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19. 俺の掌で踊れ
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昼休みだというのに、いつも賑やかな食堂はお通夜の会場のように静かだ。ジョゼフ王子率いるお花様のたまり場の一つである、食堂の中二階にあるテラスの険悪な気配を本能的に感じ取った生徒たちは、黙々と食事をしているのだ。
王子はすこぶる機嫌が悪い。新入生よりも真っ白な制服で、いつもより香水の匂いがきつい。奥にある自分専用の赤いソファにどかっと座り、机に足を放り出している姿を、取り巻きであるお花様の残り三人はおろおろしながら見つめていた。
特別席にコレットがふわりと乱入した。いつものように天使のほほ笑みをたずさえながらやってきたコレットは、王子の耳元で怪しげにささやく。コレットの細い指が、少しづつ王子の腕にまとわりつく。
「マリーは聖女になりました。一生、聖女を辞めるつもりはないようです。彼女は頑固なので、一筋縄ではいかないでしょう。殿下、私と付き合い始めたふりをすればいいのです。そうすれば、義姉は気になって仕方ないはず。田舎者だと思って私を馬鹿にしているマリーは、私に殿下を取られたと知って、慌てて聖女を辞退するかもしれねえなあ」
王子はコレットの手を払いのけ、「邪魔だ、どけっ」と罵声を浴びせ、立ち上がた。
コレットは王子の後ろから消えそうなほど小さく声をかける。だがその声はねっとりと、どこまでも這って届きそうなほど低かった。
「あなたはもうじき、私のもの。決して逃しはしない」
食堂を出た王子は苛立たしさを隠すことなく、近くにあるゴミ箱を蹴散らした。散らばったゴミを器用に避け、さわやかな笑顔を放つユリーカが王子に向かって歩いてきた。
「物は大切にしないといけないよ」
「くっ。この野郎!俺の前に現れやがって、目障りなんだよ」
ジョゼフ王子がユリーカに殴りかかろうとするも、かわされてしまう。ユリーカは王子の耳元でささやく。
「押してばかりでは男として能がない。やり方を変えてみてはどうだろう?引くことは最大の攻撃なんだ。しつこいくらいにちょっかいをかけていた君が、いきなり絡んでこないんだ。誰だって気になると思うけど」
ユリーカは王子ににっこりと笑うと、軽やかに去っていった。
「俺の番だ。悪いが俺が勝つ。これで決めてやるぜ」
王子は授業をサボり、生徒会室で取り巻きのお花様たちとビリヤードに興じている。獲物を狙うかのごとく、王子は茶色い瞳をするどく見据えた。
(あの玉を狙うには、まずは手前の玉を落とさないといけない。)
王子はふと、さきほどのユリーカの不快な発言を思い出した。コレットの指がまとわりつく感触が、再び王子の腕に蘇ってきた。
「ああ、そういうことか。あいつらの進言も一理あるな」
王子は球を打つと、取り巻きの三人に声をかけた。
「おい、ピンク頭のところに行くぞ」
***
放課後、マリーたちの教室に王子と取り巻きがやってきた。マリーは「げっ」と小さく声を発したが、王子はマリーに思わせぶりな視線を投げると、コレットに話しかけた。
「コレット。俺の誕生日パーティーに、特別に招待してやる。俺は赤い薔薇をつける予定だ。その日、真っ赤のドレスを着ていいのはお前だけだ」
コレットはいつも以上におおげさに喜んでみせた。瞳をうるうるさせ、王子に抱き着く。王子はびくっと体を揺らしたのも一瞬、みせつけるようにコレットを抱きとめた。
王子はマリーの存在をたった今認識したという態度で、コレットの背中に腕を回しながら、マリーに話しかけてきた。
「俺のパーティーに、せっかくだからお前も招待してやるよ。こいつの義理の姉だからな」
マリーはありがたくなさそうにお礼を言うと、二人の様子に首を傾げた。
家に帰ったマリーは、部屋で探し物をしていた。カバンの中身を適当に机の上に放り出している様子からは、とてもご令嬢だとは思えない。王子の誕生日パーティーに来ていくドレスがあるのか確認しているのだ。
地味で、真っ赤とは正反対のものがいい。学生のマリーにはあまりにも渋い、灰色の露出が少ないドレスを見つけ、これだと喜ぶ。
マリーの兄が部屋に入ってきた。昨夜のことを話し合うためだろう。マリーは机の上に手紙を置きっぱなしにしていた。机に視線を向けた兄は、昨日のラブレターを発見すると、声を荒げた。
「おい、なんでマリーがその手紙を持ってるんだよ!?」
「あたしがもらった手紙だけど」
「よ、よこせ!それはオレの恥ずべき過去!お前、それ読んでないよな!?」
「お兄様の書いた手紙?この手紙には、D.C.Jとサインがあるけど。ファーストネームはマルセルでしょ」
何を言っているのだと呆れるマリーに、兄は叫びだす。かわいそうに、すっかり涙目だ。マリーは手紙を手に取り、署名を確認した。
「オレはデ・ラ・クレール・ジュニアと呼ばれているんだよ!」
「お兄様はあたしのことが好きなの?禁断の愛……?」
マリーは「漫画みたいでどきどきしちゃう」と、訳のわからないことをつぶやいている。
「そんなわけあるかあー!」
