45 / 82
止まり木旅館の住人達
作戦会議
しおりを挟む
◇楓
里千代様が意識を取り戻した後は、一度互いに休戦するためにも、巴ちゃんが彼女の世話を買って出てくれた。確かに、私が側にいると、里千代様も気が休まらないかもしれない。
そして、夜。里千代様がお休みになられた頃合いを見計らって、従業員控え室に皆を集めた。もちろん、作戦会議をするためである。
ちなみに、礼くんは欠席だ。先日、椿さんの正体が分かって以来、彼は大変元気を失くしていた。そして本日は、仕入れを兼ねて『傷心旅行』へ出かけている。ちょっと可哀想なことをしてしまったかな。もしかしたら、これが彼の初恋だったかもしれないし。一方で、巴ちゃんが妙にさっぱりイキイキしているのは、何なんだろう。
「皆、意見を聞かせて!」
止まり木旅館は、いつだって、どんなお客様が訪れても、従業員一丸となって立ち向かってきた。今回、私には、彼女にお帰りいただくためのきっかけや方法が思い当たらない。だって、翔だけは……取られたくないもの。離れ離れの寂しさや、つらさは、もう知っている。あんなの、ごめんだ。だからこそ、皆の知恵を貸してもらいたい。
「旅館の孫娘らしいですけど、あれでは女将に向いてませんよね? 女将に限らず、接客は無理だと思います」
「友達とかいるのかな……」
「友達はいるらしいですよ。止まり木旅館のことも、友達から聞いたとおっしゃっていましたから」
「でも、その友達って、高校時代のオカルト研究会の人だけみたいだよ」
「彼女の存在自体がオカルトですからね。夕方、薄暗い廊下ですれ違った時は、変な鳥肌立ちましたから。そういう意味での需要なのでしょうね」
皆、少しずつ里千代様に関する情報は仕入れてくれているようだけれど、お帰りの扉に繋がるような話は出てこなかった。ついに、誰も口を開かなくなり、私が途方に暮れていた時、椿さんがすっと手を挙げた。
「私に、良い考えがあります」
椿さんは、全員に性別がバレた後も、女の子をやっている。どうやら、椿さんのお母様のご趣味で、小さい頃から女の子の格好をさせられていたらしく、今更戻れないそうだ。礼くんと巴ちゃんが準備した着物は、なかなかよく似合っている。
「私、彼女の気持ちはよく分かるんです。でも! 私は立ち直りました!!」
そう言えば、当初椿さんも、女の子として翔に近づこうとしていたものね。で、いつの間にか立ち直ってくれたんだ? 良かった、良かった。
「私、止まり木旅館での研修が終わったら、様々な世界に出向いて、『木物金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』からのホームステイ受入先を開拓しようと思っているんです。それに彼女を連れていこうかと思いまして!」
なるほど、その手があったか! 別のお宿に移ってもらえれば解決だ! そして、私と翔も安泰?! しかし、簡単にはいかないだろう。
「でも、里千代様がここから移動するのを渋られたら、どうするの? 翔がここにいる限り、説得は難しいような……」
「大丈夫です! 私が責任をもって、世の中にはたくさんの男の子がいる!っていうことを洗脳しますから!」
洗脳って……。私は、彼女と目を合わせたら、こちらが洗脳されそうになるのだけれど。すごく無機質な感じがするのよね。整ったお顔だけに、うすら怖いし。
「なんか彼女って、固定観念が強いタイプじゃないですか?! だから、別の世界へ行ってそういうのを払いのけるべきです。そして、良い男をゲット!! 完璧でしょ?!」
椿さんの提案に首を傾げたのは、私だけではなかった。着流し姿の翔は、部屋の隅であぐらをかき、さきイカを頬張りながら、椿さんに質問した。
「もし、それで彼女が満足して、空大町への扉が開くとする。それだと、せっかく捕まえた男と離れることになるんだろ? また変な方向に思い詰めて、礼みたいに戻ってこられても困る」
「大丈夫です。うちのお客様は、現地で結婚するか子どもができた場合に限り、お帰りの扉は現れませんから! そのまま現地人として一生暮らしていただけます」
なるほど。なかなかうまいシステムだな。やるじゃないか、父、導きの神!
