上 下
29 / 75
第三章・戦士チームの旅立ち

ウルズの泉

しおりを挟む
 キラキラと光を反射して青く輝くブレイドに、ウロコの集合体が緩やかなカーブを描いて細波になり蠢いている。

 そのウロコの鏡にソングとチーネの顔が映り込んで刃先から透明になって消え去り、十字のチェーンが刻まれた盾もソングの手にはもう無い。

「このまま使えれば良いのにね」
「時間が限られているのか?」

「ソング、股のドラゴンも眠っておるだろ。つまり、そこからエネルギーが湧いておるのだ。残念ながら、今のところチーネの協力なしでは剣も盾も使えまい」

「愛のプレゼントか?」
「そういうこと。チーネに感謝しな」

 ソングはチーネに「ありがとう」と言って微笑み、体の中の武器を手にする前に聴こえた優しい声を想い出す。

「父と母にも礼を言わないとな」
「チーネにも聴こえたよ」
「そうか。やはり低い声は父だったんだな?」
「うん。ゼツリだよ。お母さん、綺麗な人だね」

 チーネには二人の魂の姿まで見え、方法は不明だがドラゴンの神器に宿る魔力を利用して、愛する想いを遺したんだと思った。

「それでゲートを通るのか?もちろん、剣が消えたからって約束は守るぜ!」

 足の鎖が外れて自由になったスマフグが痺れを切らして奥にあるウルズの泉を指差す。

 地竜はソングの計らいに感激し、金貨七枚で最終ゲートを通る許可を与え、今後も門番としてウルズの泉を守ると約束した。

「しかし、金貨を取るとは強欲だな?」
「ルールを守るのが俺の仕事だぜ」

 スマフグは買収されて勝手に料金を値上げしたくせに、アリダリの文句は聞き入れずに正規の料金を払わさせた。

 戦士チームは休憩して火傷や傷の手当てし、アリダリは赤い褌一枚から焦げた服を着て身なりを整え、ジェンダ王子は焼け焦げたブロンドの髪をセットし直し、他の者もぼろぼろの服を直して着ている。

「俺にはこれがあるよ~」と、トーマはショルダーバッグからアヒルの被り物を出して見せびらかした。

「では出発とするか?」

 しかしその時、洞窟の奥にある円形の泉の水面から二本のツノを出して偵察していたカエルがいた。ベールゼブフォの異種でスパックと呼ばれ、体は小さいが突き出たツノの先に丸い目がある。

『グゲッ』と小さく鳴いて真っ青な水中に潜り、飼い主へ知らせに向かう。

 スパイカエルに気付いてない戦士チームであるが、切られた尻尾を付け直したスマフグは火を吐いて襲いかかった事も忘れ、戦士チームの行く末を真顔で心配して忠告した。

「ヤズベルという商人に通すなと頼まれたんだが、そいつを雇った恐ろしい魔術師がいる筈だぜ」


 ウルズの泉は化石の壁で円形に囲まれ、二十メートル程の青い泉が広がっている。神聖な湧水であり、時折、中央から噴水が天井まで噴き上がるが、今は波もなく神秘の香りが心を癒した。

 ジェンダ王子が泉を覗いて地竜の警告に不安な顔を水面に浮かべ、隣に立つアルダリに質問した。

「ここを潜れば人間界へ着くのか?」
「そうだ。泉は無限の空間であるが、次元を超えてワープするので、感覚的には一瞬で別世界へ移動しておる」
「それで人間界に当てはあるんだろうな?」
「そうだね。知らない世界で呪いの主を探すのは簡単ではない」
「わしに任せろ。人間界に友人がおるわ」
「ああ、中山教授だろ?」
「ソング知ってるの?」