兄はマリーから手紙をひったくると、びりびりに破り捨てた。
「ああ!あたしのラブレターが!」
こうして、デ・ラ・クレール家のラブレター騒動は幕を下ろしたのであった。
王子はすこぶる機嫌が悪い。新入生よりも真っ白な制服で、いつもより香水の匂いがきつい。奥にある自分専用の赤いソファにどかっと座り、机に足を放り出している姿を、取り巻きであるお花様の残り三人はおろおろしながら見つめていた。
特別席にコレットがふわりと乱入した。いつものように天使のほほ笑みをたずさえながらやってきたコレットは、王子の耳元で怪しげにささやく。コレットの細い指が、少しづつ王子の腕にまとわりつく。
「マリーは聖女になりました。一生、聖女を辞めるつもりはないようです。彼女は頑固なので、一筋縄ではいかないでしょう。殿下、私と付き合い始めたふりをすればいいのです。そうすれば、義姉は気になって仕方ないはず。田舎者だと思って私を馬鹿にしているマリーは、私に殿下を取られたと知って、慌てて聖女を辞退するかもしれねえなあ」
王子はコレットの手を払いのけ、「邪魔だ、どけっ」と罵声を浴びせ、立ち上がた。
コレットは王子の後ろから消えそうなほど小さく声をかける。だがその声はねっとりと、どこまでも這って届きそうなほど低かった。
「あなたはもうじき、私のもの。決して逃しはしない」
食堂を出た王子は苛立たしさを隠すことなく、近くにあるゴミ箱を蹴散らした。散らばったゴミを器用に避け、さわやかな笑顔を放つユリーカが王子に向かって歩いてきた。
「物は大切にしないといけないよ」
「くっ。この野郎!俺の前に現れやがって、目障りなんだよ」
ジョゼフ王子がユリーカに殴りかかろうとするも、かわされてしまう。ユリーカは王子の耳元でささやく。
「押してばかりでは男として能がない。やり方を変えてみてはどうだろう?引くことは最大の攻撃なんだ。しつこいくらいにちょっかいをかけていた君が、いきなり絡んでこないんだ。誰だって気になると思うけど」
ユリーカは王子ににっこりと笑うと、軽やかに去っていった。
「俺の番だ。悪いが俺が勝つ。これで決めてやるぜ」
王子は授業をサボり、生徒会室で取り巻きのお花様たちとビリヤードに興じている。獲物を狙うかのごとく、王子は茶色い瞳をするどく見据えた。
(あの玉を狙うには、まずは手前の玉を落とさないといけない。)
王子はふと、さきほどのユリーカの不快な発言を思い出した。コレットの指がまとわりつく感触が、再び王子の腕に蘇ってきた。
「ああ、そういうことか。あいつらの進言も一理あるな」
王子は球を打つと、取り巻きの三人に声をかけた。
「おい、ピンク頭のところに行くぞ」
***
放課後、マリーたちの教室に王子と取り巻きがやってきた。マリーは「げっ」と小さく声を発したが、王子はマリーに思わせぶりな視線を投げると、コレットに話しかけた。
「コレット。俺の誕生日パーティーに、特別に招待してやる。俺は赤い薔薇をつける予定だ。その日、真っ赤のドレスを着ていいのはお前だけだ」
コレットはいつも以上におおげさに喜んでみせた。瞳をうるうるさせ、王子に抱き着く。王子はびくっと体を揺らしたのも一瞬、みせつけるようにコレットを抱きとめた。
王子はマリーの存在をたった今認識したという態度で、コレットの背中に腕を回しながら、マリーに話しかけてきた。
「俺のパーティーに、せっかくだからお前も招待してやるよ。こいつの義理の姉だからな」
マリーはありがたくなさそうにお礼を言うと、二人の様子に首を傾げた。
家に帰ったマリーは、部屋で探し物をしていた。カバンの中身を適当に机の上に放り出している様子からは、とてもご令嬢だとは思えない。王子の誕生日パーティーに来ていくドレスがあるのか確認しているのだ。
地味で、真っ赤とは正反対のものがいい。学生のマリーにはあまりにも渋い、灰色の露出が少ないドレスを見つけ、これだと喜ぶ。
マリーの兄が部屋に入ってきた。昨夜のことを話し合うためだろう。マリーは机の上に手紙を置きっぱなしにしていた。机に視線を向けた兄は、昨日のラブレターを発見すると、声を荒げた。
「おい、なんでマリーがその手紙を持ってるんだよ!?」
「あたしがもらった手紙だけど」
「よ、よこせ!それはオレの恥ずべき過去!お前、それ読んでないよな!?」
「お兄様の書いた手紙?この手紙には、D.C.Jとサインがあるけど。ファーストネームはマルセルでしょ」
何を言っているのだと呆れるマリーに、兄は叫びだす。かわいそうに、すっかり涙目だ。マリーは手紙を手に取り、署名を確認した。
「オレはデ・ラ・クレール・ジュニアと呼ばれているんだよ!」
「お兄様はあたしのことが好きなの?禁断の愛……?」
マリーは「漫画みたいでどきどきしちゃう」と、訳のわからないことをつぶやいている。
「そんなわけあるかあー!」
兄はマリーから手紙をひったくると、びりびりに破り捨てた。
「ああ!あたしのラブレターが!」
こうして、デ・ラ・クレール家のラブレター騒動は幕を下ろしたのであった。
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