ZUNBE

田丸哲二

文字の大きさ
上 下
11 / 23
第2章・ミズウイルスの脅威

人類絶滅の兆候

しおりを挟む
『蝋燭のロウは溶けて流れ落ち、ドロっとした液体にイビツな塊が小皿に傾いて浮かび、芯の炎が揺れて消えそう……』

 直太のイメージ映像であるが、人間の肉体がロウのように崩れるタイムリミットを感じて善三に説明を促したが、善三は激辛ラーメンをチョイスしてお湯を注ぎ、三分で説明を終わらせるつもりで腕時計を見た。

「まっ、三分もあれば終わる」

 しかし赤い唐辛子の粉がお湯に広がるのを隼人が見て気持ち悪くなり、吐き気を催して流し台へ走る。

 母の皮膚と肉が腐って真っ赤な蝋燭のように溶けて崩れるのが目に浮かび、バスルームでシャワー浴びていた者が母なのかと思い始める。

「おじいちゃん」と直太は無神経な善三を怒り、濃厚な匂いに鼻を摘んでテーブルの激辛ラーメンのカップを見えない位置に下げた。

「アレは……母だったのか?皮膚が剥がれて、肉がこぼれ落ちそうだったんだぞ」

 隼人は胃に吐く物がなく、シンクを胃液で汚して蛇口を捻って流し、直太が差し出した手拭いで口を拭き、肩を落として椅子に座り直す。

「申し訳ない。それでは本題に入るが、わしは恐竜の絶滅は強酸性雨が原因だと考えた。その雨を生み出した原因は宇宙のウイルス性微生物であり、微生物の分泌が硫酸化合物を生み出し、皮膚を溶かすとウイルスが血流に侵入する」

 善三はミネラルウォータで喉を潤し、唇から垂れた水の雫を手の甲で拭って神妙な面持ちで話を続けた。

「約6600万年前、地球に火球が落下して大気を汚染し、強酸性雨が降り続いて他の微生物が死滅して食物連鎖が崩れたが、恐竜を絶滅させた主な原因はウイルス性微生物の感染である」

 何度か学会で仮説を論じ、研究論文と本も出版したがファンタジーに影響されたホラー作家だと善三は狂人扱いされた。

 しかし今年の5月初旬に関東圏の上空に火球が光って未確認飛行物体だと世間を驚かせ、それから連日のように酸性雨が降り続き、高層ビル群やスカイタワーからも雨空に光る火球が発見されている。

「その兆候が始まり、昨夜の強酸性雨からミズウイルスが発生した。中国の大気汚染が酸性雨の原因だと気象学者が言っているが、実際は火球が空気中で発光して蒸発し、ウイルス性微生物の雨が降っているからだ」

「ミズウイルス?」

 隼人は古い映画で観た強酸性の体液を持つ『エイリアン』を想像した。緑色の血は宇宙船の床を溶かし、強靭な身体組織と優れた運動能力を持つ最強の生物で宇宙空間でも生存可能だ。

「僕とおじいちゃんはミズウイルスと呼んでいるんだ。雨に濡れて感染すると、変化する肉体が水分を必要として水を好むみたいなの」

「母もミズウイルスであんな姿に……」

 隼人は水を好むと言われ、感染した母がシャワーを浴びてバスタブの水に浸かった理由を納得した。

「それで母は死んだのか教えてくれ?」

 直太が善三に顔を寄せ、耳元で隼人の母親がバスルームでシャワーを浴び、スプレーガンで消毒液を吹きかけると水の溜まったバスタブに倒れ込んだ事を小声で教えた。

「成る程。正直なところマウスで実験をしただけなので確約はできないが、隼人くんのお母さんは生きている可能性がある」

 善三はそれだけ言って、麺が伸びるのを言い訳にして激辛カップ麺を持って端っこの席に移動し、「後は直太に聴きなさい」と言って背を向けて食べ始めた。

 直太は隼人を連れて研究室の方へ行き、水槽の脳アメーバーに近寄ると、濁った液状の塊がこっちに泳いでアクリル板に張り付いて威嚇した。

「ネズミの動画を見たでしょ?感染して生き延びるかは本能的な知恵で環境に適し、肉体を改造できるかが鍵になるんだよ。今はそうとしか言いようがない」

 隼人は漠然としか理解できなかったが、これから実際の体験を経て、母が人間という生物を超越して、最強の生物に変貌してゆくのを目の当たりにするのであった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

八尺様

ユキリス
ホラー
ヒトでは無いナニカ

私たちを地獄で裁くということ

常に移動する点P
ホラー
私たちを地獄で裁くこと RPGやファンタジーの形に落とし込んでますが、テーマは戦争反対。悪の帝王ゴルゴロスを倒した勇者シェスターが、地獄で裁かれるというものです。勇者シェスターは真実の裏側を見る。そこにはもう一つの正義がありました。 【筆者より】 自分が大人になったら、第二次世界大戦のような悲惨で愚かな争いごとはなくなっているもんだと思っていた。高校生(1990年代)あたりから、まもなく成人だというのに、紛争はどこかとあることが常になってきた。そして、次第に無関心で何も思わなくなってきた。 誰かと誰かが争うことは、誰かと誰かが憎しみのバトンリレーをするようなものだ。それにゴールがあればいいが、ゴールはない。 僕みたいな人生の落ちこぼれは、せめて、子どもたちに伝わるように、いろんな媒体で勝手に物語を書いて、タトゥにしていきたいのです。

白い女、黒い女

あらんすみし
ホラー
ある人気のない夜の街中で、僕は背後から女性に声をかけられる。 白い服を着た大人しそうな女と、全身黒ずくめの女の2人組。 白い女は、連れの黒い女の無礼を詫びるが、黒い女は悪びれることもなく、僕に悪態を吐いて罵ってくる。 普段は大人しい僕も、さすがに女の態度に怒りを感じて、その女の肩を掴み振り向かせると…

地獄は隣の家にある

後ろ向きミーさん
ホラー
貴方のお隣さんは、どんな人が住んでいますか? 私は父と二人暮らしです。 母は居ない事になっています。

4の結び目-8(エン結び)-

不和カプリ
ホラー
男女の4人の数奇な物語。 悪夢に悩まされる主人公。 恋人同士のような兄妹。 夢に出た美女。 彼らの物語はまだ始まったばかり。

禁踏区

nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。 そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという…… 隠された道の先に聳える巨大な廃屋。 そこで様々な怪異に遭遇する凛達。 しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた── 都市伝説と呪いの田舎ホラー

処理中です...