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本編
馴れ初め編3
しおりを挟む修一は、先ほどの陽介が見せた態度、所謂『お願い』を大抵は聞いてくれる。その内容が一度ならず、すでに何度も経験したことがあることならば尚更だ。それでも素面では中々に厳しいので当初は酒の力を借りていたが、最近ではそんなことも減ったはずだった。
それなのに、今日の修一は一味違う。何かを決意したように真剣な表情で修一は引かないのだ。これにはいい加減陽介を覚悟を決めねばならない。気が進まないが修一に現実を見せてやる時が来たのだ。いつかは直面する問題だったのだから仕方ないと陽介は腹を括った。
「…………いいよ。じゃあやってみようよ。修のためなら、修がそうしたいなら俺は構わないから」
「本当か!」
OKを出した途端、修一の顔がパッと綻んだ。とても嬉しそうに見える。
だが可哀想に。きっと、恐らく無理なのだ。
「たぶん、無理だと思うけど……」
思わずぼそりと呟いた陽介の言葉を修一が拾った。そして心外そうに言う。
「何だと。そんなことない。……もしかして心配なのか? 大丈夫、痛くしないよ、陽介。絶対に、優しくするから」
そう言って陽介の頬を優しく撫でる修一はどこぞの少女漫画のスパダリのごとき輝く笑顔と魅力的な声で陽介を安心させようと努めたが、悲しいかな、そんなことはあるのだ。しかしあまりに否定し続けるのも可哀想に思い、陽介はそれ以上言うことを堪えた。聞き分けのない彼には一度、現実を見せてやらないと納得しないだろう。
「本当? でも、修は女の子としかエッチしたことないよね。……大丈夫?」
「ああ、任せろ。男とやったことないが、女の子とならそっちも経験がある。だから大丈夫」
「…………修。元カノとアナルセックスをしたなんて話は聞きたくないんだけど? そういうこと言わないでって、言ったよね」
「わ、悪い……」
普段纏っている柔らかい雰囲気を一瞬にして消失させた陽介に修一が謝罪した。自分で意識して怒っている顔を作っているわけではないが、以前修一に「お前のその顔は本当に怖い」と言わしめたことからして、きっと鬼の形相をしているんだろうなと陽介は思う。嫉妬深い自覚はある。
「悪いと思ってるならいいよ。…………はぁ、修ってそういうところあるよね」
修一はたまにこうして陽介の地雷を踏み抜く。デリカシーに欠ける一面があるのだ。それは修一の数少ない短所の一つだったが、ちゃんと指摘すれば修一は素直に謝って改善してくれるので陽介は極力気にしないようにしていた。だが時折心抉られそうになることは確かだった。
それに、こうしていちいち嫉妬深いように陽介自身の方が多くの短所を持つのであまり強くは言えない。だが、極力修一の口から女性関係の言葉は聞きたくないのだ。
「気をつけるよ。ごめんな。……それで、本当にいいのか?」
「うん。じゃあ、準備してくるね」
非Ω男性は肛門性交の際、必ず直腸洗浄が必要である。
修一のたっての願いにより事前準備をを終わらせた陽介はベッドに横になった。正面に修一がのしかかる。「陽介」と甘い声を出して自分を見下ろす修一に陽介の胸は思わず高鳴った。「イケメンずるい」、口の中でそう小さく呟いた声は当然修一には届かない。
準備よし。雰囲気よし。前戯よし……ではない。あまりにも違和感が強すぎて萎えそうだったので、自分で軽くローションを馴染ませるだけにさせてもらった。そしてどうにか、さあ挿入という段階になって、やはり陽介の想定していた問題が露呈する。この段階になってようやく、修一もその重大な問題に気がついたようだった。
「…………」
「……修」
「……分かってる」
「勃ってない、けど」
「……ッ、ちょっと待ってろ」
そう言った修一は自分のモノを扱いて起立させようとしているようだった。……無駄な努力を、と陽介は思った。こればかりは仕方のないことなのに。
扱いている最中、頭の中で何を想像したのか問い詰めたいところだったがそうすると自分も傷つきそうなので陽介はやめた。そして何とか「よし」と準備を終えた修一が再び望む。……だが。
「……っ」
「修、やっぱり無理だよ」
修一が絶望した様子で「俺が中折れするなんて……」とぼそりと呟いた。その表情は未だかつて見たことがない程に暗い。
可哀想にと陽介は思ったが決して口には出さずにおく。同じ男として、それを言われることがどんなに辛いか理解しているからだ。
陽介は修一が「俺が」と言っている事から、彼にとってこのような事態は極めて珍しいことなのだろうと予想した。経験豊富で雰囲気作りや、陽介が拒否したこと以外の前戯も上手い。経験の分の馴れや余裕、自信もあるだろうからこのような事態に陥ることなどそうそうないに違いない。だが、今回のことは修一は今までに経験したことのない出来事であるのだ。
