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第4章 迷宮都市 ダンジョン攻略

第340話 リーシャ・ハンフリーの生涯

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 【リーシャ・ハンフリー】

 この温かい水の中で、私は微睡まどろんでいる。
 私に語り掛ける言葉を、お腹の中でいつも聞いていた。

 優しいお母さんの声、元気なお姉ちゃんの声、お腹に手を当ててでてくれるお父さんの温もり。
 しっかりしたお兄ちゃんの声、1人だけお姉ちゃんかお兄ちゃんか分からない人がいたけど……。

 全部覚えているよ。

 名前も皆に付けてもらった。

 香織かおり

 素敵な名前をありがとう。
 私も早く皆と会って、お話ししたいなぁ~。

 体が少しずつ成長していくと、家族の声がより鮮明に聞こえるようになった。
 お姉ちゃんの読む物語は竜が出てくるお話が多いね。

 私も竜の背中に乗って旅をしてみたい。

 もう少しで生まれてくるから待っててね。
 そんな当たり前の願いは叶わなかった――――。

 お母さんが交通事故にって、胎児だった私は事故でこの世を去ってしまったから……。


 転生したと気付いたのは7歳の誕生日。
 
 子供の頃から漠然ばくぜんと何かがおかしいと常に感じていたのは、両親が本当・・の両親じゃなかったからだったんだ。

 公爵令嬢として生まれた私は乳母に育てられた。
 お母様は私を産んでから、体が弱くなってしまったらしい。

 お父様はそんなお母様の事が心配で、子供の私は体にさわるからと滅多に会わせてもらえなかった。
 
 子供心にお母様に会えない事はとても寂しかったけれど、自分がそもそもこの家の子じゃないと気付いてからは気持ちが楽になった。

 それに誕生日を境に私は毎晩夢を見るようになったからだ。
 夢に出てくる女の子は最初誰だか分からなかったので、私は秘密の友達が出来たと思っていた。

 でもしばらくすると、女の子が沙良お姉ちゃんだと分かった。
 私は夢の中で沙良お姉ちゃんが見聞きした事を一緒に体験していく事になる。

 夢でしか会えない本当の家族。

 お母さん、お父さん、賢也けんやお兄ちゃん、沙良さらお姉ちゃん、あかねお兄ちゃん?、双子の弟、はるちゃんとまぁちゃん。

 私は一緒に育つ事は出来なかったけど、日本の家族に毎晩会ってその成長を見てきた。
 そのスピードは早く、1年で8年程が過ぎていく。

 7歳だった沙良お姉ちゃんは1年後、15歳になっていた。
 それに合わせて私も沙良お姉ちゃんが体験した事を知識として覚えていった。

 だから毎年私の命日には、家族全員でお墓参りに行ってその死をしのんでくれている事も知っている。

 墓前に飾られているのは可愛らしい花とケーキだった。
 私が今生きている世界にケーキは無かったので、どんな味がするんだろうと気になる。

 一度くらい食べてみたかったなぁ~。
  
 その後、お母様の容態はどんどん悪化の一途を辿たどった。
 お父様は、娘の私の事を忘れてしまっているかのよう。

 毎年の誕生日プレゼントは、決まってぬいぐるみだった。
 王都で社交から帰ってきた時のお土産はレースのリボン。

 まるで私がいつまでも成長しない子供だとでも思っているのかしら?
 ぬいぐるみを貰って嬉しいと思う年齢は、とっくに過ぎてしまっているのにね。

 時々思い出しては私の事を構ってくれるけど、それはまるでペットを可愛がる様とよく似ていた。
 自分の時間がある時だけ、仕事が忙しい時は公爵邸を不在にしたままだ。

 私は全くと言っていい程、両親に放っておかれた。
 愛情を感じる事など出来ない。

 貴族というのは、こんなにも家族関係が希薄なんだろうか?
 日本での家族の様子を夢で見る限り、両親は愛情たっぷりに子供を育てているんだけどな……。

 ちょっと沙良お姉ちゃんが、双子達を私の代わりに可愛がってしまった所為せいで女の子みたいになっちゃってるけどね。

 賢也お兄ちゃんが私のために弁護士を目指した事や、親友のあさひさんの妹のしずくちゃんのために医者になる決意をした事も知ってるよ。

 そして心臓が弱い雫ちゃんがしていたゲームの内容を見て愕然がくぜんとする。
 私は、そのゲームの世界に転生してしまったらしい。

 しかも後妻に虐待されて死ぬ運命だ。

 このストーリーは変えられないのかな?
