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前編

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「私アレックス様が好きなんです!」

これが物語であれば彼女は間違いなく主役であろう。星屑をこぼしたようにキラキラと輝く瞳も、美しい黒髪も、そして異世界から迷い込んできた聖女だと言うこと。彼女の見た目もそして選ばれた人間だという才能も、その全てが彼女を特別たらしめている。

エリンはただ群衆からアレックスへ聖女が告白する現場を眺めていた。周りの淑女たちは冷ややかな目で聖女を見ているが、彼女はその視線にも気づかない。
アレックス王子はエリンの婚約者であった。しかし異世界から迷い込んだ聖女を森で助けたその日から二人の関係は徐々に崩れていく。

聖女は助けてくれたアレックスに懐き、学園でも彼女は特別待遇として王族とその重臣の息子たちと一緒の教室で過ごすことになっていた。エリンや彼女の周りの人たちの中には聖女を気に食わない存在だと思っている者もいたが、彼らは聖女に心を盗られてしまい誰も彼女たちの意見や苦言を聞く者はいなかった。

「聖女よ。俺もお前が好きだ。エリンとの婚約は破棄し、お前と俺は結婚したい!」

そう大声で伝えアレックスはエリンを抱きしめる。彼女の黒い目からは大粒の涙が溢れ、わぁわぁとみっともなく泣いている。エリンの周りにいた女の子たちは皆ざわつき始めるが、エリンの脳内は驚くほど至って冷静であった。
聖女がねちっこい目線でアレックスに付き纏っていた時、彼にエリンは苦言を呈した。しかしアレックスが言った言葉はこうであった。

『異世界から一人ぼっちで来た可哀想な聖女にお前は優しさも見せれないのか? それに妹みたいに思っているんだ。ただそれだけなのに嫉妬するなんて心が狭い奴だな』

その言葉を聞きエリンはアレックスの心はすでに聖女のものであると理解し、そして今日に至る。

「おいエリン、婚約破棄受け入れてくれるな? お前も俺のことを愛してはいなかっただろう? 真実の愛とやらを探すが良い」

「エリン様私たちの幸せ祈ってくれますか」

「はい、どうぞ。明日破棄の手続きを教会でお父様たち立会のもとやりましょう。私はもう疲れましたのでゲストルームで休んでいても構いませんか?」

エリンがそうあっさりとした態度でそう言うとアレックスは驚いたのか返事もせずに立ち尽くしていた。聖女は彼の体に抱きつき喜びの声をあげていたが、これ以上彼女の声を聞きたくなかったエリンは毅然とした態度を保ちながらゲストルームへと帰っていく。

王族・貴族の卒業生にだけ貸し与えられたゲストルームに戻るや否や使用人にドレスを脱がしてもらいネグリジェに着替えるとエリンはそのままベッドに倒れ込んだ。そして枕に向かって思いっきり叫び声を上げた。

「やったーーー! 破滅フラグ回避! ありがとうアレックス様! 聖女様とは時々大勢での交流会していたおかげでいじめ疑惑フラグもなかったし、二人の仲を良くするためにアレックス様連れ回してよかった~~~! やりぃ! 勝利! エリン勝利致しました!」

エリンは一度死んでいる。アレックスと巫女の中に嫉妬したエリンは前世では彼らを何とか仲違いさせようと奮闘した結果、聖女を傷つけた罪として国外追放された後山賊に襲われ呆気ない最期を迎えた。しかし気がつくと聖女と初めて会ったあの日に戻って来ていたのだ。

(死ぬぐらいならアレックス様なんていらない! 婚約破棄されたところで嫁の貰い手がなければ修道院で暮らすわ!)

そう決意した日からずっとエリンはこの日の運命が変わることを祈っていた。そしてその祈りと努力がようやく実を結んだのだ。ベッドから起き上がるとエリンは一人で喜びの小躍りをし、明日からは何をするべきかを高揚した気持ちで考えようとしていた。

「エリン様、アレックス様がお部屋に入りたいそうです。お入れしてもよろしいですか?」

扉の向こうから聞こえた使用人のその問いかけに驚きエリンは床に崩れ落ちた。その崩れ落ちた時に響いたどしんと言う音を聞きつけるとすぐにアレックスは部屋に入ってきた。使用人も入ろうとしたがアレックスは彼女を追い出し、エリンの体を触りながら「痛いところはなかったか?」と聞く。

「あぁ……はい」

「そうか、それは良かった」

そう言いアレックスはほとんど下着だけの状態と変わらないネグリジェの肩紐をずらそうとした。エリンは思わずその紐を引っ張り、片方の手で彼の手首を掴む。

「アレックス様、婚約関係を解消する予定の女を傷物にされる気ですか?」

「婚約破棄したくない」

「はぁ?」

エリンの頭は混乱した。大勢の前で堂々と言ったくせに何を言っているのだと考えたが、言葉をそのまま出してしまうのはまずい。一度言葉を咀嚼し、エリンはアレックスに凛とした態度を取り話しだす。

「アレックス様が婚約破棄したいと言ったのですよ? おかしいじゃないですか。婚約者でもなくなる私にこのようなことをしようとするのは間違いですよ」

「そうかもしれない。でもエリンも好きで、聖女のことも好きなのに今日あの場で気づいたんだ。エリンがあの場で婚約破棄したくないと言って、じゃあ第二夫人にエリンを迎えるのでいいか? って俺が聞いたらエリンは『はい』と答える予定だったんだよ俺の中では」

「馬鹿なんですか! そんなことを言うはずないじゃないですか、キャッ!」

エリンはそのままベッドに投げ飛ばされる。黙って自分もベッドの上に乗りかかったアレックスの目は座っており、エリンはそんな彼の表情を見たことがなかったため恐怖に震えた。男の力で押さえつけられてしまってはエリンは抵抗することさえできない。

「初めからこうして傷物にしてしまえば、お前を嫁にと欲しがる人間もいない。そして処女でもないお前が修道院に入ることさえ許されない。こうすればエリンは俺のものになるよな」

「嫌です! 誰か! 誰か助けて!」

「誰も来るはずがない。まだ卒業パーティーを楽しんでいるものばかりだからな。聖女も待っているんだ。早く済まさせろ」

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