ーーこうなると思ったんだ。ノンケの修が、男の俺の体に興奮するわけがない。だからタチは無理なんだよ。
修一は事態にひどくショックを受けている様子だったが、それは陽介も同じだ。改めて、修一が陽介の体に性的な興奮を覚えない現実を突きつけられて悲しかった。こうしてお互いに傷つくだけの結果に終わることを陽介は予期していた。だから反対したのだ。
修一はどう足掻いてもヘテロセクシャルで、Ωである。その修一が陽介とセックスをするためには直接生殖器官を刺激されなければ快感を得ることは不可能なのだ。陽介を相手にする場合、修一の適正は間違いなくネコである。その事実は変えられない。彼は挿入さえされたならば非Ω男性より余程快感を得易いし、非Ω男性と同様に前立腺もあるから、そこを弄られれば非Ω男性同様に快感を得られるのに、彼にはそれが受け入れ難いようだった。
修一がΩだからこそ、今までは男の陽介相手でも反応して勃起し射精に至っていたのだ。彼はその事実をここにきてようやく理解し始めたらしかった。
だが、修一はまだ諦めない様子だった。
「……じゃあ、扱き合うのは」
往生際の悪い修一がなおも続けようとしている。まだ足掻き足りないらしい。まったく、諦めの悪い…と陽介は思った。同時に、そんなにネコ役が嫌なのかと、陽介に挿入されるのが嫌なのかと内心落ち込む。
修一はそんな陽介の心境などつゆ知らず再び無駄な足掻きを続けていた。
それでもやはり、無理なものは無理である。
お互いを愛撫して陽介のモノは勃ち上がった。性的嗜好ど真ん中の相手に触れられているのだから当然といえば当然だ。だが、修一の方はというと。
「……ねえ、無理だよ。時間かければイけるかもしれないけど、そんなに擦ってたら痛くなっちゃうよ。…………ね、分かったでしょ? 俺たち二人がセックスするには修一がウケをするしかないんだよ。絶対、その方がいい」
「ああ、そうだな……」
落ち込む修一が可哀想なので「だからやめとけって言ったのに」と頭に浮かんだ言葉は何とか堪えた。嫌われたり、セックスに忌避感を抱かれても困る。だから修一が失敗してしまった分、今度は陽介が努力する番だった。
「ねえ。修のお願いを聞いたんだから、今度は俺のお願いを聞いてくれるよね」
「……」
修一はまだ落ち込んでいるのか肩を落として沈黙している。挫折経験が少ない分、ショックの度合いが大きかったのだろう、可哀想に。そう思った陽介は修一が自信を取り戻せるように、いやというほど気持ちよくしてあげようと決意する。
「気を取り直して今まで通りセックスしよう? 大丈夫、俺が絶対に、浴びるほど気持ちよくしてあげるからね」
そう言って陽介はいじけている修一をベッドに押し倒し、いつものように行為に及んだのだった。
結論から述べると陽介的には、やはり修一はネコの適性があってチョロい体をしているといった事実が浮き彫りになった。お互いにとても気持ちが良かったのだ。修一は素直にそう言わないが、彼が出したものを見れば一目瞭然だった。男の体とは実にわかりやすくて良い、陽介はしみじみそう思った。
「やっぱりお互い、こっちの方がしっくりくるね! 気持ちよかったね? ねえ、修。大好き。愛してるよ」
「ああ、そうだな……。……俺も」
聞いているのかいないのか、どこか遠い目をして放心状態の修一が思い出したように「俺も」とつけ加える。まだショック引きずってるのか賢者タイムなのかわからないが、とりあえず同意してくれたことに陽介は喜んだ。散々修一に対してチョロいだの容易いだの思ってはいたが、それはどうやら陽介も同じのようだ。
「やっと分かってくれたんだね、嬉しい! それで、ちゃんと適正が分かったんだから、これからはもっと沢山しようね? 楽しみだねえ!」
「ああ、そうだな……」
修一は今度こそ聞いてなかったのだが陽介はお構いなしだった。これで修一は心から自分を受け入れてくれるはず、そんな思いが胸いっぱいに広がっていたからだ。
陽介は二人の明るい未来に思いを馳せる。今までは修一が渋るせいであまりセックスができなかったが、これからはそうではない。もっと沢山繋がって修一を目一杯気持ちよくさせて、自分から離れられないようにしないと。とりあえず体だけでも繋ぎ止めなければ。
陽介はそう決意して、修一の額にキスを落とした。
そしてこれ以降、このようなお互いが傷つくだけに終わる悲しい試みは二度と行われることはなかった。
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