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16. 10月23日 またパーティー
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「夜会用のドレスを新調できてよかったわね。なかなか素敵じゃない」
ルーシーはわたしのドレスについて感想を言った。
父さんと兄さんが用意してくれたドレスだ。オートクチュールでも一点ものでもないけど、人気デザイナー《EP》のペールブルー色のドレスは、シンプルで上質な生地を贅沢に使ってあり、着ると幸せな気分になれる。
このドレスはわたしにとって魔法のドレスだ。
玄関ホールの真横にある大階段には深紅の絨毯が敷かれている。階段を上がると、そこはシャンデリアがまばゆく照らす広間だ。
一流の魔法演奏家によるマジカルな音楽に乗って、着飾った貴族たちの楽し気な笑い声が聞こえてくる。
ダンスフロアには、色とりどりのドレスが舞う。板張りの床は鏡のようにしっかりと磨き上げられていて、シャンデリアの明かりとドレスの何色にも重なる色が映し出されている。
期待に、胸が高鳴る。
「こないだのパーティーで会った人と、その後どうなったの?」
深紅のドレスを着たルーシーが言った。
ドレスが彼女の黒い髪の毛と白い肌を際立たせていて、ルーシー自身が宝石みたいに美しく輝いている。
「ほら、ずっと話し込んでいたでしょ。あなたと雰囲気の似た、優しそうな人」
わたしと似ていると言われ、誰のことかすぐにわかった。
気さくでかんじのいいジム・メイヒュー。彼とならきっと穏やかに暮らしていけるだろう。
「彼は魔法専門の税理士なんですって。それで興味深い話をいくつか聞いたの」
わたしの口は呪文をかけられたように動かなくなってしまった。
うわさをすればなんとやら。話題の人物がちょうど目の前にいた。
ジムはグラスを持ちながら、男性たちと談笑していた。わたしに気がついたらしく、こちらに近づいてくる。
「やあ、アリー。君も来ていたんだね」
「こんばんは、ジム。実はそうなの。こちらのレディ・リッチフィールドにお誘いいただいて」
わたしは二人を紹介した。
「私たち寄宿学校のときからの付き合いなの。かんじのいい子だけど、なかなか手ごわいわよ」
そう言ってルーシーはわたしにウィンクしてみせると、「知り合いを見つけたから」と去っていった。
「なかなか友人想いの令嬢だね」
ジムは苦笑してみせた。
「ごめんなさい。わたしを心配してくれてるんだけど、ああやってたまに姉気取りをするのよ。わたしたち同い年なんだけどね」
「君はいい友人を持っているようだね」
「彼女は快活で、とにかく行動的なの」
わたしとはまるで正反対だ。わたしはなにかが起きるのをじっと待っているだけ。
ジムは「ちょっといいかな」と言って、月明かりが入るひんやりとした廊下へとわたしを導いた。
「そのドレス、いいね」
ジムは恥ずかしそうにわたしをほめると、「君に手紙を送ったんだけどな」と言った。
「ええ、何通も書いてくれたわよね。会えて嬉しいわ」
ジムとは一ヶ月ぶりに会った。何通かわたしも返したけど、家業の立て直しで正直それどころではなかった。
「俺も会えて嬉しいよ。こうやって実際に会うのは久しぶりだから緊張するよ」
ジムはそう言って笑った。
「君をディナーに誘って以来、君のことが頭から離れなかったんだ」と、熱っぽい瞳を向けてくる。
ジムの茶色い瞳に熱がこもればこもるほど、わたしは冷静になっていく。一歩あとずさって距離をとりたい衝動にかられる。
「考えたんだけど」と言って、ジムはわたしの手を取る。
「俺は君のことをかなり気に入っている。アリー、君ははかわいい人だ。だから関係を一段階、進めたいんだ」
わたしはなんと言ったらいいのわからず、代わりに彼の手をゆっくりと自分の手から離し、肩をぽんと叩いて笑った。顔が引きつってないといいけど。
「ねえ、あせらないで。こういうことはゆっくりいきましょうよ。いい?」
「ああ、そうだね。ごめん。つい焦ってしまった」
ジムは恥ずかしそうに、茶色い髪をかき上げた。
わたしは居心地悪さを感じながらも笑顔で応じた。
「いいのよ」
わたしは広間に目を向けると、楽しそうに踊るルーシーが見えた。あちら側は楽しそうだ。
「友人を放っておいたら失礼だから」と言って、わたしは広間へと戻った。
広間でルーシーを見つけると、わたしはダンスの輪に加わった。ルーシーはわたしを連れ出し、広間の一角に置かれている椅子をめがけて歩き出した。
「ああ、踊りすぎて足がぱんぱん。アリーも座ったら?」
ルーシーが大丈夫かと聞いてきたので、手短に理由を話した。
ルーシーはこともなげに言う。
「ジムはキープよ。男の人なんて世の中にたくさんいるの。つかず離れずの距離を保ちながら、新しい男性を探しなさいな。急いで答えを出す必要なんてないの。
