上 下
65 / 75
第六章・精霊秘体の探索

愛の戦士ソング

しおりを挟む
 アルダリはソングの声を聴き、勇者ゼツリが神々と戦いの後に消息を経ち、国を捨てた裏切り者だと罵られながらも、異国の地で愛する女性と生きる道を選んだ事を思い返す。

「ソングに夢を託したか?人間は壊れ易き者だが、繊細で愛を重んじる』

「殺し合いでは何も変わらない。僕も同意見ですよ」

 ジェンダ王子がアリダリの呟きに賛同したが、こっちも感慨に耽っている場合ではなく、エリアンとソングが腐食の呪いで炭黒く腐って死ぬ危険性がある。

「ぼちぼち、ヤバくねーか?」

 トーマの呟きにアリダリもジェンダ王子も頷き、頭を抱える教授の背後ではウルガンが笑みを浮かべて観戦している。

『深層まで潜っただけでも凄いが、愛なんかで戦えるのかよ?』

 ウルガンは死を覚悟していたが、ゼツリの子ソングは想定外の能力の持ち主であり、妖精のチーネと他の戦士もユニークで魅了的だと感嘆した。

「ソング。お前にチームの命を預けた。好きにやってみろ」

 アルダリの指示にジェンダ王子とトーマが苦笑いし、ソングは不敵な笑みで「任せろ」と即答したが、ファラの胸の水晶の突起物が回転し、シュッと発射されて空中を錐揉みしてソングを襲う。

「防いだら火花が弾けるわよ」

 背後のチーネが「乳首の弾丸だ。ソング、よけろ」と叫ぶが、ソングは身を躱さずチーネを守るように、盾で受けて剣で反撃する構えを崩さない。

「問題ない。俺は愛の戦士だ」
「フン、何よ愛って?馬鹿みたい」

 ファラは嘲笑ったが、盾に刻まれた十字のチェーンの呪文が変形し、男女のマークになって連なると、硬質な盾の表面に分泌物が発生して濡れ、水晶の弾丸をヌルッと受け止めた。

「包み込んだ……」

 チーネが盾から滑り落ちた弾丸を見て驚き、ファラも笑みを消してソングを睨み、無駄な抵抗だと告げてアーマーの結晶を突き出し全身を武器にする。

「軟弱な盾で守れても、爆発するから剣で攻撃はできない。私が勝つのは決定済みでーす」

 ファラは距離を詰め、無重力地帯で強烈な右の回し蹴りで盾を弾き飛ばしたが、その時の盾の柔らかな肉質の感触に「アッ……」と呻き、間近で剣を覗き見て気付く。

「濡れて煌いてる……」

 ファラの熱い溜息にソングが微笑み、骨に宝石が埋め込まれた剣のグリップを両手で握り締めると、剣の剣身ブレイドにも粘着物質が分泌され、密集した青いウロコが細波になって上部へ蠢き、緩やかなカーブを描いて伸びそそり立つ。

「ファラ、殺し合う事だけが戦いじゃない。その憎悪と欲望を俺の剣で鎮めてやる」

「まさか……伝説のドラゴン?」

 一瞬、ファラはソングの構えた剣が竜族の王グラウバルの幻影に見え、ソングが大きなモーションで斜め上段から斬り下ろすと、五メートル程の竜となりファラの体に巻き付いた。

「盾も剣も万物の力を有している」

 弾き飛ばされた盾をチーネが掴み、ドラゴンの子を前に押し出す。

 ファラは竜の剣に抵抗して腕を伸ばし、ソングの両肩を掴んで目前まで引き寄せ、水晶の歯を剥き出して齧り付き、ソングの口内にナイフの舌をねじ込もうとした。

「魔女のキスは許しません」

 寸前でドラゴンの子がファラとソングの間に飛び込み、チーネは盾でソングの顔を隠し、水晶の歯と鋭い舌は盾に突き刺さりファラの顔に密着した。

「苦しい……」

 竜の剣に胸から腰まで締め付けられて身動きも取れず、鼻と口を盾に塞がれて息もできなかったが、ヌルッとした粘液が体に染み渡るのを感じて、ファラは目を閉じて竜の剣に抱かれた。
しおりを挟む

処理中です...