「結婚ですか……僕は好みじゃないですね」
すっぱり切り捨てたのは、粋くん。私も同感だよ! たぶんそれは、皆の心の声だ! となると、こんな疑問も沸いてくる。
「もし、里千代様がいい人を見つけられなかったら、どうするの?」
「その時は……ちょっと考えがありますので、大丈夫です」
経験上、椿さんの『大丈夫』はあまりアテにならないが、今のところ、これ以外に案は無い。結局、里千代様のお世話は巴ちゃんと椿さんで行うことが決定し、散会した。
「楓、ちょっといい?」
「うん。どうしたの、翔?」
「聞いてほしいことがある」
「私も……聞きたいことがあるの」
私と翔って、結局のところ付き合ってるっていうことになるのかな? ともかく、こんな身近な間柄で、もやもやしたことを溜め込んでおくのはお互いのためにならない。
私は、里千代様に言われて、ようやく気づいたのだ。翔がどこから来たのか、知らないということに。彼は、いつも近くにいて、私を守り続けてきてくれた。それが当たり前すぎて、何も知ろうとしてこなかった。
もちろん、無理やり尋ねるつもりはない。でも、ここで何もしないのは、ある意味彼を裏切っているような気がして。
私は、翔に促されて、彼の部屋へと入っていった。
里千代様が意識を取り戻した後は、一度互いに休戦するためにも、巴ちゃんが彼女の世話を買って出てくれた。確かに、私が側にいると、里千代様も気が休まらないかもしれない。
そして、夜。里千代様がお休みになられた頃合いを見計らって、従業員控え室に皆を集めた。もちろん、作戦会議をするためである。
ちなみに、礼くんは欠席だ。先日、椿さんの正体が分かって以来、彼は大変元気を失くしていた。そして本日は、仕入れを兼ねて『傷心旅行』へ出かけている。ちょっと可哀想なことをしてしまったかな。もしかしたら、これが彼の初恋だったかもしれないし。一方で、巴ちゃんが妙にさっぱりイキイキしているのは、何なんだろう。
「皆、意見を聞かせて!」
止まり木旅館は、いつだって、どんなお客様が訪れても、従業員一丸となって立ち向かってきた。今回、私には、彼女にお帰りいただくためのきっかけや方法が思い当たらない。だって、翔だけは……取られたくないもの。離れ離れの寂しさや、つらさは、もう知っている。あんなの、ごめんだ。だからこそ、皆の知恵を貸してもらいたい。
「旅館の孫娘らしいですけど、あれでは女将に向いてませんよね? 女将に限らず、接客は無理だと思います」
「友達とかいるのかな……」
「友達はいるらしいですよ。止まり木旅館のことも、友達から聞いたとおっしゃっていましたから」
「でも、その友達って、高校時代のオカルト研究会の人だけみたいだよ」
「彼女の存在自体がオカルトですからね。夕方、薄暗い廊下ですれ違った時は、変な鳥肌立ちましたから。そういう意味での需要なのでしょうね」
皆、少しずつ里千代様に関する情報は仕入れてくれているようだけれど、お帰りの扉に繋がるような話は出てこなかった。ついに、誰も口を開かなくなり、私が途方に暮れていた時、椿さんがすっと手を挙げた。
「私に、良い考えがあります」
椿さんは、全員に性別がバレた後も、女の子をやっている。どうやら、椿さんのお母様のご趣味で、小さい頃から女の子の格好をさせられていたらしく、今更戻れないそうだ。礼くんと巴ちゃんが準備した着物は、なかなかよく似合っている。
「私、彼女の気持ちはよく分かるんです。でも! 私は立ち直りました!!」
そう言えば、当初椿さんも、女の子として翔に近づこうとしていたものね。で、いつの間にか立ち直ってくれたんだ? 良かった、良かった。
「私、止まり木旅館での研修が終わったら、様々な世界に出向いて、『木物金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』からのホームステイ受入先を開拓しようと思っているんです。それに彼女を連れていこうかと思いまして!」
