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巧妙なトラップ

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『花は想いを感じ、その恋は水に溶ける……』

 しかしそんな言葉も虚しく、白いユリの花には邪悪な想いが渦巻くだけで、花が見た映像記憶はイメージ化されたファンタジーの断片でしかなかった。

 白い霧の中に迷い込んだ美しい少女の髪が黒い波のように揺れ、ぷるっとした弾む肌に毒を含んだ水滴が浮き立つ。

 少女は毒蛾の粉を振り撒かれている事も知らず、恋という幻想に心を惑わされて、根は腐り、茎は萎れているのも気付かずに、悪の花粉で花弁を濡らしている。

「残念ながら、この花には悪意しか感じません」

 目を閉じていた洋介が違和感を含んだ水を喉に流し込み、依頼主にそう告げて目を開けると、星川鈴美はコップの水をゴクリと飲んで微笑んだが、すぐに顔を歪めて苦しみ始めた。

 それを見た洋介はスズランで試した時の頭痛とめまいの症状が脳裏に蘇り、唇を震わせて嗚咽を漏らした。

「まさか?」

 スズランに含まれる有毒物質の一つコンバラトキシン。切り花には少量しか含まれていないが、秋に実る赤色の実は死の危険がある。もしその毒を抽出して精製し、コップの水に混入させられていたとしたら……。

 泉川鈴美が唇の端から水と涎を垂らしてソファに倒れ込み、それを唖然として見ている洋介の表情がジュエリーのスパイカメラに映し出された。傾いた角度であるが、洋介も口を手で押さえて苦しんでいる。


「えっ?お母さん。どうしたの?う、嘘よね」

 iPhoneの画面を一緒に見ていた麻衣が悲鳴を漏らし、信じられずに顔を両手で覆って指の隙間から英人と画面を二度見して絶句した。

「こ、怖い」

 城田英人は麻衣と公園のベンチに隣り合わせに並び、水の錬金術師が依頼主を毒殺し、さらに自らも毒を飲んで自殺するのを鑑賞していたのである。

 感情をコントロールする火の錬金術師が描いたシナリオ通りであるが、アクターの才能も発揮して驚きと悲しみを身体から醸し出す。

 敢えて付け加えれば、依頼主の鈴美が洋介が目を閉じている隙にコップの水を飲んだのは偶然ではない。あの粉に興味を持つ暗示を鈴美に与えた。

『粉に秘密がある。その水を飲めば何かが見える。確かめてみたら?』


 そして恋のヒロイン、麻衣には嘘の物語を信じ込ませてあった。

 花占いが終わったら、僕が秘密の恋を母親に打ち明けて許しを請う。もし反対されても愛する麻衣にプロポーズすると約束し、別荘の近くの公園でユリの花が二人を結びつける手助けをするシーンを見守っていたが、悲惨な結末が訪れたという訳である。

「この占いが告白のチャンスになり、君との結婚の第一歩になると信じていたのですが、恐ろしい事態になってしまった。麻衣さん。急いで母の元へ戻りましょう」

「まさか、死んだんじゃないよね?」

「大丈夫ですよ。気分が悪くなっただけでしょう。僕にすべて任せてください」

 城田英人はそう言って、iPhoneの画面で洋介が倒れて動かないのを確認してスパイアプリを閉じ、麻衣の手を取って公園を早足で歩き、通りに駐めてあったモスグリーンの高級車に乗り込んで急発進した。
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