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32. 10月30日 冬の離宮の食堂

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 王子と親しい仲間たちのディナーがはじまる。わたしの席はヘンリーやカミラとは離れているし、見ず知らずの美男美女に囲まれて、わたしはただただ小さくなっている。
わたしの隣に座った男性は、とろけるような笑みを浮かべながら話しかけてきた。ブロンドに甘いマスクで、ひときわ洗練されたジャケットを着ている。

「君はここに来るのは初めてだよね?」

「ええ、そうよ。初めてご招待いただいたの。わたし、アリー・ホームズです」

「僕はフレッドだよ」
とびきりの甘い笑顔を向けてくる。

「フレッド、あなたはここにはよくいらっしゃるの?」

「毎年ね。ヒューバート王子のパーティーにはよく行くよ。だからこそ君みたいなタイプの女性がいるのは珍しくて、話してみたかったのさ。殿下の目に留まるには家柄と容姿が重要だからね。それで、いい人はいた?」
フレッドは身を乗りださんばかりに話しかけてきた。

「みなさん美男美女ばかりで、こうして眺めているだけでうっとりしちゃうわ」
わたしはフレッドから若干の距離を取った。

「そんないい子ぶらないでよ。見た目がよくて、しかも将来が約束されたごく一部の集まりだ。ここにいる誰かの妻の座に収まりたいと思うのは、君も令嬢として当然だろう?」

ちらりとヘンリーの方を向くと、隣のブロンド美女と話をしていてこちらに気がつく様子がない。あれはカミラとヒューバート王子を取り合っていた美女だ。

「ああ、あの男は若くして公爵を継いだそうだ。しかも冒険家ときた。長身にハンサムで、男らしい。アリーは目の付けどころがいいね。だけど残念。彼は売約済みさ」

それは自分だと名乗り出ようと口を開いたところで、フレッドの方が先を続けた。
「隣にいるブロンドさ」

「え?今なんて?」
フォークが床に落ちたが、給仕以外には気づかれていないようだ。というか、誰もわたしのことなんて気にしていない。

「僕の妹なんだ。今夜勝負をかけるつもりらしいよ」

昼間ヒューバート王子が鼻の下を伸ばしていたくらいだから、さぞ魅力的なんだろう。わたしは喉が乾いてしまって、グラスに残っている赤ワインをぐっと飲み干した。わたし、あのブロンド美女に勝てるかしら?輝く金髪に思わせぶりな目元、赤くたっぷりとした唇と同じ色のドレス。一方でくすんだブルネットに犬のパグみたいな顔、流行遅れのしなびた赤いドレス。同じ赤色なのに大違いだ。全然勝てる気がしない。

「あなたの妹さんが殿下と楽しそうに話しているのを見かけたわ」

「ヒューバート王子を好きにならない女の子なんていないさ。だけど、どんなに長年恋焦がれたところで手に入らない相手だ。せいぜいガールフレンド止まりだね」

「あなたたちの家柄なら手に入りそうだわ」

「無理だよ。王子様にはお姫様と、相場は決まっているからね」
フレッドは訳知り顔で頷く。

「好きになった人と結ばれることができたらいいのに」

「そういうわけにいかないのが僕ら特権階級というものさ。君ってずいぶんと無垢なんだね」

わたしはふんと鼻を鳴らした。

「本気で興味がわいてくるよ。あの冒険家はやめて僕にしておかない?けっこう優良物件だよ」

「お断りしておきます」
しつこく食い下がってくるフレッドに、わたしはそっけなく答えた。

フレッドは「つれないね」と笑うと、テーブルの下からそっと手を握ってきた。
「それならせめて、今夜だけでも試してみない?僕のよさがわかると思うな」

「もっといやよ」
そう言うと、わたしは手を払った。

「アリーちゃんって、やっぱり王子狙い?ヒューは典型的なプレイボーイだし、社交界の中心的人物だから悪名高いうわさもあるけどね。でもあれだけハンサムだし、それにやっぱり王子様だ」

「人の話、聞いてました?」

「僕たちの階級の多くが当たり前にしていることなのに、僕の誘いを断るなんて野暮なことをする理由は、王家に嫁ごうとしているくらいしか考えつかないよ」

「あるいは本当にあなたがいやだって可能性もあるわ」

「やれやれ、手厳しいね」
フレッドは降参といわんばかりに両手を顔の横に上げた。
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