なるほど、その手があったか! 別のお宿に移ってもらえれば解決だ! そして、私と翔も安泰?! しかし、簡単にはいかないだろう。
「でも、里千代様がここから移動するのを渋られたら、どうするの? 翔がここにいる限り、説得は難しいような……」
「大丈夫です! 私が責任をもって、世の中にはたくさんの男の子がいる!っていうことを洗脳しますから!」
洗脳って……。私は、彼女と目を合わせたら、こちらが洗脳されそうになるのだけれど。すごく無機質な感じがするのよね。整ったお顔だけに、うすら怖いし。
「なんか彼女って、固定観念が強いタイプじゃないですか?! だから、別の世界へ行ってそういうのを払いのけるべきです。そして、良い男をゲット!! 完璧でしょ?!」
椿さんの提案に首を傾げたのは、私だけではなかった。着流し姿の翔は、部屋の隅であぐらをかき、さきイカを頬張りながら、椿さんに質問した。
「もし、それで彼女が満足して、空大町への扉が開くとする。それだと、せっかく捕まえた男と離れることになるんだろ? また変な方向に思い詰めて、礼みたいに戻ってこられても困る」
「大丈夫です。うちのお客様は、現地で結婚するか子どもができた場合に限り、お帰りの扉は現れませんから! そのまま現地人として一生暮らしていただけます」
なるほど。なかなかうまいシステムだな。やるじゃないか、父、導きの神!
「結婚ですか……僕は好みじゃないですね」
すっぱり切り捨てたのは、粋くん。私も同感だよ! たぶんそれは、皆の心の声だ! となると、こんな疑問も沸いてくる。
「もし、里千代様がいい人を見つけられなかったら、どうするの?」
「その時は……ちょっと考えがありますので、大丈夫です」
経験上、椿さんの『大丈夫』はあまりアテにならないが、今のところ、これ以外に案は無い。結局、里千代様のお世話は巴ちゃんと椿さんで行うことが決定し、散会した。
「楓、ちょっといい?」
「うん。どうしたの、翔?」
「聞いてほしいことがある」
「私も……聞きたいことがあるの」
私と翔って、結局のところ付き合ってるっていうことになるのかな? ともかく、こんな身近な間柄で、もやもやしたことを溜め込んでおくのはお互いのためにならない。
私は、里千代様に言われて、ようやく気づいたのだ。翔がどこから来たのか、知らないということに。彼は、いつも近くにいて、私を守り続けてきてくれた。それが当たり前すぎて、何も知ろうとしてこなかった。
もちろん、無理やり尋ねるつもりはない。でも、ここで何もしないのは、ある意味彼を裏切っているような気がして。
私は、翔に促されて、彼の部屋へと入っていった。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
『ラズーン』第二部
segakiyui
ファンタジー
謎を秘めた美貌の付き人アシャとともに、統合府ラズーンへのユーノの旅は続く。様々な国、様々な生き物に出逢ううち、少しずつ気持ちが開いていくのだが、アシャへの揺れる恋心は行き場をなくしたまま。一方アシャも見る見るユーノに引き寄せられていく自分に戸惑う。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
魔獣っ娘と王様
yahimoti
ファンタジー
魔獣っ娘と王様
魔獣達がみんな可愛い魔獣っ娘に人化しちゃう。
転生したらジョブが王様ってなに?
超強力な魔獣達がジョブの力で女の子に人化。
仕方がないので安住の地を求めて国づくり。
へんてこな魔獣っ娘達とのほのぼのコメディ。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる