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愛の香りは永遠に

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「カフェで待つ三浦春希さんに電話してもらえませんか?確かめたい事があります」

 洋介は目を開けると、依頼者にそう話した。山崎知子は水の錬金術師の答えが出たのかと思い、頷いてバッグからスマホを取り出して電話をした。

「春希さん。水の錬金術師さんに代わりますね」

「すいませんが、ひとつだけ教えてください」

 洋介がスマホを受け取って、依頼者にも聞こえるようにスピーカーにして話す。

「この香水には月の想いが香っている。貴方がこのハーブの香りを選んでプレゼントしたのには、月の輝きを知って欲しかったからではないですか?」

「……………」

 すぐに返事はなく、逆に知子が困惑して呟き、宝物の香水をバッグから取り出してテーブルの上に置いた。その横には食べかけのチーズケーキとティーカップが並んでいる。

「どういう意味?あの時、この香水を私に送ったのは貴方なのですか?」

 その声に春希は答えるしかなく、沈黙を破って月の想いを伝えた。

「はい。圭太に頼まれて、僕がその香水を選んで貴方に贈りました。数十年後にもし貴方と再開してその香りがしたら、僕は知子さんにプロポーズしようと決めていた。そして大学の同窓会で会った時に、お付き合いを申し込んだのです」

 その時、突然コップの水が泡立って溢れ出した。花びらが水に流されて香水の硝子瓶にたどり着き、キャップが回ってテーブルの上に転がると、月の香りが魔法の粉のようにキラキラと漂い、空が薄暗くなって花瓶のハーブの花が光り輝く。


 観客になって洋介の後ろで紅茶を飲んでいた姉も驚き、口を半開きにしてティーカップを持ったまま薄暗い空間を照らす月の香りとハーブの花を眺めた。

 知子は香水の光る粉が衣服からも滲み出し、頬と髪を撫でられ、その光る香りを両手で抱きしめると、ふわっとすり抜けて硝子瓶の香水と一緒に宙に舞い上がり、上空に輝く月へと還って行く。

 それを見上げた知子は水の錬金術師が作り出した夢の世界が訪れたのかと感動した。

 実は数秒前、洋介は依頼者が電話に気を取られている隙に、道具箱の六種類の粉を銀のスプーンで掬ってコップの中に素早く入れ、水を泡立てせて溢れさせた。

 もちろんその効果が如何程いかほどかは不明であるが、ラベンダーの香りが味方して、水の錬金術師が見る幻影を共有した。

『月の光は俺が引き継ぐよ』

 知子は優しくも悲しい月の輝きを浴び、上空の月に圭太の笑顔が映ってそう囁いたように見えた。

 すると知子の想いは時を超え、高校生の圭太が自分に声をかけて恥ずかしそうに話すシーン、春希が圭太に頼まれてLINEで返信するシーンが、セピア色のアルバムとなって心のページに貼られていく。

『病気になって、去ったのですね?』

 知子は圭太が病院のベッドに痩せ細って寝ているシーンを見て大粒の涙を頬に流した。

『違うよ。君と春希の方が似合ってると思っただけだ。幸せになれよ。知子』

 山崎知子が悲しい別れの理由を知り、春希に代わって圭太が月の香りで優しく包んでくれていると知った。


 テーブルの上のスマホは通話中で時間が止まり、洋介がそれを見て液晶画面を指で押して切ると、徐々に太陽の陽射しが花屋のテラス席を照らし始めた。

 そして夢から覚めたように呆然としている山崎知子に、水の錬金術師が依頼の終了を告げた。

「三浦春希さんは友人との約束を守り、貴方に過去を語らなかった。その彼のプロポーズを受けるかは、貴方が決めなければいけません。僕はただ、花が見て感じた想いを貴方に伝えただけですからね」

「ありがとうございます。幻だったのでしょうか?香りに包まれて、時を駆け抜けた感じがしました」

 山崎知子はそう言って頭を下げ、封筒に入れた料金を支払って席を立った。カフェで待つ三浦春希へ逢いに行き、返事を伝えるのだろうが、その答えを聞くつもりはない。

 姉と一緒に玄関先まで見送った後、洋介は瞳を涙で潤ませている姉と残りの漂うテラス席に戻って、富良野のチーズケーキを食べながら少し話した。

「悲しい恋物語を見せられた気分。洋介、腕を上げたんじゃないの?」

「いや僕ではなく、ラベンダーの香りと恋の霊力じゃないかな」

「きっと結婚するよね。でも恋の悲しみは消えず、幸せを願う気持ちも消えない」

「そうだね。月と太陽が入れ替わり、ハーブの女王を永遠に照らし続けるだろう。ある意味、二人ともずっと独身だったのが奇跡だったのかもしれない」

「バツイチじゃ、その奇跡っての起きないかね?」

 姉がそう言って洋介が苦笑いし、白いテーブルで魔法を起こして空っぽになったラベンダーの香水の硝子瓶の蓋を閉じた。
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