上 下
20 / 47

20. 10月26日 塔の上

しおりを挟む
 ペガサスのクリシーに乗って、どこまでも高く駆ける。この瞬間、わたしは自由だ。

 「クリシー。もっと速く、もっと高く」
悩みを払い落とすように、わたしはぐんぐんと愛馬のペガサスを走らせる。空高く駆けるのは気持ちがいい。ペガサス乗馬クラブは入会金が高くて入会を諦めたけど、わたしはこうやってクリシーと一緒に空の散歩を楽しんでいる。

王都パールモルネの南側にあるダウンタウンは蒸気の街と呼ばれるだけあり、産業革命によって工業と魔法が混ざり合い、街並みを見下ろすだけでも面白い。

 ペガサスの速度と高度を徐々に落とし、見晴らしのいい塔の上に降り立った。蒸気の力で塔の歯車を回し、工業街に必要なエネルギーを供給しているのだ。

 わたしは愛馬のクリシーから降り、彼女の白色と灰色が交ざった毛をなでてやった。
家から持ってきたブランケットを敷いて、そこに腰を降ろした。悩んだときは、こうして塔の上から街を眺めるのだ。
目を凝らせば、ホームズ商会の工場も見える。

 ダウンタウンの高低差のある街並みは成長を遂げている途中で、今も上に下に街が拡大している。工場の煙突から蒸気を勢いよく吐き出していて、この都市はまるで生きているみたいだ。


 わたしは持参した日記に考えをまとめる。今日はジムがわが家のディナーに来る。うまくいくといいけど。ジムとは良好な関係を築きたい。でもそれはあくまで友人関係だ。
最後に会ったとき、ジムはわたしと関係をすすめたいと言ってきた。だけどわたしたちはお互いに惹かれていないと、わたしは知ってしまった。

悩みはホームズ商会とジムだけではない。
ヘンリーはどうしてしまったのだ。わたしは結婚式をドタキャンされたことを許すことができない。だけどヘンリーは去年とはまるで別人だ。ヘンリーはわたしに好意を持っているのだろうか。
あの力強く熱を帯びた瞳で口説かれたら、落ちてしまう令嬢はあとを絶たないだろう。昨夜だって、ちょっと触られたくらいでわたしの心臓は跳ね上がり、その場でとけてしまいそうだったのだ。気を引き締めないと。
そもそもヘンリーはわたしと結婚したいのだろうか?このまま破棄をすべきなのか、ヘンリーの意志を確認しないと。


 霧のように細かい小雨が降りはじめ、塔の白い屋根を濡らしはじめた。わたしは急いで荷物をまとめて愛馬に駆け寄る。
「クリシー、視界が悪くなる前に帰りましょう」

ぎしぎしと、聞こえるはずのない物音がする。ここにはクリシーとわたししかいないのに。
わたしは音のした方を注意深く見た。

階段を登って、思いつめた顔をした男性が塔の上に現れた。
わたしの存在に気がつくと、「ああ、先客がいたんだ」とつぶやいた。
ゆっくりと、こちらに近づいてくる。精気のない顔から二つのぎらぎらとした目が怪しく光っている。

 「もう人生おしまいだ。せめて最後に話を」と言いながら、わたしに手を伸ばしてきた。

あまりに不気味で、わたしはあとずさりした。それが悪かった。
いつの間にかわたしは塔の淵まで来ていたようだ。靴が雨で滑って、わたしは背中から落下していった。

 「クリシー!」
わたしはペガサスを呼んだ。

塔の上にいる彼女にはわたしの声が届かない。
こんなときに限って役に立つスペルが浮かんでこない。寄宿学校であんなにたくさんのスペルを学んだというのに。
頭が真っ白になったときに頭に浮かんだことは一つだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

悪役令嬢は高らかに笑う。

アズやっこ
恋愛
エドワード第一王子の婚約者に選ばれたのは公爵令嬢の私、シャーロット。 エドワード王子を慕う公爵令嬢からは靴を隠されたり色々地味な嫌がらせをされ、エドワード王子からは男爵令嬢に、なぜ嫌がらせをした!と言われる。 たまたま決まっただけで望んで婚約者になったわけでもないのに。 男爵令嬢に教えてもらった。 この世界は乙女ゲームの世界みたい。 なら、私が乙女ゲームの世界を作ってあげるわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。(話し方など)

処理中です...