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28逮捕
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アレスがサニーの元へ合流し、オービットとの話を聞いたサニーが頭を抱えていた頃。ルーナルーナは朝の光が差し込む街の路地裏で、むくりと地面から身体を起こしていた。
(身体中が痛い)
どうやらルーナルーナは、ダンクネス王国に行く前の元の場所に戻ってきているらしかった。道端で寝ていたにも関わらず、五体満足で身ぐるみも剥がされていなかったのは奇跡である。
(どうしましょう。ここはどこかしら? そろそろ後宮に行かなくてはならない時間なのに……あ、そうだわ!)
ルーナルーナは、ライナの言葉を思い出す。そして、自分の寮室の風景を強く脳裏に思い描き、そこへの移動を念じるのであった。次の瞬間、ルーナルーナの姿は路地裏から消えた。
瞬間移動で寮室に戻ると、慌てて身支度を整えて後宮へ向かう。普段ならば、王妃付きの侍女一人減ったところで何も変わらないのだが、キュリーが抜けた穴は大きかった。キュリーもルーナルーナ程ではないが、白亜の女神のお気に入りだったのだ。
今日も慌ただしい侍女の一日が始まる。
午前中は、王妃がシャンデル王国貴族の者達と面会するのに付き添い、その後は書類仕事を済ませて昼食の給仕をするところまで、ごく普段通り。事件が起こったのは、午後のティータイムの時だった。
一人の侍女が、長い廊下を全速力で走り、王妃の元へやってきた。しかし、用があったのは王妃にではない。
「そこの黒い女! ついに裁きが下る時が来たようよ! 今すぐミルキーナ様から離れなさい!」
それはルーナルーナよりも後輩で、黒髪黒目色黒のルーナルーナを本気で悪魔の化身だと思いこんでいる侍女である。ルーナルーナも、この者には嫌われている自覚があったが、王妃の御前にも関わらずこのような横暴をするのには驚いてしまう。しばし、間抜け面を晒すことになったのだが、その場を正常に戻そうとすぐさま動いたのは王妃だった。
「どうしたの? 私の憩いの時間を邪魔する程のことでもあったのかしら?」
王妃の言葉には明らかにトゲがあったが、その侍女はものともしない。むしろ、胸を張ってこう答えたのだった。
「後宮の入口に、近衛兵と巡邏隊が押し寄せて、そこの女を突き出すように要求されました。見てください、これが逮捕状です!」
これまでお世話になった王妃に、これ以上の迷惑をかけたくはない。ルーナルーナは、違法なこともしていなければ、王家に仇を成すこともしていない。しかし、一つだけ心当たりがあった。
(何かあれば、ライナ様にいただいたキプルの実のジャムで、一時的にでもあちらへ逃げればいいんだわ)
ジャムは侍女服の隠しポケットに入っている。ルーナルーナは言われるがままに後ろ手に縄をかけられ、八方を兵に囲まれながら後宮を後にした。その直後、王妃がルーナルーナへ人道的な扱いをするよう様々な方面に圧力をかけ、事の経緯について情報収集したのは言うまでもない。
ルーナルーナは、すぐに牢へ入れられた。見上げると遥か上に格子が嵌った小さな窓があり、そこから青空が覗いている。固い石の地面に力無く座り込んでいると、衛兵がやってきて、なぜかすぐに手枷を外された。早速冤罪が認められのかと思ったが、そうではない。衛兵は「ついて来い」と言うと、牢の扉を開いて歩き始めた。
ルーナルーナが連れてこられたのは、なんと王城だった。途中、案内の者が何度か入れ替わり、最後に引き渡されたのは見覚えのある人物。そこで初めて、ルーナルーナはようやくこの後に会うことになる人物について思い当たることになる。
「やはりお前はそのような格好の方が似合いだな」
「私もそう思います」
それは、夜会の日、ルーナルーナとサニーにホールから出ていくよう告げた男だった。
「殿下がお待ちだ。早くしろ」
やはり王子の側近であったかと、ルーナルーナはため息をつく。先日十五歳を迎えたシャンデル王国の王位継承権第一位の王子、エアロス。サニーの正体を知った今、年齢は三歳下とは言え、エアロスはあまりに幼く見えた。それが夜会の席であり、遠目に見た故の間違った印象であれば良いのだが、どうだろうか。
王妃に話を通すこともなく、何の証拠も見せずにいきなり逮捕状を発行して牢に放り込むなど、正気の沙汰ではない。これも彼女が黒い娘故のことなのかもしれないが、どうか悪い予感が外れてほしいと祈りながら豪華な扉をくぐった。
「遅い!」
エアロスは、ルーナルーナの姿を視界に入れた途端に怒鳴りつけた。
「御用でしょうか?」
ルーナルーナはエアロスにかしこまって礼をとる。
「母上がうるさいからわざわざ牢から出してやったのだ。感謝しろ」
あまりにも話が噛み合わず、ルーナルーナは想像以上の我儘坊っちゃん相手に目が座ってしまった。だが、腐っても相手は王族。サニーならばこんな手は使わないのだろうなと思いながら、再び頭を下げた。
「特別のお計らい、痛み入ります」
「うむ。では、取り調べを始めよう」
「あの……」
「なんだ?」
「私はなぜ逮捕されたのでしょうか? 罪名もお伺いしておりません」
これに答えたのは、ここまでルーナルーナを連れてきたエアロスの側近だ。
「体が黒いと、頭も悪くなるようだな。それとも、ばっくれるつもりか? 貴様が異教徒共を統括する祖であることは既に分かっているんだぞ!」
「は?」
ついにルーナルーナは、被っていた猫を脱ぎ捨てた。
(身体中が痛い)
どうやらルーナルーナは、ダンクネス王国に行く前の元の場所に戻ってきているらしかった。道端で寝ていたにも関わらず、五体満足で身ぐるみも剥がされていなかったのは奇跡である。
(どうしましょう。ここはどこかしら? そろそろ後宮に行かなくてはならない時間なのに……あ、そうだわ!)
