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5章 そろそろ腹割って話さない?
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朝食を済ませコーヒーを飲んでいると、篠山が神妙な面持ちで立ち上がった。
「すみません、ちょっと1本電話してきます」
玄関のそばに移動し、こちらに背を向けてスマホを取り出す。
盗み聞きは趣味じゃないが、1Kの部屋だから、どうやったって聞こえてしまう。
「――はい。なのですみませんが、きょうで辞めます」
電話の相手は、デリヘル店のお偉いさんだろう。
決断早いな。
しかし、相手はゴネているようで、なかなか話が終わらない。
「きょうは、ご予約入ってないですし……このまま契約切っていただいてかまわないです。……いや、別に理由とかは……」
なんだか雲行きが怪しい。
そばに行き、誰もいない空間に向かってペコペコする篠山のスマホに耳を近づけて、会話を聞く。
『日給上げるからさ~。ランクも上げるし、辞めるのもったいないよ。始めて3ヶ月でこんなバンバン指名入るんだから、将来は幹部候補だよ?』
ゲスっぽい男が、いやらしく笑っている。
篠山は説き伏せる方法を考えているようで、返事をしない。
『あゆむくん?』
「いえ……お金とかじゃないんで」
『いやいや。このご時世、お金は大事だよ。綺麗事抜きにさ。昼職の3倍は稼げると保証してあげる』
だんだん腹が立ってきた。
金じゃないって言ってるだろうが。
オレは篠山のスマホを奪い取り、自分でも驚くほど低い声で、うなるように言った。
「すんません彼氏ですけど。こんなバイト始めたなんて知らなくて、さっきボコボコに殴っちゃいました」
『は!?』
「歯も欠けたし目の上切って血が止まんないし、バリカンで坊主にさせました。ちなみに、いまもスタンガンで脅しながら電話させてます。辞めるまで殴るつもりなんで、死んだらそっちの責任だし、てか、もう使いものになんないと思うよ」
ブチッと、通話が切れた。
数秒の沈黙……ののち、篠山がクスクスと笑い出した。
「……すごい、もう二度と連絡来ない感じがします。ありがとうございます」
「あはは。ドン引きだっただろうな」
スマホを返すと、篠山はよどみない動きで画面を操作し、LINEの友達リストを次々消していった。
ブロックと削除を繰り返しながら、何を思っているのだろう。
最後に『スターライド』の電話番号を削除すると、顔を上げた篠山は、ほっとしたような表情だった。
「終わりました」
「よしよし。えらいよ」
「はい」
丸っこい目からぽろっと、涙がひと粒こぼれる。
「あ、あれ……? すみません、なんでだろ。全然、悲しいとかじゃなくて」
「泣きたいんだろ? 泣いてもいいよ」
「いや……、あれっ?」
ぼろぼろとこぼれる涙に、戸惑っているようだった。
涙を拭いながら、「なんで」「おかしいな」と繰り返す姿は、小さな子供のように見えた。
きっとこいつの人生には、人に心を開くことをあきらめてしまった瞬間があって、いまようやく、そこまで戻れたのではないか。
そんなことを思いながら、わしわしと髪を撫でた。
「お前さ、多分、傷ついてたんだよ。好きでやってたとしても、大事にしてくれない人たちに使われ続けて、傷つかないわけないじゃん」
「…………はい」
「大丈夫だよ。オレが幸せにしてやるから」
ぎゅうっと抱きしめると、篠山はオレの背中に腕を回し、しがみつくようにして泣いた。
「キスしていい?」
「ぅ……顔拭くんで待ってください」
「なに。そういうの込みで、好きってことじゃん」
親指の腹で軽く涙を拭ってやり、そのままふんわりと口づけた。
二度三度、軽いキスを繰り返す。
篠山が舌でつんつんとつついてきたので、うっすら開けると、あったかい舌がそろっと入ってきた。
意識がぼーっとして、されるがままになる。
篠山のリードで、舌を絡めたり、吸ったり……。
息を弾ませながら、太陽が高く上がるまで、そんな風にしていた。
その晩、スターライドの公式サイトから無事、『あゆむくん』は消えていた。
篠山歩夢は孤独ではなくなった。
