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第4章 迷宮都市 ダンジョン攻略

第245話 旭 雫 1 日本での生活

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 【あさひ しずく

 私の人生は、病気と闘いの毎日だった。

 生まれつき心臓が弱く人とは違う生活を送らなければならなかった私は、走る事も運動する事も出来なかった。

 なるべく心臓に負担をかけないよう大人しくしている事が重要だったので、子供の頃から大人しい子だと思われていたに違いない。

 でも本当の私は、やりたい事や言いたい事が沢山たくさんあった。
 そばで支えてくれる家族に迷惑を掛ける事になるからと、全てを我慢していたにすぎない。

 特に兄には申し訳ない気持ちで一杯だ。

 兄は小さい頃から私の面倒を嫌がらずみてくれた。
 病室で絵本を読んでと何度も強請ねだった時も、自分の時間を犠牲にして毎晩私が寝るまで読み聞かせをしてくれる優しい性格だ。

 10歳年上の兄には友人の賢也けんやさんがいて、その妹の沙良さらお姉ちゃんと一緒に病室にお見舞いにきてくれた。
 私と同い年の賢也さんの弟の双子、まぁちゃんとはるちゃんは幼馴染だった。

 子供の頃はよく御揃おそろいの服を着て遊んでいたのに、小学生になって2人が男の子・・・と知って非常にショックを受ける。

 だってスカート穿いてたし、本人達も男の子だと一言も言わなきゃ分かんないわよ!
 二卵性で余り似てない2人はタイプが違うけど、どっちも女の子としか見えなかったし……。

 子供だったから2人に裏切られたと思い「男の子の友達なんか嫌!」と怒って無視した記憶がある。
 それでも2人は怒ったりせず、女の子の格好は沙良お姉ちゃんの趣味だからごめんねと謝ってくれた。

 小学生・中学生と年を重ねる毎に、学校に行ける日が少なくなっていくのを感じるのが泣きたいくらい悲しかった。

 どうして私の心臓は普通の人と違うの?
 だってあの子達は普通に走れて、体育の授業も受けてるのに……。

 私は遠足にも運動会にも参加出来ないんだね。
 皆が楽しく過ごしている間、病院で検査入院と投薬治療の繰り返しの毎日。

 小学校で出来た友達は、中学に入るとお見舞いに来てくれなくなった。
 彼女達は部活に入って、休日も部活動の練習に行かなければならないからだ。

 でも本当は分かってる。
 もう、友達として見てくれてないんだって。

 学校に行ける日が少なくなると、どうしても会話がみ合わなくなる。
 彼女達の話題わだいに付いていけないから……。

 唯一、家族以外に毎週お見舞いに来てくれたのは幼馴染の雅ちゃんと遥ちゃんだけだった。
 
 中学校の修学旅行を病院の先生に止められた時は、悔しくて行きたいと泣きわめいてしまった。
 だってこれが思い出を作る事が出来る、最後のチャンスだったんだよ?
 
 私の心臓は段々悪くなる一方で、家族は内緒にしているけど心臓を移植するしか助からないって知っている。

 心臓を移植するという言葉の意味も理解していた。
 それは誰かが亡くならなければ出来ないんだって……。

 私は亡くなった人の心臓をもらう事でしか、この先生きていけないみたい。
 それは何て悲しい人生だろう。

 他人の心臓を待ち続けるなんて、まるで人が死ぬのを期待しているみたいじゃないか……。

 お母さん、どうかそんな風には思わないで。
 その子は、私と同じように誰かに大切に愛されている子供なんだから。
 人の死を願うのは止めてね。 
 
 私はもう充分生きたから。
 あとは静かに眠りたい。

 もうこれ以上生きているのは、正直ちょっとしんどいなぁ。

 尚人兄なおとにい賢也けんやさんが、私のために外科医を目指していると知った時、あぁまだ死ぬ事は出来ないんだと漠然ばくぜんと思った。

 なんとか中学を卒業したけど、双子達と一緒に通うはずだった高校には一度も通えていない。
 病室には高校の制服が飾られてあった。
 
 雅ちゃんと遥ちゃんは本当に似てない双子で、ちょっと口の悪い美人な雅ちゃんと可愛いタイプの遥ちゃんはとても仲が良かった。
 
 遥ちゃんは制服を着ていなければ絶対に男の子には見えないだろう。
 電車で痴漢にうと、雅ちゃんが助けていたそうだ。

 雅ちゃんはお爺さんがイギリス人なので、祖父の血が強く出たのか賢也さんと同じく少し日本人離れした顔立ちをしていた。
 身長も175cmの遥ちゃんより10cm高い185cmだ。

