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ヤンデレルート

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 なぜ黙っていたんだと、渡していた自宅の鍵と、恐らく動画が入っているのであろうSDカードを乱暴に投げて寄越した室賀は繰り返し、修一が沈黙していたことを責めた。

 やはり、思っていたとおり陽介は動画をまだ隠し持っていたのだ。
 裏切られた事実に直面させられて、修一は落胆した。

「お前に、言えるわけがないだろう……」

 ぼそりと独り言のように呟く修一の言葉を、抜け目なく室賀が拾う。

「何故だ。何故俺に言えない? それなら、他のやつには言ったのかよ。ええ?」

「……」

 どうせ誰にも言ってないんだろうと吐き捨てる室賀に対し、沈黙を余儀なくされる。

「俺は、そんなに信頼できないか? 友人として頼るに値しないのか。如月の中で俺は、他の奴らと横並びか? …………お前のことを親友だと思ってたのは、俺だけだったのかよ」

「っ……違う! お前のことは俺も親友だと思ってる、大切に思っているに決まってるだろう! ……だからこそ、軽蔑されるんじゃないかと思って言わなかった」

「は!? 井領に対してはともかく、何故俺がお前を軽蔑するなんて話になるんだ! 全く、意味がわからん」

「それは……」

 だって、室賀が自分に期待しているのは公私ともに信頼できる、対等な友人としての『Ωらしくない如月修一』ではないか。あの時のような、いかにもΩらしい本性を剥き出しにした無様な姿を晒している自分ではない。
 そもそも知り合いの行為の動画を見せられる、といったことすら本来であれば苦痛だろう。
 それを、「お前にしか頼めない」などと言って彼との友情につけ込み、空き巣の真似事をさせてまで探させた。……軽蔑しないはずがない。
 
 それすら言い出せずに卑怯にも口籠る修一に、室賀は呆れたように大きくため息を吐く。
 優しい友人はそれ以上の追求はせず、話題を変えてくれた。

「……それで? お前は四ヶ月も、これを黙ってた。本当なら一生黙っているつもりだったんだろう。それなのに今さら何故、これを探させたんだ」

 その件については、室賀に迷惑をかけて巻き込んでしまった以上は話すべきことだった。佐伯に紹介された男からは、極力他者には漏らさないように言われていたが室賀に関してはそうはいかない。

 男と話した内容、修一の望み、これから起こるであろうことを、簡潔に室賀に伝える。
 それを聞いた室賀はしばらく黙り込んだ。両腕を組み、険しい表情をして考え込んだ様子で一言も話さない。
 そうしてしばらくすると、室賀は口を開く。そしてはっきりと、「俺は反対だ」と修一に告げた。

「逮捕監禁、傷害、脅迫、強制性交……それに、強制番制約。これだけされて、お前はまだそんな甘いことを言ってるのか? 井領には、社会的制裁を受けさせるべきだ。……如月、奴を告訴しろ。それで、接近禁止命令を取れ。そうすれば今後、奴がお前に近づくことは難しくなる。報復に怯えることなくお前は安全に暮らせる」

 しばらくはな、と室賀が憎々しげに付け加えた。
 室賀があの動画をどこまで見たのかはわからない。聞く気もなかった。だが室賀が羅列する罪状を聞く限り、修一が頼んだように動画の冒頭のみを見ただけではないのだろう。自分のために動いてくれた室賀を責める気はなかったが、友人に醜悪な本性を知られてしまったことへの忸怩たる思いが胸中に重くのしかかる。
 室賀が羅列した罪状は修一がかつて陽介に告げたものと相違なかった。だが、その罪に対しどう動こうとしているのかは、まるで違う。

「社会的制裁というのなら、俺の方法でも結果的にはそうなる。だから、訴える気はない」

「結果的にはそうなるって……甘すぎる。強制番制約の罪がほとんど起訴されないとはいえ、それでもあの動画があれば一発で起訴に持ち込める。それはお前もわかっているはずだ。なのに何故訴ない? 親告罪だぞ。あと二ヶ月以内にお前が訴え出なければ、奴は一生野放しだ」

 親告罪とは、その犯人を知った時点から六ヶ月以内に被害者による告訴がなければ起訴されない罪である。つまり修一が残り二ヶ月以内に訴え出なければ処罰が免除され、実質的には無罪となるのだ。
 そして室賀が取得を勧める接近禁止命令とは、裁判所が命ずるもので通常は六ヶ月という期限が設けられているが、番間による接近禁止命令はその特性から、申請さえ受理されれば被害者がそれを取り下げるか、どちらかが死亡しない限り生涯適用される。

