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43. 1月11日 またまたパーティー

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 売られた喧嘩を買いに、頼れる友人二名と一緒にパーティーに乗り込もうとしている。社交は女の戦いだ。それなのに、胃がきりきりと痛い。


 今夜のパーティー会場となった貴族の屋敷に、キャンベル家の空飛ぶ馬車で駆けつける。
建物に踏み入れると、魔法音楽の調べが心地よく聞こえてくる。音楽が大きくなる方向に、カミラとルーシーとわたしは歩き出す。


 今宵わたしはカミラから借りた白と青を基調としたドレスに、ホームズ家に代々伝わるサファイヤで着飾っている。氷の国から来た女王のように威厳と気品を醸し出しているはずだ。


 主催者らしき中年の男性を見つけた。ヘンリーとわたしの新居に乗り込んできた女のために、今夜パーティーを開催したというのはこの男か。わたしはすばやく全身を観察した。スーツは上等な生地を使っていることは一目でもわかるのに、悲しいまでにだらしない体にフィットしていなかった。

「ひれ伏したくなる雰囲気だ」
主催者はわたしたちに気がついた。
「お嬢様方、今夜は楽しんでくれていることでしょうね」

「どうかしら?わたくしたちは着いたばかりですから」
カミラが答えた。

わたしはあたりを見渡して、例の女性が到着しているか注意深く観察した。
それが合図とばかりに、燃えるような赤と濡れたように潤んだ黒を基調としたドレスを纏った本人が足取り軽くやってきた。今朝見たあのケバケバしいルビーが首元を飾っている。

「あら、来てくれたのね。ダーリン、もう紹介は済んだの?」
主催者の腕に手を重ねて尋ねた。

「いや、まださ。こちらのお嬢様方を紹介してくれるかな」

「ヘンリーのところの子で、女主人になるんですって。それと、彼女のお友達よ。あたしが連れて来ていいわよって誘ったの」

わたしは頬が引きつった。なんて屈辱的な紹介の仕方だ。その言い方だと、わたしはただの野心のかたまりで妄想壁のある危ない女みたいだ。
カミラとルーシーは彼女を完全に睨みつけている。

主催者は「ええっと」と言ったきり、どうこの場を収めていいか考えあぐねている様子だ。わたしは主催者に向けて気取った笑みを放った。
「今宵、わたしは氷の国の女王」と心の中でつぶやき、これからの事態に立ち向かう勇気をかき集めた。

「アリス・ホームズでございます。ご紹介いただいたように、クラーク卿と婚約中で、実は昨日わたしたちの屋敷にご訪問いただきましたの。そのご縁で本日はご招待をお受けしましたのよ」
ちょっと高慢過ぎたかしら?
主催者に目を向けると、ほっとしたように「そうでしたか」と言った。

こちらに常識があってよかったわね!
「こちらのご令嬢方は、レディ・キャンベルとレディ・リッチフィールドですわ」

「そうですか、そうですか。美しいお嬢様方は大歓迎です。私はテッドと呼ばれています。特別な友人、セレナーデのためにこのちょっとしたパーティーを主催したんですよ」

今まで名前すら知らなかった。それにしてもセレナーデとは、変わった名前だ。

「ホームズ男爵令嬢にお声がけいただきましたの。わたくしたちは色々なパーティーのご招待を受けますけれど、そちらの方にお会いするのは初めてだわ」

カミラはセンスをパチンと閉じてセレナーデに向けた。かなり高圧的な態度だ。
わたしがそんなことされたらすくみあがってしまう。

「セレナーデは最近顔を出してくれるようになってくれた、新しいミューズなんだ」
主催者はセレナーデを崇拝するかのように熱い視線を向けた。

「最近社交界に出られたのね。それまではどちらにいらしたの?学校はどちら?」
カミラは攻撃の手を緩めない。

「あたし、ここに来たのはほんの前のことなの。北のずっと上の方にいたのよ」

「あなたにはわずかに訛りがあるわね。今まで聞いたことがないわ。もしかしてウンディネロー王国のハイランドエリアかしら。あそこには文明がないと聞くもの。あなたのその態度も頷けるわね」

セレナーデは答える代わりに、おかしそうにくすくす笑った。

「それにしてもセレナーデとは、変わったお名前だこと」
ルーシーが口を開いた。
カミラと同様に高圧的な口調だが、好奇心を隠しきれていない。なんとしてもセレナーデの謎めいた出自を知りたいのだと、顔に出ている。新たな小説の題材を見つけたのだろう。

「あたしの名前、素敵でしょう?あたしが生まれたときの泣き声が、恋人たちの歌みたいにロマンチックだったんですって」

生まれたときから恋の達人のような人に、どうやって太刀打ちしたらいいのだろう?わたしは途方に暮れる。

「ねえ、ダーリン。あの素敵な方を紹介してちょうだいよ」

セレナーデはわたしたちの会話に早くも飽きたようだ。パーティー会場に入ってきたばかりの目も覚める様な美男子を見つけると、テッドと呼ばれた主催者に耳打ちした。テッドはわたしたちに挨拶をすると、二人は腕を組んで美男子の元へと足取り軽く去っていった。

「なによ、あれ」
カミラが耳まで真っ赤にして怒る。頭から湯気が見えそうだ。

「興味をそそられるわね。正体をつきとめましょうよ」
ルーシーはさっそく観察をはじめた。


 二人はセレナーデが何者なのか、言いたい放題に推測している。わたしは困惑していた。ヘンリーにちょっかいを出すくせにわたしのことを気にするそぶりはないし、他の男性にも声をかけている。品定めをしつつ、蜜蜂のように様々な花の上を気ままに渡り歩いている。一つ言えることは、そんな人にヘンリーとの関係を壊されてはたまらない。


 パーティー開始からしばらくして、ヒューバート王子と一緒にヘンリーがやってきた。セレナーデはさほど王子に興味がないようだ。王子の方は興味津々といった態度を隠そうとさえしていない。セレナーデはヘンリーの腕に自分の手を乗せて、なれなれしく話をしている。ヘンリーは迷惑そうな顔を時折見せながら、それでも礼儀正しくしている。
カミラとルーシーがわたしをせっつく。

「あの女からさっさとヘンリーを救出してきなさいよ」

「あなたのお手並み拝見ね」

わたしがぎょっとしている間に、セレナーデは誘うような目でをヘンリーに向けている。
「あたしと踊ってくださらない?」

ヘンリーが断りたそうにしているのを見て、わたしは戦地に踏み入れる決意をした。

「まあ、ヘンリー!来てたのね」
わたしはヘンリーのもう一方の腕に手を通して、無邪気な声を出した。

ヘンリーは驚いた顔で「アリー?どうして」と、つぶやく。

「あたしが誘ってあげたの」
セレナーデが歌うように割って入った。

「君が?」
ヘンリーはかわいそうなほどに混乱している。

ヘンリーをぐいっと引っ張って、わたしは宣言した。
「悪いけど、ヘンリーはこれからわたしと踊るのよ。そうよね?」

わたしはぎろりとヘンリーを一瞥した。
「あ、ああ。そうだね、踊ろうか」

セレナーデはこちらを睨むと、ふんっと行ってしまった。

カミラとルーシーは王子を取り囲み、「お話しましょう」と近くにある椅子に座った。
近寄りがたい雰囲気で、入り込もうとする勇気のある令嬢はどうやらいないらしい。


 このラウンドはどうやらわたしの勝ちのようだ。
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