っている英語でhelloと言ってしまったわ。
 そうしたら流暢りゅうちょうな日本語で、「初めまして、僕の名前は椎名 賢也です」と挨拶を返され恥ずかしい思いをした。

 そのお陰で、ご両親と会った時は普通に日本語で挨拶出来たんだけど……。
 あの経験がなければ旦那さんはハーフのため背も高く、容姿が完全に外国人に見えたから絶対英語で挨拶をしたに違いない。
 賢也君のお父さんと夫は直ぐに意気投合したみたいで、その後一緒にちょくちょく飲みにいくようになる。
 同い年の息子がいるし、会話も弾んだんだろう。
 私達は全員が同じ歳だったから、当時でもかなり早く結婚した方だ。

 雫と同級生になる、椎名家の双子達は幼馴染となり仲良くしてくれた。
 お姉ちゃんの沙良ちゃんも雫をとても可愛がり、よく双子達と御揃おそろいいの洋服を着せていたんだけど……。
 あの子達って男の子よね?
 雫は男の子と知らず小学校に上がる頃に分かり、とても怒っていた。
 美佐子みさこさんが交通事故にい、妊娠していた女の子を亡くした件を思うと、なんとなく理由に思い当たったため私は内緒にしていたのだ。 
 あの時、彼女を慰めながらすごく胸が痛んだのを覚えている。

 尚人は親友の賢也君を見ていた所為せいか、歳の離れた雫の面倒をよくみてくれた。
 入院した時は、暇で時間を持て余した雫にせがまれ何度も絵本を読み聞かせてあげたりね。
 賢也君は妹弟達の面倒を大人の私が感心する程、自然に行っていた。
 とてもしっかりした子供で、尚人は同級生だけど兄のようにしたっていた気がする。

 尚人が高校3年生になると、突然医者を目指すと言い出した。
 正直運動は得意でもテストの成績がかんばしくなかった息子には、無理なんじゃないかと思っていたけど……。
 なんと賢也君が毎日家へきて、息子に勉強を教え医大に合格させてくれたのだ。
 私も夫も、これには大変驚いた。

 尚人は妹の心臓を治してあげたい一心で、とても頑張ったんだと思う。
 息子には伝えていなかったけど、雫の状態が悪くなっているのを薄々感じていたのかも知れない。
 もう心臓移植でしか雫は助からない。
 雫は中学をなんとか卒業したけれど、高校に通うのは難しかった。
 その頃には何度も入退院を繰り返し学校へ行ける日が少なくなり、友達もお見舞いにはこなくなっていく。

 唯一、幼馴染のまぁちゃんとはるちゃんがきてくれる事だけが雫の支えだったろう。
 優しい2人は部活に入らず休日になると、必ず病室を訪れてくれたのだ。
 私は娘の話し相手になるため、雫の興味がある物を全て共有しようと努力した。
 沙良ちゃんから勧められた異世界転生・転移物の小説を2人で読んでは感想を言い合い、流行りの乙女ゲームを一緒にして互いの好きなキャラを推し合った。

 この子に恋をする時間はないと知りつつ、乙女ゲームで疑似恋愛を楽しむ姿を見て涙をこぼしそうになる。
 辛いのは娘の方だ、親の私が目の前で泣く訳にはいかない。
 一緒にいる時は笑顔で接しなければ……。
 雫は本当に良い子で、泣き言も我儘わがままひとつ言わなかった。
 つらい治療にも耐え、不自由な人生を諦観ていかんしていたのかも知れない。

 誰に言われずとも、自分が長く生きられないのをさとっていたんだろう。
 余命わずかと知りながら、外科医を目指す兄や悲しむ私達のため少しでも長く生きようと頑張っている姿にはげまされると同時に、いつかくるその時を恐れた。 
 私は何度も隠れて泣いた。
 夫は、その度に何も言わず抱き締めてくれる。

 他人の心臓が欲しいと思う気持ちを、どうやり過ごせばいいか分からなかった。
 病院に救急車が到着する度、患者が子供じゃないか確かめてしまう私は異常なのか……。
 日に日に状態が悪くなる娘を見て、何もしてやれないのが情けなくて仕方ない。
 夫は、お前の所為せいじゃないと何度も言ってくれたけど、どうしても責任を感じる事を止められなかった。

 雫の病気は遺伝的なものではない。
 それは理解していた。
 でも、それならどうして私の子供だけと思ってしまう。
 18歳……。
 本当なら高校3年生だった雫は、尚人から心臓外科医になった報告を聞いた翌日、眠るように息を引き取った。
 尚人と、沢山の人を治療する約束をして……。
 今まで私達のため、懸命に命をつないでくれたと知る。
 
 ごめんなさい。
 健康な体に産んであげられなくて……。
 我慢ばかりで辛い人生だったよね。
 そして、今まで頑張ってくれてありがとう。
 これからは、ゆっくり休んで。
 雫がいて、私達は本当に幸せだったよ。
 寿命をまっとうしたら貴方へ会いにいくわ。

 雫が亡くなり、私の心にはぽっかりと大きな穴が開いてしまった。
 自分の子供を亡くした経験がある美佐子さんに、今度は私が慰められる。
 私には優しい夫と息子がいるんだから、泣いてばかりじゃ駄目よね。
 雫を忘れる事はないけれど、いつか思い出に変わるその時がくる。

 けれども運命は皮肉にも、1人残った息子まで連れ去ってしまう。
 45歳の時、尚人は親友の賢也君に看取られ亡くなったのだ。
 2人の子供が親の私達より先にってしまうなんて、どう耐えればいいの?
 夫と2人きりになり、私は生きる気力を失くしていった。
 食事の量も減り、もともと食事に興味がなかった私の体重はどんどん減っていく。
 そしてある朝、唐突に胸の痛みを覚え意識を失った――。

 目が覚めると知らない部屋の中にいた。
 どう見ても病院ではない気がする。
 ここは、何処どこ
 夫の姿を探そうと起き上がり違和感を覚える。
 あれ? 
 視線がなんだか低いような気がする。
 自分の体を見てみると、手が小さい。
 部屋へ置かれた姿見に映った姿を見て仰天ぎょうてんした。

「誰!?」
 
 そこには自分とまったく違う、小さな少女の姿があった。

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