 チーネがそう聞くと、ソングは十歳まで過ごした人間界の思い出が蘇り、懐かしそうに笑顔で話した。

「母の友だちで、有名な学者だよ。母はオペラ歌手で、一緒にコンサートに行ったりしたんだぜ」

 ソングは母を亡くすと異世界へ連れて来られ、冒険の日々を過ごしたのでホームシックにはならなかったが、平穏で退屈な日常が逆に新鮮に思えた。

「そいじゃ、わしに続け」

 アリダリがそう言ってズボンを下げたので、「また脱ぐのか?」とエリアンが怒ったが、アルダリは股座に手を突っ込んで微笑む。

「アソコの座り心地が悪かっただけじゃ」

 その手をエリアンに嗅がせようとしたので、カッコよく飛び込むつもりが、エリアンとジェンダ王子に持ち上げられてウルズの泉に放り込まれた。

 背中から落ちて水飛沫が上がり、アルダリが手足をバタつかせて「この馬鹿者が」と怒り、口から何度か水を吐き出して必死に水中に潜り、チーネとソングとアヒルの被り物をしたトーマも手を叩いて笑う。

「マジで溺れたかと思ったぜ」
「きっとふざけて笑わしてんだよ」
「いや、スケベに命を懸けているな」

 エリアンは鼻を擦って剣を握り、ジェンダ王子が「じゃ、行きましょうか?」と言って全員が円形の泉を囲み、一斉に飛び込んでアリダリを追いかけた。

『まったく、また褌だぜ』

 アヒルの被り物をしたトーマが水中を潜って呆れている。アリダリは投げ入れられた時にズボンが脱げたのか、それとも自分で脱いだのか、赤い褌を青い水中に靡かせて、平泳ぎで水の底の巨大なブルーの球体へ迫っている。

『中へ入り込むのか?』

 突き破るというより、膜に包み込まれるように手先からブルーの泡の世界へアルダリの体が消え、他の者も続いて泡の中へ侵入し、ブルーの液体に体が包まれて、細かい泡が浮遊する美しい世界を眺めた。

 しかし一瞬で泡が星のように流れ出し、銀河の渦の中に巻き込まれた感覚になる。

 赤い褌を靡かせるアルダリを先頭にして、戦士チームが宇宙の激流に巻き込まれ、スピンしながらブラックホールへ突入した。

『なんだ?』

 数秒で流れが緩やかになり、一瞬意識を失ったソングが頭を振って目を覚まし、黒いコールタールのヌルッとした感触に唖然として周辺を見回す。

 ブルーの澄んだ宇宙空間には黒いヘドロの一帯が底の方から流れ込んでいた。

『汚染されてんのか?』

 アリダリもそれに気付いて顔を顰めて振り向き、戦士チームを導くようにヘドロを避けて進路を取り、異世界への出入口を目指した。

 ソングとチーネが並んでアルダリを追いかけ、トーマとエリアン、ジェンダ王子が最後尾からついて来る。

『ウルズの泉にも呪いが流れ込んでおるわ』

 精霊の地のクラウドの台座。瑪瑙めのう雲の紋様が黒い血脈でひび割れたのと同じ現象がこの泉でも起こっていた。

『急げ、世界は危ういぞ』

 アリダリは世界が暗黒に閉ざされる時が迫っていると、海水の層が見える丸い窓を指差し、「こっちだ」とカッコよく叫んで泳ぐスピードを上げる。

『く、苦しい。息が続かんわ』

 実は酸欠で慌てふためいただけだが、戦士チームはアリダリをリーダーとして見直し、ウルズの泉の通り道から無事に人間界へたどり着いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

心を失った彼女は、もう婚約者を見ない

基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。 寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。 「こりゃあすごい」 解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。 「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」 王太子には思い当たる節はない。 相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。 「こりゃあ対価は大きいよ?」 金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。 「なら、その娘の心を対価にどうだい」 魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】悪役令嬢と言われている私が殿下に婚約解消をお願いした結果、幸せになりました。

月空ゆうい
ファンタジー
「婚約を解消してほしいです」  公爵令嬢のガーベラは、虚偽の噂が広まってしまい「悪役令嬢」と言われている。こんな私と婚約しては殿下は幸せになれないと思った彼女は、婚約者であるルーカス殿下に婚約解消をお願いした。そこから始まる、ざまぁありのハッピーエンド。 一応、R15にしました。本編は全5話です。 番外編を不定期更新する予定です!

処理中です...