昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

文字の大きさ
上 下
54 / 66

54調印

しおりを挟む
「上手く行ったみたいですね」

 貴族会が終了して、自室へ戻ったサニーを待ち受けていたのは、赤い髪の男だった。

「黒いカツラを被っておけとあれ程言っただろ」

 サニーはドスの効いた声色で吐き捨てる。

「カツラって、蒸れるんですよ。まだ禿げていないからでしょうけどね」

 ヘラヘラ笑うこの男は、先日の処刑で亡霊となったはずの者である。が、こうして現に生きている。

「命の恩人に対する態度とは思えないな」
「ですが、もう直接の商売はさせてもらえませんし、少しは殿下とも仲良くなりたいなと思ってるんですよ? これぐらいの軽口は許してください」

 ヒートは、自身が失礼な態度をとっていることを自覚しているのである。サニーは面白くなそうにヒートから目を逸らすと、キモノの襟元を若干緩めて、体操でもするように腕をぐるぐると回した。それを見つめるヒートは、声を出さずにニッと笑った。

(この人も、まだ人の上に立つのが慣れていないんだろうな。ま、王の器はあると思うから、後は慣れと経験だけなのだろうけれど)

 ヒートは今、メテオと同じく泥鼠の一員となっている。この国とシャンデル王国両方の民衆の生活について、あまりに詳しく知っていたため、単純に罪を着せて殺すには勿体ないと判断されたこだ。

 ちなみにヒートの処刑は、サニー達の持ちうる限りの高等魔法を駆使した幻影である。世界の重なりで多大の精神的かつ物理的にも損害を被った国民の怒りを決して王家に向けさせることはできない。となると、生贄が必要となる。そこで、実際に罪とも呼べることを成していたヒートに白羽の矢が立ったのだった。

「死人に口無しと言うではないか。もう少し静かにしていろ」
「殿下、冷たいですね。それで、ルーナルーナ姫との婚姻の日取りはいつに? レア殿ともそろそろ本格的に準備を進めなければなりません」

 ヒートは王家の影に取り込まれると同時に商売を手放したが、営んでいた商会の規模はかなり大きなものになっていた。ヒートの処刑と共に取り潰すには、民衆の生活への影響が大きすぎるとして、アレスの婚約者であるレアの実家に全て引き継がれることになったのだ。レアの実家は元々服飾関係の商売をしているので、その規模や権益を拡大した形だ。その関係で、ヒートはレアとも親交があるのである。

「お前は本当に気が早いな。まだ和平の条約の内容について貴族会の承認を得て、締結することが正式に決まっただけだ」

 とは言え、一仕事終えたサニーは明らかに機嫌が良さそうだった。

 今の時間はちょうど朝。サニーはルーナルーナへ念話で報告するのだと言って、足取り軽くバルコニーへ出ていった。

 仕方なくヒートは、貴族会の詳しい様子についてはアレスとメテオから知らされることとなる。それはかなりの波乱を含んだ内容で、中でも新しい大巫女ライナについては要注意人物だと心得たヒートだった。






 調印式はシャンデル王国で行われた。なぜなら、シャンデル王家の人間は、そろってキプルジャムの効果にあやかることができず、ダンクネス王国へ渡ることができなかったからである。そこで、ダンクネス王国側からは、サニーが王の名代として出席し、これにはアレスやメテオ、オービットも付き従った。

「では、こちらにサインを」

 両国の架け橋となり、ここまで条約内容の均衡を図り、調整を続けてきたリング。それぞれの代表者に書面を差し出し、サインを促している。この署名は、魔法で縛られる契約となり、大変効力の強いものだ。決して互いに反故にできない約束となるが、敢えてそれをすることで、両国は信頼関係を築こうとしている。

 サニーは、改めて条約の内容に目を通した。概ね、ダンクネス王国の思惑通りのものとなっており、サニーたっての希望で捩じ込んだ項目も含まれている。

 まず一つ目は、両国間で定期的な交易を王家主導で行うこと。必要に応じて、技術者や人民の交流も行うこと。

 次に、ルーナルーナをサニーの正室として迎えること。しかし、本人が望めば自由にシャンデル王国へ帰国することを許すこと。

 そして最後に、人々の持ち色、つまりサニーであれば白、ルーナルーナであれば黒だが、これによる偏見や差別を国中から撤廃すべく、両王家は努力を惜しまないこと。

 補足事項として、二つに割れた神具は、それぞれの国の宝物庫で保管し、乱りにこの二つを一つにしようと画策しないことも特記されている。

 今後は、両国間で異なる通貨を扱っているため、交易の際のレート決めや、キプルジャムの取り扱いに関する取締りについても協議されることになっているが、この日はひとまずこの内容で締結されることになった。

 サニーは、自らの名前をサラサラとしたためる。刹那、その文字が仄かに光を放ち、契約の魔法が発動したことを示していた。さらに、王璽を押す。見ると、シャンデル国王も署名を済ませて、文字を金色に光らせ、玉璽を押印していた。

 無事に、締結した。

 すぐに、祝の盃が侍女たちによって運ばれる。サニー達は咄嗟に中身の液体へ軽く魔力を通し、悪しきものが混入していないか検査する。結果、問題は見当たらなかった。

 以前よりもやつれた姿のリングが、シャンデル国王とサニーに目配せをする。

「それでは、今後の両国の繁栄に乾杯!」

 その場にいる全員が、盃を高く上げた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

母になる、その途中で

ゆう
恋愛
『母になる、その途中で』 大学卒業を控えた21歳の如月あゆみは、かつての恩師・星宮すばると再会する。すばるがシングルファーザーで、二人の子ども(れん・りお)を育てていることを知ったあゆみは、家族としての役割に戸惑いながらも、次第に彼らとの絆を深めていく。しかし、子どもを愛せるのか、母親としての自分を受け入れられるのか、悩む日々が続く。 完璧な母親像に縛られることなく、ありのままの自分で家族と向き合うあゆみの成長と葛藤を描いた物語。家庭の温かさや絆、自己成長の大切さを通じて、家族の意味を見つけていく彼女の姿に共感すること間違いなしです。 不安と迷いを抱えながらも、自分を信じて前に進むあゆみの姿が描かれた、感動的で温かいストーリー。あなたもきっと、あゆみの成長に胸を打たれることでしょう。 【この物語の魅力】 成長する主人公が描く心温まる家族の物語 母親としての葛藤と自己矛盾を描いたリアルな感情 家族としての絆を深めながら進んでいく愛と挑戦 心温まるストーリーをぜひお楽しみください。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

処理中です...