これからは、迷っても立ち止まっても、ずっとオレがそばにいる。
手を取り合って、一歩ずつ一歩ずつ、前に進んで行こうな。
「すみません、ちょっと1本電話してきます」
玄関のそばに移動し、こちらに背を向けてスマホを取り出す。
盗み聞きは趣味じゃないが、1Kの部屋だから、どうやったって聞こえてしまう。
「――はい。なのですみませんが、きょうで辞めます」
電話の相手は、デリヘル店のお偉いさんだろう。
決断早いな。
しかし、相手はゴネているようで、なかなか話が終わらない。
「きょうは、ご予約入ってないですし……このまま契約切っていただいてかまわないです。……いや、別に理由とかは……」
なんだか雲行きが怪しい。
そばに行き、誰もいない空間に向かってペコペコする篠山のスマホに耳を近づけて、会話を聞く。
『日給上げるからさ~。ランクも上げるし、辞めるのもったいないよ。始めて3ヶ月でこんなバンバン指名入るんだから、将来は幹部候補だよ?』
ゲスっぽい男が、いやらしく笑っている。
篠山は説き伏せる方法を考えているようで、返事をしない。
『あゆむくん?』
「いえ……お金とかじゃないんで」
『いやいや。このご時世、お金は大事だよ。綺麗事抜きにさ。昼職の3倍は稼げると保証してあげる』
だんだん腹が立ってきた。
金じゃないって言ってるだろうが。
オレは篠山のスマホを奪い取り、自分でも驚くほど低い声で、うなるように言った。
「すんません彼氏ですけど。こんなバイト始めたなんて知らなくて、さっきボコボコに殴っちゃいました」
『は!?』
「歯も欠けたし目の上切って血が止まんないし、バリカンで坊主にさせました。ちなみに、いまもスタンガンで脅しながら電話させてます。辞めるまで殴るつもりなんで、死んだらそっちの責任だし、てか、もう使いものになんないと思うよ」
ブチッと、通話が切れた。
数秒の沈黙……ののち、篠山がクスクスと笑い出した。
「……すごい、もう二度と連絡来ない感じがします。ありがとうございます」
「あはは。ドン引きだっただろうな」
スマホを返すと、篠山はよどみない動きで画面を操作し、LINEの友達リストを次々消していった。
ブロックと削除を繰り返しながら、何を思っているのだろう。
最後に『スターライド』の電話番号を削除すると、顔を上げた篠山は、ほっとしたような表情だった。
「終わりました」
「よしよし。えらいよ」
「はい」
丸っこい目からぽろっと、涙がひと粒こぼれる。
「あ、あれ……? すみません、なんでだろ。全然、悲しいとかじゃなくて」
「泣きたいんだろ? 泣いてもいいよ」
「いや……、あれっ?」
ぼろぼろとこぼれる涙に、戸惑っているようだった。
涙を拭いながら、「なんで」「おかしいな」と繰り返す姿は、小さな子供のように見えた。
きっとこいつの人生には、人に心を開くことをあきらめてしまった瞬間があって、いまようやく、そこまで戻れたのではないか。
そんなことを思いながら、わしわしと髪を撫でた。
「お前さ、多分、傷ついてたんだよ。好きでやってたとしても、大事にしてくれない人たちに使われ続けて、傷つかないわけないじゃん」
「…………はい」
「大丈夫だよ。オレが幸せにしてやるから」
ぎゅうっと抱きしめると、篠山はオレの背中に腕を回し、しがみつくようにして泣いた。
「キスしていい?」
「ぅ……顔拭くんで待ってください」
「なに。そういうの込みで、好きってことじゃん」
親指の腹で軽く涙を拭ってやり、そのままふんわりと口づけた。
二度三度、軽いキスを繰り返す。
篠山が舌でつんつんとつついてきたので、うっすら開けると、あったかい舌がそろっと入ってきた。
意識がぼーっとして、されるがままになる。
篠山のリードで、舌を絡めたり、吸ったり……。
息を弾ませながら、太陽が高く上がるまで、そんな風にしていた。
その晩、スターライドの公式サイトから無事、『あゆむくん』は消えていた。
篠山歩夢は孤独ではなくなった。
これからは、迷っても立ち止まっても、ずっとオレがそばにいる。
手を取り合って、一歩ずつ一歩ずつ、前に進んで行こうな。
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