しずくちゃん、元気してた? 僕この間の中間テストで赤点取って、賢也お兄ちゃんに怒られたよ~」

 病室に入ってくるなり、遥ちゃんが私の胸に顔をうずめ抱き着いてくる。
 見た目少女にしか見えないし、幼馴染なのでこれはいつものスキンシップだ。

「何のテストで赤点取ったの? ちゃんと勉強したんでしょ?」

「社会のテストだよ。歴史って暗記するしかないから苦手」

「あ~、遥ちゃん暗記問題全滅だもんね。雅ちゃんは大丈夫だったの?」

「俺はなんとかギリギリセーフ。こいつはテスト勉強中に寝て自業自得だからね。優しく慰める必要なんてないよ!」

「わぁ、雅ちゃんバラすの無し! 俺だって頑張ったんだから、でもどうしても暗記してると眠たくなるんだよ~」

 どうやらテスト勉強中に寝落ちして、赤点を取ってしまったらしい。
 遥ちゃんは、それからも学校での出来事を沢山話してくれた。
 雅ちゃんは、遥ちゃんの話す内容に時々突っ込みを入れて笑わせてくれる。

 本当に優しくて大好きな私の親友達。
 
 でもね、最近胸の痛みがひどくなってきてるんだ……。
 私、もう2人に会えないかも知れないの。

 でもそんな事は言えなくて、遥ちゃんの話を最後まで笑顔で聞いた。
 想い出に残る顔が泣き顔なんて嫌だったから。

 2人が帰った後、胸が苦しくなった。
 刻一刻と自分の命がこぼれていくのが分かる。

 後何回、2人に会う事が出来るんだろう。

 数日後。
 兄が研修医から専門医になった事を、嬉しそうに賢也さんと一緒に報告しにきてくれた。
 私は、これでようやく自由になれるとほっと安心する。

 もうこれで大丈夫。
 兄は外科医になって、これから多くの人を助ける事になる。

 私の心臓を治してくれると言い勉強嫌いの兄が7年以上も頑張り続けてくれた事が、何よりも嬉しかった。

 兄のために今日まで頑張ってきたけど、流石さすがに限界が近付いているのが分かる。

「これから沢山の人を治療してあげてね! 雫との約束だよ!」

 ぎりぎりまで必死につないだ命の欠片は、もうほとんど残っていない。
 これが兄と会う最後の時間になるだろう。
 
 力を振り絞って兄と指切りをする。
 今日、この日の約束を絶対に忘れないでね。

 心臓の痛みを隠して、笑顔でお別れだ。

 数時間後、心臓の動きが段々弱くなっていく。
 あぁ、もうすぐ命が尽きるんだ。

 今度は健康な体で生まれ変わりたいなぁ。

 まぁちゃん、はるちゃんどうか泣かないで。
 尚人兄、ちゃんと医者を続けてね。
 お父さん、お母さん、先にく事になってごめんなさい。

 健康な子に産んであげられなくてごめんねと、隠れて何度も泣いていたお母さん。

 お母さんの所為せいじゃないよ。
 だからもう、泣くのは最後にしてね。
 
 優しかったお父さん。
 美味しいとは言えない母の手料理を、文句ひとつ言わずに毎回残さず食べてあげていた。
 そのお陰で、私も尚人兄も残せなくなってしまったのは地味に辛かったなぁ。

 私、2人の娘に産まれて本当に幸せだったと思う。
 大好きな家族とお別れするのはとても寂しいけど……。

 でも、ずっと前に覚悟は決めていたから死にたくないとは思わない。 

 沢山頑張ったけど、もうこれ以上は難しいみたい。
 天国から皆の事を見守ってるよ。

 一度も袖を通す事がなかった制服を最後に瞳に映すと、私の意識は途切れた――――。

 それは、たった18年という短い人生が終わった瞬間だった。

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