それにその彼だって他にも声をかけている令嬢がいるかもしれないでしょ」
入口が騒がしい。そこには洗練された身なりの見たこともないくらいハンサムな男性がいた。
甘く端正な顔立ちに、遠くからでもわかる上品な仕草、セクシーで危ない雰囲気が、いかにも女性が放っておかなさそうなタイプだ。
これぞ、まさしくプレイボーイだ。わたしの耳に令嬢たちの会話が聞こえてきた。
「王太子だわ。素敵な格好!」
「今日はどなたと来ているのかしら?」
ふうん、あれが王子なのね。会場にいる女性が例外なく王子に見惚れている。ルーシーでさえ心ここにあらずといった表情で王子を見つめている。
わたしはどちらかというと、王子の後ろにいる黒髪の方に惹かれる。
背が高く、広い背中。さりげなく洗練された着こなし。
一瞬にして、わたしは彼の後ろ姿から目が離せなくなってしまった。
わたしの視線に気がついたのか、彼はこちらをゆっくりと振り返った。
整った顔立ちに、青く力強い瞳。
その目がわたしを捕らえた。時が止まったかのようにわたしは動けない。
次の瞬間、優雅だが隙のない身のこなしで男性がこちらに向かって歩いてきた。
まるでスローモーションのようだ。
わたしは息をするのも忘れて、ただ彼だけを見つめていた。
「アリー?」
低く、通る声だ。なぜわたしの名前を知っているのかしら?数少ない異性の知り合いにこんな素敵な人はいないはず。
彼を見上げて、どこで会ったのか必死に思い出そうとする。
「すっかりきれいになってたから、一瞬わからなかったよ」
恥ずかしいのか視線を斜めに向けて、わたしと目を合わさないようにしている。わたしはますます混乱してしまった。
やっぱり思い出せない。学生時代に、一度パーティーで踊ったとか?この人、ハンサムなくせに女慣れしていないようだ。これは妙な反応だ。
相手が覚えているのに、自分がすっかり相手を忘れてしまったなんて、失態もいいところだ。
だからパーティーは嫌いだ。
「もう一年以上も経ってしまったし、あのころとは変わったよね。僕は背も伸びたし、筋肉もかなりついたから」
わたしは失礼ながら上から下までじろじろ見てしまった。これでツーストライクだ。
天然のハイライトが入った黒い髪と日焼けした肌は、肉体労働を好まない貴族的なそれとは異なる。確かにこの目は見覚えがある気がする。
社交的でやわらかい表情を無表情にして、肌を白く、背をもう少し低く、そして体の線を細くしたら。
「……ヘンリー・クラーク?」
わたしは無意識に声に不信感を滲ませた。一瞬にして魔法は解けた。
ルーシーはわたしのドレスについて感想を言った。
父さんと兄さんが用意してくれたドレスだ。オートクチュールでも一点ものでもないけど、人気デザイナー《EP》のペールブルー色のドレスは、シンプルで上質な生地を贅沢に使ってあり、着ると幸せな気分になれる。
このドレスはわたしにとって魔法のドレスだ。
玄関ホールの真横にある大階段には深紅の絨毯が敷かれている。階段を上がると、そこはシャンデリアがまばゆく照らす広間だ。
一流の魔法演奏家によるマジカルな音楽に乗って、着飾った貴族たちの楽し気な笑い声が聞こえてくる。
ダンスフロアには、色とりどりのドレスが舞う。板張りの床は鏡のようにしっかりと磨き上げられていて、シャンデリアの明かりとドレスの何色にも重なる色が映し出されている。
期待に、胸が高鳴る。
「こないだのパーティーで会った人と、その後どうなったの?」
深紅のドレスを着たルーシーが言った。
ドレスが彼女の黒い髪の毛と白い肌を際立たせていて、ルーシー自身が宝石みたいに美しく輝いている。
「ほら、ずっと話し込んでいたでしょ。あなたと雰囲気の似た、優しそうな人」
わたしと似ていると言われ、誰のことかすぐにわかった。
気さくでかんじのいいジム・メイヒュー。彼とならきっと穏やかに暮らしていけるだろう。
「彼は魔法専門の税理士なんですって。それで興味深い話をいくつか聞いたの」
わたしの口は呪文をかけられたように動かなくなってしまった。
うわさをすればなんとやら。話題の人物がちょうど目の前にいた。
ジムはグラスを持ちながら、男性たちと談笑していた。わたしに気がついたらしく、こちらに近づいてくる。
「やあ、アリー。君も来ていたんだね」
「こんばんは、ジム。実はそうなの。こちらのレディ・リッチフィールドにお誘いいただいて」
わたしは二人を紹介した。
「私たち寄宿学校のときからの付き合いなの。かんじのいい子だけど、なかなか手ごわいわよ」
そう言ってルーシーはわたしにウィンクしてみせると、「知り合いを見つけたから」と去っていった。
「なかなか友人想いの令嬢だね」
ジムは苦笑してみせた。
「ごめんなさい。わたしを心配してくれてるんだけど、ああやってたまに姉気取りをするのよ。わたしたち同い年なんだけどね」
「君はいい友人を持っているようだね」
