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事件簿その三・紫陽花の悲しみ

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 火の錬金術師が消え去った後、二階の部屋を警察官と消防士が調査し、城田英人を放火犯として手配したが行方不明が続いている。

 名前は偽名で、毒の証拠も無く、娘との恋物語を話す気にもなれずに星川鈴美はパートナーがビジネスの揉め事で火を付けたと証言した。お手伝いさんの共犯も無かった事にしてある。


「みんな闇の魔術師に甘美な夢を魅せられて、真実の愛を見失っていたのよね。麻衣だけでなく、私も水の錬金術師さんに目を覚まされたようですわ。ホントにありがとうございました」

 三日後、星川鈴美は約束の料金を支払いに花屋に現れてそう言った。前回とは人が変わったように優しい笑みを振り撒き、娘の麻衣と一緒に玄関口で深々と頭を下げて帰った。

「悪い人じゃなかったじゃない。気前もいいしさ」

 姉が受け取った札束を数え、二十万円から五万円を抜き取って寝ぼけて譫言《うわごと》を呟いて微笑んでいる洋介に渡した。

「ねっ、あんたの方が夢から醒めてないんじゃないの?」

 白いワンピースの天使が太陽の光とそよ風を受けて『ふわふわ』っと揺れている。洋介はそんな夢を見ていたが、今回の依頼で仲間と一緒に戦えた事に喜びを感じていた。


「師匠、お疲れさまでした」

 優花は火の錬金術師と洋介の戦いを姉から事細かく聞き出し、叔父さんから、オジニイとなり、ついに師匠と呼び始めた。

「いや、弟子にした覚えないんだけど」

「でもドラゴンとも戦ったんでしょ?凄いじゃないですか。もう、感動もんですよ」

「んーむ、姉の話はかなり脚色されてると思うぞ。あれは幻だったし、今考えると情報戦だった気もする。敵はかなり僕の事を調べて、巧妙な罠を仕掛けてきたからね」

「じゃー、今回の勝因は何ですか?」

 キッチンの冷蔵庫から持ってきたペットボトルをリビングのソファに座っている洋介にマイクのように差し出して答えを待つ。

「もちろん花の声と仲間の力のおかげだ。それに勝ったのではなく、水の錬金術師として流れを見極めたに過ぎないからね」

 そう答えてペットボトルの蓋を開けて水を飲むと、優花もオレンジジュースを飲みながら以前言われた教えを持ち出して話す。

「あっ、変化を観察して自然の流れを感じる。だよね?お母さん、お願い。洋介に意見してくれない」

「そこは呼び捨てかい?」


 そして優花の思惑通り、洋介は姉に遊びのつもりで良いから優花の師匠になってくれと頼まれた。

「最近、テストの成績も上がってるし、私の顔色見て、店の手伝いしてれるようになったのよ。それに探偵の仕事が増えたら、弟子がいた方が助かるでしょ?」

「って事で、師匠。宜しくお願いします」

 優花はテーブル越しに正座して頭を下げ、洋介が「しょうがないな」と呟くとすぐに顔を上げて舌をペロッと出して微笑んだ。

 まったく、要領が良くなっただけでのようにも思えるが、洋介は姪の優花が可愛くてつい微笑み返してしまった。心の中ではそれ故に黒い影が不安となって押し寄せる。

『闇に満ちた世界を見せたくない』

 ファンタジー好きの少女が空想を楽しむのは良いが、現実の人間世界は闇に満ちていて、どろどろとした血塗られた物語もある。美しい恋物語が展開され、いつもハッピーな結末が待っているとは限らない。

『人は嘘をついて誤魔化すが、花は残酷な真実でも嘘偽りなく告げる』

 そして今回の事件は弟子なった優花が重要な役割を果たし、悲しい世界に触れる事になるのだが、この時点では洋介には想像すらできなかった。
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