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第ニ章・ゴーストの正体
平穏の日々に射し込む光と影
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連が脳に衝撃を受け、ノイズと耳鳴りが発生する異変はその日から再発する事なく、面談室での事件は連のパフォーマンスで落ち着き、国語の授業中に景子が生徒を注意するのはお喋りと、窓の外を眺めて集中力を切らした連を睨む程度であった。
「大丈夫?連くん」
席の横を通る景子先生にそう問われて頷く連を見て、文子と久美子と順也は少し元気がない気がしたが、単なる日照不足のせいだと分析して、休憩時間になると三人で教室の隅に集まってひそひそ話をした。
「ストレスかな?」
「梅雨の季節ですからね」
六月になり今日も朝から雨で、窓ガラスに雨雫が流れるのを連が席に座って顎に手をやり、あくびを噛み殺して「メランコリック」とガラスに息を吐きかけている。
「賞の発表が不安なんだろ?」
「ああ見えて、ナーバスですからね」
「静かだと不安になるから、困ったヤツだ」
連はまだ真夜中に少女のゴーストが時々部屋に現れて、タブレットやiPhoneを触って遊んでいる事を知らなかった。この時も、窓ガラスに雨雫がMとサインしたが、すぐに流れて気付いてない。
「文ちゃん。今回、応募してないんでしょ?」
「うん。部活が忙しくて、間に合わなかったんだ」
「連が知ったら、怖気付いたと笑うだろうね?」
「ああ、内緒だよ」
文子がそう言って人差し指を唇に立てた時、連がチラッとこっちを振り向いたが、特に何も言わずに微笑み返した。
「気色ワル……」
小説コミュニケーションサイト『エディバー』の小説大賞の応募は締め切られて選考に入り、参加したクリエイターは人気ランキングを見て一喜一憂したが、受賞作品は人気とは関係なく編集部と審査員の投票で決定する。
現在、幻の小説『ミレフレ』が最有力候補に挙げられていたが、連を始め順也と久美子も諦めてはなかった。特に連は『ミレフレ』を無視して読まず、眼中に無いと強気の姿勢を崩さない。
「君たちは僕のことを心配しているようだが、実は授賞式のインタビューを考えると悩ましくてね。ほら、口下手だし、目立つの好きじゃないからさ。別に賞を取ったからって、僕は何も変わらず、友に感謝と愛を感じて……」
お昼の休憩時間に音楽室に集まり、連がステージに立ってスティーブ・ジョブズのように話し始めると、久美子がピアノでベートーベンの運命を奏で、順也がタクトを文子に渡して、連の背後からメンを打つ。
そのシーンを視て微笑む少女のゴーストが楽器を入れたガラス棚に映り、連はリアクションもせずに呆然と立ち尽くし、文子たちもその視線を追いかけたが、少女のゴーストは一瞬で消えて連しか見てない。
「どした?」
「なんか変な気配がした」
「まさか……」
その時、少女のゴーストはガラス戸の裏側に背中を付けて隠れ、胸の動悸を抑えて耳を澄ました。
「気のせいですよ。あり得ない」
中学生の頃、幽霊がいると一番に言い出したのは連であり、文子と久美子と順也も幽霊の噂を思い出したが、連は何故かクールに制して視線を外した。
「友よ。そろそろ授業の時間だ。教室に戻りましょう」
そう言って先に廊下に出て、胸をドキドキさせて口を手で押さえて飛び跳ねる。連は元々霊に敏感な体質だったが、脳にコンタクトを受けてから霊感が増し、少女のゴーストをリアルに感じて魅了された。
『可愛すぎる……』
学校内でネット環境の不具合が発生し、無線LANルーターを交換して高速回線にグレードアップする事になり、教員室で昼食を終えた教師たちが席に着いて文句を言っている。
「Wi-Fi接続できませんね」
「午後には治りますよ」
「パスワードも変わるんですか?」
景子がお茶を飲みながら質問すると、隣の席の数学を担当する夏目先生が修理を終えたら説明があると教えた。
「ええ、後で聞いてみましょう」
「そういえば思い出した」
「景子先生。何をですか?」
「東野連がパスワードはghostだって」
「ああ、面談室での事件ですね?」
「連なら言いそうだ。でも、最近は落ち着いているそうじゃないですか?」
その会話を聞いていた指導員の江国先生が端の席から老眼鏡を鼻にずらして、景子を睨んで声をかけた。江国則子は非常勤講師で生徒に道徳と学校規則を指導している。
「東野連がまた何かやらかしたんですか?」
「いえ、何でもありません」
景子は江国先生が苦手だった。中学生の頃から連を問題視し、景子の教育方針にも批判的で服装も派手だと何度か注意された。
「では説明を聞きに行きましょうか?」
「はい。そうですね」
他の教師も江国先生を敬遠するように退席し、ポツンと教員室に残された江国はふとスタホを手に取り、設定を開いてパスワードを打ってみる。
