上 下
21 / 42
5章 そろそろ腹割って話さない?

5-5

しおりを挟む
 朝食を済ませコーヒーを飲んでいると、篠山が神妙な面持ちで立ち上がった。

「すみません、ちょっと1本電話してきます」

 玄関のそばに移動し、こちらに背を向けてスマホを取り出す。
 盗み聞きは趣味じゃないが、1Kの部屋だから、どうやったって聞こえてしまう。

「――はい。なのですみませんが、きょうで辞めます」

 電話の相手は、デリヘル店のお偉いさんだろう。
 決断早いな。
 しかし、相手はゴネているようで、なかなか話が終わらない。

「きょうは、ご予約入ってないですし……このまま契約切っていただいてかまわないです。……いや、別に理由とかは……」

 なんだか雲行きが怪しい。
 そばに行き、誰もいない空間に向かってペコペコする篠山のスマホに耳を近づけて、会話を聞く。

『日給上げるからさ~。ランクも上げるし、辞めるのもったいないよ。始めて3ヶ月でこんなバンバン指名入るんだから、将来は幹部候補だよ?』

 ゲスっぽい男が、いやらしく笑っている。
 篠山は説き伏せる方法を考えているようで、返事をしない。

『あゆむくん?』
「いえ……お金とかじゃないんで」
『いやいや。このご時世、お金は大事だよ。綺麗事抜きにさ。昼職の3倍は稼げると保証してあげる』

 だんだん腹が立ってきた。
 金じゃないって言ってるだろうが。
 オレは篠山のスマホを奪い取り、自分でも驚くほど低い声で、うなるように言った。

「すんません彼氏ですけど。こんなバイト始めたなんて知らなくて、さっきボコボコに殴っちゃいました」
『は!?』
「歯も欠けたし目の上切って血が止まんないし、バリカンで坊主にさせました。ちなみに、いまもスタンガンで脅しながら電話させてます。辞めるまで殴るつもりなんで、死んだらそっちの責任だし、てか、もう使いものになんないと思うよ」

 ブチッと、通話が切れた。
 数秒の沈黙……ののち、篠山がクスクスと笑い出した。

「……すごい、もう二度と連絡来ない感じがします。ありがとうございます」
「あはは。ドン引きだっただろうな」

 スマホを返すと、篠山はよどみない動きで画面を操作し、LINEの友達リストを次々消していった。
 ブロックと削除を繰り返しながら、何を思っているのだろう。
 最後に『スターライド』の電話番号を削除すると、顔を上げた篠山は、ほっとしたような表情だった。

「終わりました」
「よしよし。えらいよ」
「はい」

 丸っこい目からぽろっと、涙がひと粒こぼれる。

「あ、あれ……? すみません、なんでだろ。全然、悲しいとかじゃなくて」
「泣きたいんだろ? 泣いてもいいよ」
「いや……、あれっ?」

 ぼろぼろとこぼれる涙に、戸惑っているようだった。
 涙を拭いながら、「なんで」「おかしいな」と繰り返す姿は、小さな子供のように見えた。
 きっとこいつの人生には、人に心を開くことをあきらめてしまった瞬間があって、いまようやく、そこまで戻れたのではないか。
 そんなことを思いながら、わしわしと髪を撫でた。

「お前さ、多分、傷ついてたんだよ。好きでやってたとしても、大事にしてくれない人たちに使われ続けて、傷つかないわけないじゃん」
「…………はい」
「大丈夫だよ。オレが幸せにしてやるから」

 ぎゅうっと抱きしめると、篠山はオレの背中に腕を回し、しがみつくようにして泣いた。

「キスしていい?」
「ぅ……顔拭くんで待ってください」
「なに。そういうの込みで、好きってことじゃん」

 親指の腹で軽く涙を拭ってやり、そのままふんわりと口づけた。
 二度三度、軽いキスを繰り返す。
 篠山が舌でつんつんとつついてきたので、うっすら開けると、あったかい舌がそろっと入ってきた。
 意識がぼーっとして、されるがままになる。
 篠山のリードで、舌を絡めたり、吸ったり……。
 息を弾ませながら、太陽が高く上がるまで、そんな風にしていた。



 その晩、スターライドの公式サイトから無事、『あゆむくん』は消えていた。
 篠山歩夢は孤独ではなくなった。
 これからは、迷っても立ち止まっても、ずっとオレがそばにいる。
 手を取り合って、一歩ずつ一歩ずつ、前に進んで行こうな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

処理中です...