ルーナルーナは、ライナの言葉を思い出す。そして、自分の寮室の風景を強く脳裏に思い描き、そこへの移動を念じるのであった。次の瞬間、ルーナルーナの姿は路地裏から消えた。
瞬間移動で寮室に戻ると、慌てて身支度を整えて後宮へ向かう。普段ならば、王妃付きの侍女一人減ったところで何も変わらないのだが、キュリーが抜けた穴は大きかった。キュリーもルーナルーナ程ではないが、白亜の女神のお気に入りだったのだ。
今日も慌ただしい侍女の一日が始まる。
午前中は、王妃がシャンデル王国貴族の者達と面会するのに付き添い、その後は書類仕事を済ませて昼食の給仕をするところまで、ごく普段通り。事件が起こったのは、午後のティータイムの時だった。
一人の侍女が、長い廊下を全速力で走り、王妃の元へやってきた。しかし、用があったのは王妃にではない。
「そこの黒い女! ついに裁きが下る時が来たようよ! 今すぐミルキーナ様から離れなさい!」
それはルーナルーナよりも後輩で、黒髪黒目色黒のルーナルーナを本気で悪魔の化身だと思いこんでいる侍女である。ルーナルーナも、この者には嫌われている自覚があったが、王妃の御前にも関わらずこのような横暴をするのには驚いてしまう。しばし、間抜け面を晒すことになったのだが、その場を正常に戻そうとすぐさま動いたのは王妃だった。
「どうしたの? 私の憩いの時間を邪魔する程のことでもあったのかしら?」
王妃の言葉には明らかにトゲがあったが、その侍女はものともしない。むしろ、胸を張ってこう答えたのだった。
「後宮の入口に、近衛兵と巡邏隊が押し寄せて、そこの女を突き出すように要求されました。見てください、これが逮捕状です!」
これまでお世話になった王妃に、これ以上の迷惑をかけたくはない。ルーナルーナは、違法なこともしていなければ、王家に仇を成すこともしていない。しかし、一つだけ心当たりがあった。
(何かあれば、ライナ様にいただいたキプルの実のジャムで、一時的にでもあちらへ逃げればいいんだわ)
ジャムは侍女服の隠しポケットに入っている。ルーナルーナは言われるがままに後ろ手に縄をかけられ、八方を兵に囲まれながら後宮を後にした。その直後、王妃がルーナルーナへ人道的な扱いをするよう様々な方面に圧力をかけ、事の経緯について情報収集したのは言うまでもない。
ルーナルーナは、すぐに牢へ入れられた。見上げると遥か上に格子が嵌った小さな窓があり、そこから青空が覗いている。固い石の地面に力無く座り込んでいると、衛兵がやってきて、なぜかすぐに手枷を外された。早速冤罪が認められのかと思ったが、そうではない。衛兵は「ついて来い」と言うと、牢の扉を開いて歩き始めた。
ルーナルーナが連れてこられたのは、なんと王城だった。途中、案内の者が何度か入れ替わり、最後に引き渡されたのは見覚えのある人物。そこで初めて、ルーナルーナはようやくこの後に会うことになる人物について思い当たることになる。
「やはりお前はそのような格好の方が似合いだな」
「私もそう思います」
それは、夜会の日、ルーナルーナとサニーにホールから出ていくよう告げた男だった。
「殿下がお待ちだ。早くしろ」
やはり王子の側近であったかと、ルーナルーナはため息をつく。先日十五歳を迎えたシャンデル王国の王位継承権第一位の王子、エアロス。サニーの正体を知った今、年齢は三歳下とは言え、エアロスはあまりに幼く見えた。それが夜会の席であり、遠目に見た故の間違った印象であれば良いのだが、どうだろうか。
王妃に話を通すこともなく、何の証拠も見せずにいきなり逮捕状を発行して牢に放り込むなど、正気の沙汰ではない。これも彼女が黒い娘故のことなのかもしれないが、どうか悪い予感が外れてほしいと祈りながら豪華な扉をくぐった。
「遅い!」
エアロスは、ルーナルーナの姿を視界に入れた途端に怒鳴りつけた。
「御用でしょうか?」
ルーナルーナはエアロスにかしこまって礼をとる。
「母上がうるさいからわざわざ牢から出してやったのだ。感謝しろ」
あまりにも話が噛み合わず、ルーナルーナは想像以上の我儘坊っちゃん相手に目が座ってしまった。だが、腐っても相手は王族。サニーならばこんな手は使わないのだろうなと思いながら、再び頭を下げた。
「特別のお計らい、痛み入ります」
「うむ。では、取り調べを始めよう」
「あの……」
「なんだ?」
「私はなぜ逮捕されたのでしょうか? 罪名もお伺いしておりません」
これに答えたのは、ここまでルーナルーナを連れてきたエアロスの側近だ。
「体が黒いと、頭も悪くなるようだな。それとも、ばっくれるつもりか? 貴様が異教徒共を統括する祖であることは既に分かっているんだぞ!」
「は?」
ついにルーナルーナは、被っていた猫を脱ぎ捨てた。
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