「ghost……」
すると突然液晶画面が真っ暗になり、スマホを持つ腕が痺れて脳に衝撃が走り、白髪混じりの髪の毛が静電気で逆立ち、顔面が引き攣って白目を剥き、暗黒の世界へ引き摺り込まれた。
「大丈夫?連くん」
席の横を通る景子先生にそう問われて頷く連を見て、文子と久美子と順也は少し元気がない気がしたが、単なる日照不足のせいだと分析して、休憩時間になると三人で教室の隅に集まってひそひそ話をした。
「ストレスかな?」
「梅雨の季節ですからね」
六月になり今日も朝から雨で、窓ガラスに雨雫が流れるのを連が席に座って顎に手をやり、あくびを噛み殺して「メランコリック」とガラスに息を吐きかけている。
「賞の発表が不安なんだろ?」
「ああ見えて、ナーバスですからね」
「静かだと不安になるから、困ったヤツだ」
連はまだ真夜中に少女のゴーストが時々部屋に現れて、タブレットやiPhoneを触って遊んでいる事を知らなかった。この時も、窓ガラスに雨雫がMとサインしたが、すぐに流れて気付いてない。
「文ちゃん。今回、応募してないんでしょ?」
「うん。部活が忙しくて、間に合わなかったんだ」
「連が知ったら、怖気付いたと笑うだろうね?」
「ああ、内緒だよ」
文子がそう言って人差し指を唇に立てた時、連がチラッとこっちを振り向いたが、特に何も言わずに微笑み返した。
「気色ワル……」
小説コミュニケーションサイト『エディバー』の小説大賞の応募は締め切られて選考に入り、参加したクリエイターは人気ランキングを見て一喜一憂したが、受賞作品は人気とは関係なく編集部と審査員の投票で決定する。
現在、幻の小説『ミレフレ』が最有力候補に挙げられていたが、連を始め順也と久美子も諦めてはなかった。特に連は『ミレフレ』を無視して読まず、眼中に無いと強気の姿勢を崩さない。
「君たちは僕のことを心配しているようだが、実は授賞式のインタビューを考えると悩ましくてね。ほら、口下手だし、目立つの好きじゃないからさ。別に賞を取ったからって、僕は何も変わらず、友に感謝と愛を感じて……」
お昼の休憩時間に音楽室に集まり、連がステージに立ってスティーブ・ジョブズのように話し始めると、久美子がピアノでベートーベンの運命を奏で、順也がタクトを文子に渡して、連の背後からメンを打つ。
そのシーンを視て微笑む少女のゴーストが楽器を入れたガラス棚に映り、連はリアクションもせずに呆然と立ち尽くし、文子たちもその視線を追いかけたが、少女のゴーストは一瞬で消えて連しか見てない。
「どした?」
「なんか変な気配がした」
「まさか……」
その時、少女のゴーストはガラス戸の裏側に背中を付けて隠れ、胸の動悸を抑えて耳を澄ました。
「気のせいですよ。あり得ない」
中学生の頃、幽霊がいると一番に言い出したのは連であり、文子と久美子と順也も幽霊の噂を思い出したが、連は何故かクールに制して視線を外した。
「友よ。そろそろ授業の時間だ。教室に戻りましょう」
そう言って先に廊下に出て、胸をドキドキさせて口を手で押さえて飛び跳ねる。連は元々霊に敏感な体質だったが、脳にコンタクトを受けてから霊感が増し、少女のゴーストをリアルに感じて魅了された。
『可愛すぎる……』
学校内でネット環境の不具合が発生し、無線LANルーターを交換して高速回線にグレードアップする事になり、教員室で昼食を終えた教師たちが席に着いて文句を言っている。
「Wi-Fi接続できませんね」
「午後には治りますよ」
「パスワードも変わるんですか?」
景子がお茶を飲みながら質問すると、隣の席の数学を担当する夏目先生が修理を終えたら説明があると教えた。
「ええ、後で聞いてみましょう」
「そういえば思い出した」
「景子先生。何をですか?」
「東野連がパスワードはghostだって」
「ああ、面談室での事件ですね?」
「連なら言いそうだ。でも、最近は落ち着いているそうじゃないですか?」
その会話を聞いていた指導員の江国先生が端の席から老眼鏡を鼻にずらして、景子を睨んで声をかけた。江国則子は非常勤講師で生徒に道徳と学校規則を指導している。
「東野連がまた何かやらかしたんですか?」
「いえ、何でもありません」
景子は江国先生が苦手だった。中学生の頃から連を問題視し、景子の教育方針にも批判的で服装も派手だと何度か注意された。
「では説明を聞きに行きましょうか?」
「はい。そうですね」
他の教師も江国先生を敬遠するように退席し、ポツンと教員室に残された江国はふとスタホを手に取り、設定を開いてパスワードを打ってみる。
「ghost……」
すると突然液晶画面が真っ暗になり、スマホを持つ腕が痺れて脳に衝撃が走り、白髪混じりの髪の毛が静電気で逆立ち、顔面が引き攣って白目を剥き、暗黒の世界へ引き摺り込まれた。
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