 室賀は、陽介が社会的にも物理的にも二度と修一に近づかないことを勧めていた。
 その提案をまるで了承しようとしない修一に、室賀は腹に据えかねたように、あの出来事を再び咎めた。

「そもそも、あんなことをされて何故許したんだ! …………あの動画は、酷すぎる。あんな、お前の人格をまるで無視した犯罪行為じゃないか。悪質にも程がある! なぁ、お前が警察や検察、法廷で話したくないって言うなら、俺が代理人になってやる。そうしたら望まない質問には答えなくていい。ただ、俺に任せてくれたら俺がお前をーー」

「室賀、約束しただろう。黙っていてくれるって」

「……クソッ。お前、こうなるって分かってて俺に約束させたな。……汚いぞ」

 室賀の発言を遮って、修一は事前に交わした約束を持ち出した。本当は動画の内容についても触れて欲しくはなかったが、ここまで巻き込んでおいてそれすらも黙っていろ、などとは言えなかった。
 汚い、と言われたことについては全くもって同意する。間違いなくその通りだったから。

「そうだな……すまない」

 室賀は腹立たしげに盛大に舌打ちをした後、渋々といった風に「わかったよ」と呟いた。

「なら、今回のことは、誰にも言わないでくれるか……?」

「……ああ。心底ムカつくし、納得いかないけどな! ……そこまで言うなら黙っていてやる。だって、ここでお前の言うことを無視して動いてみろ。お前は二度と俺を信用しないんだろう? そうなれば俺はお前の親友から、ただの仕事仲間に格下げだ。今後起こる何もかもを俺に黙って、お前は一人でやるはずだ。そんなことをさせる気はないからな」

「……ありがとう、室賀。お前がいてくれて本当によかった」

 まだ自分を親友なんて言ってくれる室賀に、修一は心から感謝した。
 やはり室賀だって、自分にとってかけがえのない人間なのだと実感する。陽介とは違う意味で大切な存在だ。自分もいつかは、彼の助けになることができるだろうかと考える。その時は、今の室賀のように何を置いても彼の力になるから、と誓う。

 そんな修一に、室賀は「お前は、俺が黙ってるって分かったとたんに調子いいこと言いやがって」と顔を背けてしまった。その耳が僅かに赤いように見えるのは恐らく気のせいではない。
 照れて顔を背けている友人がいつもと違って可愛く思えて、修一は思わず笑みを溢してしまった。



「じゃあ、退院の日付が決まったら呼んでくれ。荷物とか色々あるんだろう? 迎えに来てやるから」

 室賀は帰る直前、修一にそう提案してくれた。
 そこまで世話をかけるなんて申し訳ない、大丈夫だからと辞退する修一に、室賀はやや強引に約束を取り付けさせる。

「は? その病み上がりのふらふらの体で、一人で荷物抱えて帰るって? 馬鹿を言うな。そこは素直に、お願いしますって言っとけばいいんだよ」

 室賀は呆れたようにそう告げると、続けて真剣な表情で修一に問う。

「如月。お前が倒れる直前に話した治験のこと、覚えてるか」

「ああ……、番を寛解状態にもっていける、っていう話だったか。室賀、有難いけど今はーー」

 数日前、倒れる直前に三人で交わした会話を思い出す。
 室賀の知り合いがバース関係の研究をやっていて、その治験に参加できる、という話だったはずだ。
 その申し出は有難かったが、今はそこまで考え行動に移す余裕はなかった。彼の善意を無下にすることになり申し訳ないと思ったが修一はそれを断ろうとするが、その言葉は室賀に遮られる。

「なぁ、今すぐに答えを出さなくていい。ただ、そういう方法もあるんだって、知っとけ」

「……分かった」

「よし。それじゃあ、また連絡しろよ。待ってるから」

 そう言って立ち去ろうとする室賀に、最後にもう一度礼が言いたくて引き留める。

「室賀! ……本当に、ありがとう」

 助けてくれて。友人でいてくれて。嫌悪しないでいてくれて。
 そう気持ちを込めて彼に伝えた。

「いいって。じゃあ、またな」

 やれやれ、といったふうに苦笑いを返すと室賀は病室を出て行った。
 その後ろ姿を見送ると、修一はどこか気疲れを感じてベッドに横になった。いつの間にか硬く握り締めていた拳に気がついて力を抜く。気心知れた長年の友人である室賀を相手に、相当に緊張していたことを悟った。

 次にやるべき事は、動画を確認して然るべき場所に連絡を取ること。1日でも早く体力を戻すこと。
 そう決意して、修一は手元に残されたSDカードを眺めた。
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