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秘密の恋人

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 白いユリの花が陶器の花瓶に生けられ、ガラステーブルの上に置いてある。洋介は星川鈴美の葉山の別荘に招かれ、海が望める落ち着いた二階の部屋の椅子に座って仕事の準備をしていた。

「娘に贈られた百合の花束を無断で持って来たのよ。プロフィール写真で見たように、娘の麻衣は純粋で美しい少女だから、母親としては恋人がいるのか心配でね」

「マドンナリリーの花言葉は天界の美。ヨーロッパでは古くから聖母マリアの象徴とされ、天使ガブリエルはユリの花をたずさえて描かれている」

「あら、勉強して来たのね?」

 依頼主の星川鈴美はテーブルを挟んだ淡い紅色のソファに座り、窓からの陽射しを横顔に帯びて、花柄の艶やかなブラウスとカーキ色のワイドパンツ姿で洋介に微笑みかけていた。

「ええ、姉が花に詳しいのでね。それに今回の依頼には危険な香りが充満している。美しい花には毒蛾が群がるのかもしれない」

 洋介はラフなジャケットにダメージジーンズ、髪はオールバックにしてサイドの切り込みを際立たせている。

「マドンナリリーの純潔を脅かす者がいるのなら、水の錬金術師が見破り、闇の中へ閉じ込めてやる」

 洋介は星川鈴美の首元に輝くシルバーのジュエリーを睨んでそう宣言した。花屋に訪れた時はカラーの花と見紛みまがう広い襟と、手に持っていた花束に気を取れて見逃してしまったが、今は微かな気配と視線を感じる。

 つまりあの時点で敵の術中にハマっていたとしたら?

「それでは無駄話はこれくらいにして、その花の想いと、真実の物語を聴いてみましょうか?」

 洋介がそう言って花瓶の白いユリの花を四枚摘んでコップの水の中に入れ、道具箱から白と黄色の粉の硝子容器を選び、銀のスプーンで一匙ずつ掬って振りかけて、ガラス棒で軽く掻き混ぜる。

 その工程を依頼主の星川鈴美はソファから身を乗り出して、玩具を買って貰った子供みたいに目を輝かせて覗いていた。

「ねー。その粉、なんなの?それで何か幻が見えるのよね?」

 洋介はその質問から遠ざかり、白と黄色の粉が泡立ち、ユリの花びらにも小さな泡が付着して弾けるのを見つめてから、ゆっくりと水を口に含んで目を閉じた……。


 その数分前の出来事である。

 別荘地の公園の前の通りにモスグリーンの高級車が止まり、スーツを着た城田英人が運転席から降りて、緑で敷き詰められた公園の中へ入って行くのを軽ワゴン車で尾行していた由香里と望美が発見した。

「洋介の予想通りだわ」

「いや、マジびっくりです」

 その視線の先には星川鈴美の娘、麻衣が両手を軽く上げて振り、城田英人が近寄るのを待ち焦がれていた。つば広の白い帽子を被り、笑顔が溢れて木漏れ日の中で輝いている。天使の美しさはあれど、既に黒い毒蛾に汚されていたのか?


 望遠レンズの付いた一眼レフカメラのファインダーに星川麻衣と城田英人がハグして、海を望める屋根のあるベンチに仲良く座るのが映っていた。麻衣はフリルトップスにレーススカートを穿いている。

「ユリの花束を贈ったのは城田英人。母親のパートナーのくせに、狙ってたのは娘の方だったのか?」

「望美さん。早く写真撮って、これを母親に見せれば目が覚めるでしょ?」

「なんか、ホントの探偵みたいですね?」

「うん。望美さんってワトソンみたい」

「洋介にもよくそう言われてます」


 由香里は店の車を運転して鎌倉で望美を乗せ、葉山に着くと星川鈴美の別荘にモスグリーンの高級車に乗って城田英人が現れるのを待っていた。

「僕が招かれるのを城田英人は監視し、それから恋人に逢いに行くはずだ。それを見張って、証拠を手に入れてくれ」

 洋介はスズランの花から幾つかの情報を得ていた。星川鈴美が持って来た時、スノードロップ から火の錬金術師の存在を知らされたが、敢えて毒を含んだスズランの花で試してみたのである。

「奴はモスグリーンの運転席に乗って、様子を伺っていたんだ」

 雨の通りに停車した車内はスモークガラスで外から見えなかったが、運転席に乗っていたのは帽子とサングラスをした城田英人であった。

 そして星川鈴美が首にぶら下げていたシルバーのジュエリーにはスパイカメラが仕込んであり、その映像をiPhoneで覗いていたのである。
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