「彼女は快活で、とにかく行動的なの」
わたしとはまるで正反対だ。わたしはなにかが起きるのをじっと待っているだけ。
ジムは「ちょっといいかな」と言って、月明かりが入るひんやりとした廊下へとわたしを導いた。
「そのドレス、いいね」
ジムは恥ずかしそうにわたしをほめると、「君に手紙を送ったんだけどな」と言った。
「ええ、何通も書いてくれたわよね。会えて嬉しいわ」
ジムとは一ヶ月ぶりに会った。何通かわたしも返したけど、家業の立て直しで正直それどころではなかった。
「俺も会えて嬉しいよ。こうやって実際に会うのは久しぶりだから緊張するよ」
ジムはそう言って笑った。
「君をディナーに誘って以来、君のことが頭から離れなかったんだ」と、熱っぽい瞳を向けてくる。
ジムの茶色い瞳に熱がこもればこもるほど、わたしは冷静になっていく。一歩あとずさって距離をとりたい衝動にかられる。
「考えたんだけど」と言って、ジムはわたしの手を取る。
「俺は君のことをかなり気に入っている。アリー、君ははかわいい人だ。だから関係を一段階、進めたいんだ」
わたしはなんと言ったらいいのわからず、代わりに彼の手をゆっくりと自分の手から離し、肩をぽんと叩いて笑った。顔が引きつってないといいけど。
「ねえ、あせらないで。こういうことはゆっくりいきましょうよ。いい?」
「ああ、そうだね。ごめん。つい焦ってしまった」
ジムは恥ずかしそうに、茶色い髪をかき上げた。
わたしは居心地悪さを感じながらも笑顔で応じた。
「いいのよ」
わたしは広間に目を向けると、楽しそうに踊るルーシーが見えた。あちら側は楽しそうだ。
「友人を放っておいたら失礼だから」と言って、わたしは広間へと戻った。
広間でルーシーを見つけると、わたしはダンスの輪に加わった。ルーシーはわたしを連れ出し、広間の一角に置かれている椅子をめがけて歩き出した。
「ああ、踊りすぎて足がぱんぱん。アリーも座ったら?」
ルーシーが大丈夫かと聞いてきたので、手短に理由を話した。
ルーシーはこともなげに言う。
「ジムはキープよ。男の人なんて世の中にたくさんいるの。つかず離れずの距離を保ちながら、新しい男性を探しなさいな。急いで答えを出す必要なんてないの。
それにその彼だって他にも声をかけている令嬢がいるかもしれないでしょ」
入口が騒がしい。そこには洗練された身なりの見たこともないくらいハンサムな男性がいた。
甘く端正な顔立ちに、遠くからでもわかる上品な仕草、セクシーで危ない雰囲気が、いかにも女性が放っておかなさそうなタイプだ。
これぞ、まさしくプレイボーイだ。わたしの耳に令嬢たちの会話が聞こえてきた。
「王太子だわ。素敵な格好!」
「今日はどなたと来ているのかしら?」
ふうん、あれが王子なのね。会場にいる女性が例外なく王子に見惚れている。ルーシーでさえ心ここにあらずといった表情で王子を見つめている。
わたしはどちらかというと、王子の後ろにいる黒髪の方に惹かれる。
背が高く、広い背中。さりげなく洗練された着こなし。
一瞬にして、わたしは彼の後ろ姿から目が離せなくなってしまった。
わたしの視線に気がついたのか、彼はこちらをゆっくりと振り返った。
整った顔立ちに、青く力強い瞳。
その目がわたしを捕らえた。時が止まったかのようにわたしは動けない。
次の瞬間、優雅だが隙のない身のこなしで男性がこちらに向かって歩いてきた。
まるでスローモーションのようだ。
わたしは息をするのも忘れて、ただ彼だけを見つめていた。
「アリー?」
低く、通る声だ。なぜわたしの名前を知っているのかしら?数少ない異性の知り合いにこんな素敵な人はいないはず。
彼を見上げて、どこで会ったのか必死に思い出そうとする。
「すっかりきれいになってたから、一瞬わからなかったよ」
恥ずかしいのか視線を斜めに向けて、わたしと目を合わさないようにしている。わたしはますます混乱してしまった。
やっぱり思い出せない。学生時代に、一度パーティーで踊ったとか?この人、ハンサムなくせに女慣れしていないようだ。これは妙な反応だ。
相手が覚えているのに、自分がすっかり相手を忘れてしまったなんて、失態もいいところだ。
だからパーティーは嫌いだ。
「もう一年以上も経ってしまったし、あのころとは変わったよね。僕は背も伸びたし、筋肉もかなりついたから」
わたしは失礼ながら上から下までじろじろ見てしまった。これでツーストライクだ。
天然のハイライトが入った黒い髪と日焼けした肌は、肉体労働を好まない貴族的なそれとは異なる。確かにこの目は見覚えがある気がする。
社交的でやわらかい表情を無表情にして、肌を白く、背をもう少し低く、そして体の線を細くしたら。
「……ヘンリー・クラーク?」
わたしは無意識に声に不信感を滲ませた。一瞬にして魔法は解けた。
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