 私は12歳でまた・・理不尽りふじんな死を迎えるんだろうか……。

 その雫ちゃんが亡くなって、双子達が号泣している姿も見た。
 私はどんどん沙良お姉ちゃんと一緒に大人になっていく。

 10歳の時、とうとうお母様が亡くなってしまった。
 正直、私はお母様とほとんど会った事はなく、また育ててもらった覚えも無いので泣けなかった。

 毎晩夢で会う、日本の両親の方が余程身近に感じたくらいだ。
 
 その1年後、お父様は新しい継母と再婚した。
 やっぱりゲーム通りに話は進むらしい。

 結末が分かっているのに、体験しないといけないなんて……。
 
 そこから私の地獄の日々が始まる。

 継母は私の存在が気に入らないみたいで、毎日棒で叩かれた。
 少しでも口答えしようものなら、納屋に監禁される。

 私の部屋や洋服は継子に取り上げられ、粗末な古着を着せられた。
 食事は、まるで残飯のような物を食べさせられる。

 お父様は仕事で忙しいのか不在時が多く、継母に虐待されている事を話す機会が無い。

 偶に公爵邸に戻ってきた時は、4人一緒に食事をしても2人きりの時間は作ってくれなかった。

 お父様、私すごく痩せちゃったのよ?
 どうして気付いてくれないの?

 日本の家族なら、絶対直ぐに気付いてくれるのに!

 口を開こうとすると継母から鋭い視線が飛ぶ。
 私は何度も叩かれ痛い思いをしたトラウマから、継母を前にすると話せなくなってしまった。

 何度目かの監禁の最中、寒さと飢えで私は意識朦朧もうろうとなっている。

 暖房の無い納屋には、せんべい布団が置かれているだけ。
 飲み水も与えられず、古着1枚着た格好でぶるぶると震えながら布団にくるまっていた。

 継母の事は絶対に許せない!

 そして全く子育てをしなかった、お父様の事も!
 私は継母の目を盗んで、何度も視線でSOSを送ったのに……。 

 毎年お決まりのぬいぐるみを贈るより、ただ誕生日を2人きりで祝うだけの事がどうして出来なかったの?

 私には、ご馳走ちそうもケーキもプレゼントも要らなかった。
 お父様と話せる時間さえあれば、継母の虐待を訴える事が出来たからだ。

 でもそんな些細ささいな願いさえ、子供の事は継母に任せきりのお父様には最後まで伝わらなかった。

 毎日継母に棒で打たれる度に、この状況に気が付かないお父様を憎んだ。
 元々親らしい事を全くしない人ではあったけど、今回の事は流石さすがに見過ごせない。

 身分違いの結婚をして両親から愛想をつかされた2人にとって、結婚生活や子育てはどこかオママゴトの延長だったのだろう。

 頭がお花畑になっているんじゃないかと思う程、お父様はお母様の事しか目に入っていなかった。
 両親にとって娘の私は結婚生活のオマケにすぎない。

 もし私が前世の家族の事を思い出さなかったら、こんな生活には耐えられなかっただろう。

 世界が2人の間だけで完結している両親。
 時間がある時だけ構ってくるお父様。

 そこには愛情も信頼関係も無く、家族としては完全に崩壊していた……。

 今日は12月23日。
 明日は私が12歳になる誕生日だった。

 お父様は王都に社交に行って不在にしている。

 あぁやっと私は役目を終わらせる事が出来るのね。
 ゲームの主人公のために用意されたこの世界で、悪役令嬢が公爵令嬢になるためのモブキャラ。

 正直こんな世界に未練など何一つなかった。
 明日の朝、死ぬ事になろうとも最早どうでも良い。

 ただ一つだけ叶えて欲しい願いがある。
 それはもう一度、本当の家族の下に生まれ変わる事。

 だからお姉ちゃん、この世界を変えて家族を召喚してね。
 誰だか分からないけど夢の中で会った人が、私の本当の願いを一つだけ叶えてくれるんだって。

 48歳になっていた沙良お姉ちゃん。
 急に12歳になってしまうけど、私の代わりにこの世界で生きて。

 そして継母とお父様に復讐してほしい――。
 
 その後は好きに生きて貰えばいいから、本当に勝手な事をしてごめんなさい。
 出来れば早く両親をこの世界に呼んでほしいなぁ。

 今度こそ、皆と会えるのを楽しみにしてるよ……。

 私は最後の力を振りしぼって唱えた。

「召喚! 椎名しいな 沙良さら
 
 その瞬間、私の最悪だった2度目の人生は終わりを迎えた。

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