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36. 11月8日 EPのブティック

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 わたしは王都の中でもとりわけ華やかなエリアへ足を運んだ。博物館が近く、令嬢たちがうっとりした目でヘンリーのポスターを眺めている。
わたしはその光景が視界に入らないように気をつけながら、ドレスを買うために《EP》へと急ぐ。


 《EP》の店内に入ると、ふんわりと女性らしい匂いが鼻腔をくすぐる。店内の奥を見ると、ホームズ商会の魔法キャンドルが控えめに店内を照らしている。媚びない凛とした清々しさの中にも女性らしさを感じさせる匂いは、まさに《EP》のブランドコンセプト通りの匂いだ。そこに、ほんの少し幸せのエッセンスが含まれている。兄さんはなかなかいい仕事をしたようだ。

「いらっしゃいませ、ホームズ様」
店員の女性がにこやかに話しかけてきた。

「今日はディナー用のドレスと、夜会用のドレスを探しにきました」

選んでもらったドレスに袖を通して鏡の前に立つと、鏡の中のわたしは自分じゃないみたいだった。晩餐会用のドレスは華やかなデザインで、薄い黄色が下にいくにつれて赤く染まっていくグラデーションが朝日のように美しい。

「今までに挑戦したことがないタイプのデザインですけど、気に入りました」
わたしはぐっと大人っぽくなった自分の姿を見つめた。

次に試着した夜会用のドレスはクラシックで洗練されていて、わたし自身の魅力を引き出している。ライラック色の薄い布が何枚も重なり、動くたび可憐に揺れる。

「まあ、お似合いです。妖精みたいですね」

店員の女性の言葉に、初めて《EP》で買ったドレスのことを思い出した。それはペールブルー色のふんわりとしたドレスで、それを着て参加したパーティーでヘンリーに再会したのだ。ヘンリーは妖精みたいだと、ほめてくれたっけ。

「夜会用のドレスは、このドレスにしたいです」
鏡の中のわたしは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


 ドレスを脱いで支払いを待つ間、新たに店内に入ってきた客がうわさ話に興じている声が聞こえてきた。ある議員の不倫についてゴシップを楽しんでいたのもつかの間、三人組の客はヘンリーについてうわさしはじめた。しかもそのうわさ話はわたしが聞いたものの中でも、かなり強烈だった。

「娘の付き添いで行ったパーティーで、あのクラーク卿に会ったのよ」と、背の高い女性が連れの二人に向かって言った。

「まあ、どうだった?あのポスター通りにハンサムなの?」
ごてごてとした少女趣味のドレスに身を包んだ女性がその話に食いついてきた。

「ハンサムに決まっているじゃない。そうでしょう、べス?」
ふくよかな女性が少女趣味のドレスを着た女性の肩を叩きながら、べスと呼ばれた背の高い女性に尋ねた。

「男性的で整った顔をしていたわよ。娘のダンスの相手にどうかと思ったけど、あの子ったらしょうもない三男坊に夢中で困ったものだわ。
それでね、会場にいたほとんどすべての独身の娘さんたちがクラーク卿とお近づきになろうと、小突きあいが起きたの。スペルの掛け合いがはじまって、ダンスフロアは混乱を極めていたわ」

「まあ、最近の若い子ははしたないこと」
少女趣味の女性は非難しつつも、にやにやと笑っている。

ふくよかな女性もくすくすと笑っている。
「それで、誰がクラーク卿を射止めたの?」

「燃えるように情熱的な赤毛の持ち主だったわ。小突きあいの中をすっと抜けて、彼の腕をつかんでその場から去っていったわ。パーティーにいた知り合いに彼女を知っているかと聞いたけど、誰一人として知らないのよ」
べスは特大のスクープとばかりに言った。

鏡に映ったわたしの顔は真っ青だった。本当なの?信じてはだめ。あくまでも、あれはうわさよ。わたしは自分に言い聞かせた。
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